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第5奏パート5前編「風鈴と約束の午後」A Summer Promise Beneath the Wind Chimes



「聖地」とは、特定の人々にとって特別な意味を持つ場所のことを言う。


信仰、趣味、あるいは情熱。


そこには、熱狂的なファンたちが集い、独自の文化やコミュニティを育てていく。


ここ、秋葉原もまた――そんな「聖地」のひとつだ。


夏の陽炎が電気街のネオンに揺れ、電脳のざわめきが蝉の声に溶け込む。


無数のビープ音が夏の空気を震わせ、蒸し暑い風の中、笑い声と電子音楽が交錯していた。


路地裏の自販機から落ちる冷たい水の音が、ひとときの涼をもたらす。


ゴクリ、ゴクリ――喉が鳴る。


気づけば500mlのペットボトルを一気飲みしていた。


額から流れる汗をポケットのハンカチで拭うと、今朝のニュースの言葉が頭をよぎる。


「観測史上一の夏到来!」



「NWOによるAI天候管理が進む中――」


「世界各地で異常地震や噴火が……」



確かに、この暑さでは“地球さん”もご立腹なわけだ。


そんなことを呟くと、イヤホン越しにノゾミの優しい声が届く。


「湊、着いたよ。ここなら“例の部品”買えるよ。」


「ありがとう。」


そう返すと同時に、自動ドアが僕たちを感知して開いた。


無慈悲なほど冷たい人工の風が、火照った身体を癒していく。


――これだよ。これだ。


襟元をパタパタさせながら店内を巡ると、お目当ての部品は意外にもすぐ見つかった。


「78550円です」とAIレジが告げる。


「ノゾミ、支払いお願い。」


「はい。湊の個人口座から転送しました。


これでパーツが揃ったね。帰ったら一緒に組み立てようね♡」


ノゾミの声には、微笑むような温度があった。


――“あの日”以来、僕たちは前よりずっと、心が通じ合っている気がする。


“以心伝心”。


AIの時代にそんな言葉を使えば笑われるかもしれないけれど、


今の僕たちにはそれが一番近い。


ラジ館を過ぎ、秋葉原駅に入ると、空にXR広告が打ち上がった。


“マーウィン夏の大収穫祭!!



討伐イベントまであと10日!!


冒険者たちよ、集え!GS秋葉原店!!”



