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殺意が聞こえる  作者: あまりなな
教師?
2/20

親友 2

 最初の計画が頓挫したことで、紘一の胸に渦巻いていた復讐心は、むしろさらに濃く、重く育っていった。

 図書館での出来事は、まるで誰かに「やめろ」と制止されたようでもあり、同時に「まだ終わっていない」と囁かれたようでもあった。


(あの男のせいで……いや、違う。俺が弱かっただけだ)


 自分を責める声と、風間への怒りが混ざり合い、胸の奥で黒い渦がゆっくりと回転し始める。


(もっと直接的な方法で、風間に恐怖を植え付けるには、どうすれば…)


 紘一はそう考えるようになっていた。

 SNSでの暴露では得られない、もっと根源的な恐怖。

 “お前は良太の呪いにかけられている”――そんな錯覚を風間に抱かせるような、逃げ場のない恐怖。


 それは、紘一自身が抱えている罪悪感と悲しみが、形を変えて外へ向かおうとしているだけなのかもしれない。

 だが、紘一にはもうその違いが分からなかった。


 風間には毎日欠かさない習慣があった。

 体育館の裏にある、誰も見ない場所タバコを吸うこと。

 もちろん校則違反だが、風間はそれを隠そうともしない。

 むしろ「自分は特別だ」と言わんばかりに、堂々と煙を吐いていた。


 紘一は、その場所を思い浮かべた。

 夕方になると薄暗く、体育館の影が長く伸びる。

 風が吹けば砂埃が舞い、誰も近づかない。

 まるで世界から切り離された小さな空間。


(あそこなら……風間は一人になる)


 胸の奥で、何かが静かに鳴った。


(風間に……“気づかせる”。良太の苦しみが、まだ終わっていないってことを)


 紘一はそう思い込むことで、自分の中の衝動を正当化しようとしていた。


 *


 夕暮れの校舎は、昼間とはまるで別の顔をしていた。

 裏門の錆びた金網を押し開けると、冷たい風が頬を撫で、砂をさらさらと巻き上げる。

 校庭は薄闇に沈み、遠くで犬が吠える声だけが、世界の端でかすかに震えていた。


 紘一は、体育館裏へと足を運ぶ。

 そこは昼間でも人が寄りつかない場所で、夕方ともなれば完全な闇に沈む。

 校舎の灯りは届かず、体育館の影が地面に濃い墨のように広がっていた。


 手には赤いスプレーと、良太の顔を加工した写真。

 その紙は風に揺れ、懐中電灯の光を受けて不気味に歪んだ影を落とす。


(これで風間は、恐怖で怯えるはずだ…)

(良太が苦しめられたように、今度は風間が苦しむ番だ)


 胸の奥で、そんな言葉が何度も反響する。

 体育館裏は、湿った土の匂いと、古い鉄の錆の匂いが混ざり合い、懐中電灯の細い光だけが、闇の中にかろうじて道を描いていた。

 ベンチの木目が浮かび上がり、そこに座る風間の姿が脳裏にちらつく。

 紘一はゆっくりと屈み、スプレーに手をかけた。


(良太、これでお前は報われるんだ)


 そう思った瞬間――胸の奥で、何かがわずかに軋んだ。

 それは罪悪感か、恐怖か、それとも別の感情か。紘一には分からない。

 ただ、闇の中で自分の呼吸だけがやけに大きく響き、その音が、まるで「本当にこれでいいのか」と問いかけてくるようだった。


 スプレーを握る手に力が入りかけては抜け、赤い缶はかすかに震えながら、闇の中で鈍い光を放っていた。


 そのとき――。


「こんなところでどうした?」


 静寂を裂くように、乾いた声が背後から落ちてきた。

 その瞬間、紘一の心臓は胸の中で跳ね上がり、全身の血が一気に冷えた。

 まるで背後から氷の手で肩を掴まれたような感覚だった。


 反射的に振り返る。

 そこに立っていたのは――図書室で遭遇した、あの白衣の男だった。


 闇の中、白衣だけが異様に浮かび上がっている。

 男は紘一とベンチの間に立ち、自然と逃げ道を塞ぐ位置にいる。


「……な、え…?! ど、どうして…?!」


 紘一の声は震え、喉がひりつく。

 手に持っていたスプレー缶が指の間で滑りかけ、金属の冷たさが余計に恐怖を増幅させた。


 男は紘一の手元には目を向けない。

 ただ、紘一の顔だけをじっと見つめている。

 その目は、図書室で見たときよりもさらに深く、暗く、まるで紘一の胸の奥に隠した“計画”のすべてを読み取っているかのようだった。


「見回りをしていた。君は?」


 声は低く、静かで、どこか湿り気のない乾いた響きを持っていた。

 懐中電灯も持たず、足音すら立てず、まるで闇の中で紘一だけを正確に捉えているような、異様な存在感。


「あ、あの……忘れ物を……」


 紘一は喉の奥から無理やり言葉を押し出した。

 声はかすれ、空気に触れた瞬間に消えてしまいそうだった。


「一緒に探そうか?」


 男の声は穏やかだったが、得体が知れなかった。

 男の視線は、紘一の表情ではなく、もっと深いところ――憎悪、焦燥、罪悪感が絡み合って沈んでいる暗い底へと、静かに降りていくように感じられた。


 喉が乾き、呼吸が浅くなる。

 言葉が出ない。

 逃げなければ――その直感だけが、胸の奥で激しく脈打った。


「す、すみません! 帰ります!」


 叫ぶように言い残し、紘一は裏門へ向かって駆け出した。

 砂を蹴る足音が夜の静寂を乱し、その音が自分の恐怖をさらに煽るようだった。


 背後を振り返る余裕はなかった。

 ただ、逃げなければならないという衝動だけが、紘一の身体を突き動かしていた。


 ――そして。


 白衣の男は、紘一が去った後もその場から動かず、ただ静かに夜空を見上げていた。

 男の耳には、紘一の心から離れていく「キィィィン」というノイズが、かすかな残響として残っていた。

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