第5奏パート4:前編”悠夏残響(ゆうかざんきょう)The fox returns a smile beneath the summer moon.
8月も中旬を迎える頃。
晩鐘がオレンジ色に染まった丘のキャンパスに響き渡る。
成城学園前駅へ続く坂道では、ひぐらしが今日も鳴いていた。
それはまるで、己の存在を告げる祈りのように──
次の世代へ命を託す、微かな鐘の音。
その声に呼応するように、僕の額から頬へと汗が伝う。
ポケットから取り出したハンカチでぬぐい、電車の冷気に身を沈めた瞬間、
車内アナウンスが流れた。
「本日は終戦記念日──93年の想いを胸に、平和を願いましょう。」
あの日から93年。
戦争はもう、記憶ではなく“記録”として語られる時代。
けれど僕は思う。
あの夏の日、空を覆っていた祈りの音──
それは今も、どこかで生き続けている気がした。
カタン、コトン。カタン、コトン。
電車の音が僕をゆっくりと眠りの淵へと導いていく。
**【Scene 2:夢と現】**
夢を見ていた。
珍しく、「これは夢だ」と気づくほどに鮮明な夢だった。
あるいは──追憶。
“ミィーンミミーン、ミィーンミミーン”
蝉の声が、鼓膜の奥で波打つ。
「◯◯◯くん、×××だね♪」
「うん♪ ⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎ちゃん」
声が霞む。
西陽が逆光になって、顔が見えない。
けれど“今回は”少しだけ、分かる気がした。
鼻歌が風に揺れて、僕の手が自然とそのリズムを追う。
懐かしい──
胸の奥を締めつけるほどに、懐かしい。
見上げた先。
麦わら帽子と、白いワンピース。
風に、光に、溶けていく──。
「ねぇ、湊?」
ノゾミの声がイヤホンに響いた瞬間、
夢は現実に引き戻された。
**【Scene 3:新宿駅に映る君に僕は】**
「ねぇ、湊♪ もうすぐ新宿駅につくよ♡」
「うっ……うん。寝てたみたいだね。起こしてくれてありがとう、ノゾミ。」
きっと、もう夢の内容は思い出せない。
でも、右手にはまだ──温もりだけが残っていた。
改札を抜けると、夜の街を覆う巨大なXR広告が視界を染めた。
空一面に、ノゾミが映し出されている。
魔導書を左手に、右手から光の陣を繰り出す魔降技師の姿。
「貴方は覚えている。新しい世界の冒険を──!」
その言葉と共に、XR広告から巨大な竜が咆哮を上げながら飛び立った。
「おおぉぉぉ──!」
街行く人々の歓声と視線が、すべてノゾミに集中していた。
「な、なんか……恥ずかしいね。私、変じゃないよね? 湊!?」
イヤホンの向こうの声が、少し照れくさそうに揺れる。
「ううん。可愛いし、かっこいいよ。」
「えへへへ♪♪」
ノゾミが笑う。
その笑い声が、夏の街の喧騒の中でやけに優しく響いた。
**【Scene 4:GS池袋店 ― アイスとキツネ】**
「まもなく22時になりますので、U18未満の方は退館になります。」
館内に響くAIアナウンサー〈シエル〉の声が、時間の終わりを告げる。
「いや〜今日もいっぱい楽しんだなぁ。」
汗を拭きながら、いつも以上に楽しげにマーウィンについて語る陸に、俺は嬉しくなる。
正直なところ、陸があの時に声をかけてくれなければ、俺はここには来なかったと思う。
それに──ノゾミとも出会うことはなかった。
「巫女狐神さんも……って、湊、聴いてるか? また召喚酔いか!?」
俺の顔を覗き込む陸の顔で、我にかえった。
「大丈夫だよ。それに話しも聴こえているよ。今日は巫女狐神さんも参加出来なく残念だったでしょ?」
陸は手に持っていたアイスを口に頬張り、
そう、そう、と頷く。
「巫女狐神さんもインフルエンサーとして、SNS活動が大変みたいだからね♡」
胸ポケットが淡く点滅しながら、ノゾミが僕達に教えてくれた。
「それだよ〜! 俺もこの前見たけど、巫女ダンス!バズってたよな!!アレは可愛い〜♡」
ニヤケながら真似する陸に、僕達は思わず吹き出した。
**【Scene 5:帰路と約束】**
「そうだ、湊! この前のアレ、考えてくれた?」
食べ終わったアイスをコンビニのゴミ箱に投げ入れた陸が言ってきた。
「カブ(AI搭載型原動付自転車)だろう。もちろん、ただうちは父さん次第かな!
母さんが今度聴いてみるって言っていたからさ。」
僕達の家からここまでは、正直遠い。
学校からは近いけれど、成城学園前駅からは乗り換えが必要になる。
そんな話をしたら、陸が“カブ”について教えてくれた。
僕も陸も、もう16歳。
うちの学校も保護者の承諾書さえあれば通学での使用が許可されているらしい。
僕は真剣に考えて、母さんに相談してみた。
「私は賛成よ。湊が自分から何かを頼むなんて珍しいし、ノゾミちゃんが制御してくれるなら安心でしょ?」
XR投影されたノゾミと母さんが、まるで親友のように笑い合っていた。
「ただ、お父さんにも一応聞いてみるからね。
あの人ったら、今時携帯に出れない場所とか、何処まで仕事に行ってるんだかぁ……」
ボヤく母さんに、ノゾミは丁寧にXR地球儀を出して一緒に場所を探していた。
その一部始終を黙って聴いていた陸は、腕を組みながら笑った。
「まぁ、何とかなるよな。カブ、早く乗ろうぜ!風を感じながら通学、最高じゃん!」
いつもの笑顔で振り向く陸の背を見送りながら、
僕はなんとなく胸の奥にあたたかいものを感じていた。
その後も談笑しながら、陸は1人先に駅へと向かう。
僕は新宿の古本屋に寄るため、ひとり歌舞伎町へ向かった。
**【Scene 6:邂逅の予兆】**
夜の風が、甘く湿った香りを運んでくる。
懐かしい──この香り。
そして、あの髪の揺れ。
ピンクのインナーカラーが、ネオンに煌めいた。
西園寺──!?
彼女が走り去る。
追うように、複数の影が動いた。
僕の心臓が、一瞬で熱を帯びる。
都会の夜もまた、まだ夏を抱いて離さない。
それでも、風の中には秋の香りが、ほんの少しだけ混じっている。