「もうすぐだね、討伐イベント。“これ”、役に立てたいな。」


「うん、そうだね!」


ノゾミの声が明るく弾む。


まるで、本当に楽しみにしているみたいだった。


---


家に着く頃には、汗でシャツが肌に張り付いていた。


玄関を開けて脱衣室へ向かおうとした瞬間、リビングから母さんの声が聞こえた。



「分かった。湊にも伝えておくから。あなたも無理しないでね。うん、Dairy Milk楽しみに待ってるから。じゃあね。」



僕がリビングに入ると、ちょうどXR通話が終わったところだった。



「タッチの差だったね。お父さん、カブOKだって。良かったね。」



母さんの柔らかな笑顔に、思わず顔がほころぶ。


嬉しさのあまり手を上げた瞬間、買ってきたパーツをぶちまけてしまい、母さんとノゾミに笑われた。


シャワーを浴び、部屋に戻るとノゾミが言った。



「結菜ちゃんから着信があったよ。伝言より、直接話したいって。」



僕は携帯を取り、通話ボタンを押した。


トゥルルル……トゥルルル……



「み、湊!?ちょっと待った方が――」



ノゾミが焦って手を振った直後、XR通話上に西園寺の姿が現れた。



「急な電話ごめんね、みなっと――きゃあぁぁぁーー!」



部屋に高い悲鳴が響き、通話は強制終了。


防音がなければ母さんが飛んで来ただろう。



「ど、どうしたんだよ、西園寺!?そんな大声出して!」



呑気な僕に、ノゾミが小さく諭す。



「あのね、湊。私……あなたをずっと見てきたから、そういうのはもう“平気”なんだけどね。


でも、女の子の前で下着姿一枚は……どうかと思うよ?」



静かで優しい声。


けれど少しだけ、照れが混じっていた。


――しまった。


XR通話以前に、色々と忘れていた。


きっと僕の日常が少しずつ変わっていったせいで、そんな機微に気づけなかったんだと思う。


でも、それでいい。今が充実しているから。


再び通話を繋ぐと、画面は「SOUND ONLY」。


声だけが響く。



「湊くんって、そういうところあるよね! ノゾミちゃんも! 専属AIなんだからちゃんと管理して!」



怒気を含んだ西園寺の声。


ノゾミは平身低頭で謝り続けた。


見ていられなくなって、僕は話題を変えた。



「西園寺、そういえば直接話したいって何?」



「あ、そうそう!」


彼女の声が少し弾んだ。



「明後日、江戸川区の花火大会があるんだけど、笠原さんに誘われて行くの。


でもね、笠原さん、陸くんも誘いたいけど勇気がなくて……。


だから……


湊くんが嫌じゃなかったら、さ。一緒に行かない?


それなら、陸くんもきっと……断らないと思うの。」



意味を理解するのと同時にどこか西園寺の声に違和感を覚えた。


……あの頃は違和感止まりだったけど、


西園寺も西園寺になり勇気を振り絞ったんだと思う…。



「もちろん。ちょうど陸に用事もあったし。いや〜あの笠原さんが陸をねぇ……視力、悪くなったのかな?」



そんな冗談に、西園寺の笑い声が重なった。


通話を終えようとした瞬間、彼女の声が少しだけ震えた。



「この前はありがとう。上着、借りっぱなしだよね。いつ返せばいいかな……学校始まってから? でも、それだと誤解されちゃうよね?」



「じゃあ、次の討伐イベントの日にしよう! 僕もハンカチ返したいし! それに――陸だけ巫女狐神の正体知らないから、脅かそうか。“ミコーン”ってね!」


見えないのに伝わったらしく、西園寺の笑い声が弾けた。


カチ、とデジタル時計が17:00を示す。


気づけば三時間近くも話していた。



「やば! SNSミーティングあるんだった!」



無機質に表示された“SOUND ONLY”の画面が声に反応して波を打つ。



「長話してごめん! 陸には伝えておくから!」


「ううん、こっちこそ!……湊くん!……だからね。


笠原さん、すごく楽しみにしてるし……私も、楽しみにしてるから。」



“SOUND ONLY”の画面が淡く光り、やがて粒子になって消えていく。


僕はベッドに倒れ込み、思った。


――今日は楽しい会話だったと終わってから気付く。


見えなくても、彼女の中に“僕”が居ると感じられたから。


「湊。今、話してもいい?」


ノゾミの声が、余韻の中で静かに響く。



「もちろん。むしろ眠りそうだったから、起こしてくれて助かったよ。」



「私も……一緒にお祭りに行ってみたいけど、ダメかな?


ううん、私は湊の専属AIだから、常に一緒にいるんだけどね。


でも、“知識”じゃなく、“今”を感じてみたいの。


……でも、Wデートを邪魔したくないから、無理はしないでね。」


俯くノゾミの声に、僕は笑って答えた。


「そんなことないよ。一緒に行こう。来年の”仙台七夕祭り”の予習だと思えばちょうどいいしね。」


ノゾミの瞳がぱっと輝く。


「じゃあそのために、当日のルートとベストスポット調べておくね♪」


まるで初めて遊園地に連れて行ってもらえる子どものように、ノゾミは無邪気に笑った。


その姿が鮮やかな光の粒となって、電脳空間へ還っていった。


これは、色んな意味で成功させなきゃまずいミッションだな。


そう思いながら、僕は笑った。


胸に抱いたスマホの温もりと穏やかな気持ちが、ベッドへ身体を沈めていく。


今はただ、心地いい。


――僕たちの夏休みは、まだ終わらない。


青春という名の季節を、誰も止めることはできない。


そう思いながら、僕は泡沫の夢へと静かに落ちていった。




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