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殺意が聞こえる  作者: あまりなな
薬剤師?
13/19

薬剤師?1

 突き抜けるような青空から、容赦のない陽光が降り注いでいた。 店内が少し落ち着く午後二時のドラッグストア『コスモス・テラス』。


 美咲は、その明るさに眩暈を覚えた。 鼻を突くのは、特売の柔軟剤の甘い香りと、新製品のシャンプーの華やかな匂い。そして、どこからか漂う無機質な消毒液の混ざった独特の異臭だ。 天井から降り注ぐ剥き出しの蛍光灯は、昼間の日光と混ざり合って、白すぎて痛い。その光は、美咲の目の下に張り付いた深い隈や、カサカサに荒れた唇、そして何より、自分でも制御できないほど血走ったその瞳を、残酷なほど鮮明に照らし出していた。


 手にした買い物カゴは、まだ空だ。 周囲の主婦たちは、夕飯の献立を考えながら洗剤やトイレットペーパーをカゴに放り込んでいる。だが、美咲の脳内にある「買い物リスト」は、それらとは決定的に異なっていた。これと、あれを組み合わせれば、あいつらを殺せる。あるいは、あいつらを殺してから、自分も。


(……許さない。絶対に許さない)


 三日前、夫・和也のスマートフォンで見てしまったあの画像が、網膜の裏側に焼き付いて離れない。  「仕事で遅くなる」と言っていた夜、彼は都心の夜景が見えるレストランで、見たこともない若い女と笑い合っていた。美咲が去年の結婚記念日に「一度でいいから行きたい」とせがんで、「あそこは高いし予約も取れない、俺たちの身の丈に合わない」と冷たく一蹴された、あの店だ。

 和也が女に向ける視線は、熱く、甘く、慈しみに満ちていた。かつて自分に向けられていたはずのその温度が、今の美咲には、心臓を直接炙られるような屈辱として迫ってくる。


 幸せな時だって、確かにあった。

 結婚して最初の数年、和也は仕事帰りに決まって「これ、期間限定だって」と、美咲の好きなコンビニスイーツを買ってきてくれた。

「いつも家を綺麗にしてくれてありがとう、美咲」

 照れくさそうに笑う彼の顔が好きだった。冬の夜、冷え性の美咲の足を自分の膝に挟んで温めてくれた、あの掌の熱を、今でも指先が覚えている。あの頃の自分たちは、間違いなくお互いの「特別」だったはずだ。


 それなのに、いつからだろう。 彼のお土産は途絶え、温めてくれた手はスマホを握りしめるためのものになった。彼にとっての美咲は、もはや心を通わせるパートナーではなく、汚れのないシャツを出し、時間通りに飯を運ぶ、音の出ない機械と同じ存在に成り下がっていた。

「おい、飯」

「シャツのアイロン、まだかよ」

 無機質な言葉を投げかけられるたび、美咲という人間は削り取られ、透明になっていった。


 美咲は、薬品棚の間をふらふらと歩く。咳止めのシロップ、睡眠改善薬、そして解熱鎮痛剤。どれも日常のどこにでもある「普通の薬」だ。けれど、知識という刃を加えれば、それは容易に「終わりの薬」へと変貌する。ネットの掲示板で調べた、肝臓に致命的なダメージを与える配合。一瓶では足りない。ならば二瓶か。あるいは、別の成分と組み合わせれば毒性は跳ね上がるのか。


 隣では、若い母親が「どっちの絆創膏が可愛いかな」と子どもに笑いかけている。その眩しい日常が、今の美咲には耐え難い。死なせたい。自分を透明に扱ったあの瞳に、最後は恐怖と絶望を刻みつけたい。  彼が守りたがっているその平穏な人生を、私の手で、最も醜い形でめちゃくちゃに壊してやりたい。


 震える指先が、鎮痛剤の箱に触れようとした、その時。


「……それ、あまり効率的な組み合わせじゃありませんよ」


 不意に横からかかった声は、ひどく低く、氷のように冷たく澄んでいた。美咲は心臓が跳ね上がり、反射的にカゴを握りしめて振り向いた。


 そこに立っていたのは、一人の白衣を纏っている男だった。白衣を纏っている。前髪が長く、目を覆い隠している。影になっていて、彼の瞳がどこを向いているのか、どんな感情を湛えているのか、全く読み取ることができない。


「な、何……?」

 美咲の声は、掠れてうまく出なかった。


「目的が『永遠の休息』なら、その程度の含有量では嘔吐して終わります」


 男は淡々と言った。昼下がりの穏やかな店内で、彼は「殺人」の相談でもするかのように、当たり前のトーンで毒性を語っている。


「……顔色が悪いですね。ここは空気が悪い。あなたの思考を鈍らせている」


 男は白衣のポケットに細い手を突っ込み、自動ドアの向こう――眩しい屋外を顎で示した。


「外で話しませんか? 毒を作るにしても、まずは頭を冷やさないと、完璧な配合はできませんよ」


 完璧な配合。その言葉が、美咲の濁った意識に不思議な磁力を持って響いた。この男なら、私が望む「答え」を持っているのではないか。美咲は、吸い寄せられるように、男の背中を追って店を出た。  背後で、間の抜けた入店チャイムが、また一つ鳴り響いた。

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