第5奏パート3前編:Echoes of an Ordinary Summer
蝉の鳴き声が、いっそう強くなっていた。
その音の密度と比例するように、日ごとの気温も上がっていく。
XRモニターの向こうでは天気予報士が、今年も恒例のように「今季一番の猛暑日になりそうです」と、どこか他人事のような口調で告げていた。
もちろん僕は、そんな日に外へ出るつもりなどなかった。
現代の“3種の神器”である“エアコン”の効いた部屋でアイスを食べながら、夏休みを謳歌していた………。
はずだった。
去年までなら、そうしていたと思う。
けれど、今年は違った。
理由は簡単。
そう──“マーウィン”の討伐イベントを制した僕たち、チームA.T.O.N.I.Mは今や“時の人”となってしまったからだ。
討伐イベントの形式は世界共通だが、各国によって“テーマ”が異なる。
その国に伝わる昔話や伝説をモチーフに構成されるからだ。
そして僕たちが放った最終技──《プレテュス・アステーローン(無限の流星群)》──は、
界隈だけでなく、株価にまで影響を与えるほどの衝撃となった。
**回想──白い光の中で**
白を基調とした部屋の光がまぶしくて、僕は現実世界に帰ってきたことを実感した。
けれど、胸の奥にはまだノゾミの“温もり”が確かに残っていた。
彼女の香り。
指先の震え。
言葉より雄弁に感情を語っていた仕草。
その全てが、まだ肌の奥に焼きついていた。
そんな余韻を抱えたまま、僕の耳に現実が戻ってくる。
──いや、正確には“現実が叩き込まれた”。
「湊! 起きてるか! やべーぞ!! 逃げるぞ!!」
“ドン、ドン、ドン”と扉を叩く音。
あの特徴的な声。そう、陸だ。
「陸……戻って早々、なん──」
言い終える前に腕をつかまれ、半ば強引に引きずり出される。
「なんかさ、俺たちが優勝したことで、こっちは祭りみたいに大盛り上がりで!
しかも、話しかけてくる客でごった返してるんだよ!」
息を切らしながら早口で説明する陸に、僕はようやく足を止めて問い返す。
「……それで?」
「あぁ、やっぱ説明いるよな。
アレだ、《プレテュス・アステーローン》を放った瞬間に、
こっちの現実世界でも地震みたいな揺れが起きて、一瞬停電したらしいんだ!」
その言葉に、息が止まった。
確かにあの技を放つ瞬間、僕の身体にも限界を超える負荷がかかっていた。
でも──まさか、現実にまで影響が及ぶなんて。
陸は続けた。
「だから今、シエルさんとノゾミちゃんが対応してくれてる。
俺たちが出ると余計混乱するから、湊は裏口から帰れって。
ノゾミちゃんからの伝言だ。」
ノゾミ──。
その名が響いた瞬間、胸の奥で何かがざわめいた。
ポケットの中のスマホを取り出しても、画面は静まり返ったままだった。
「……分かった。行こう。」
「麺麺亭は、また今度だな。」
少し残念そうに笑う陸に、僕はうなずいた。
今はそれどころじゃない。
**現実へ──再び動き出す音**
ふと、あの時のことを思い出していた。
すると、XRモニターが微かに光を放ち、部屋に柔らかな空気が満ちていく。
ノゾミが現れた。
「ただいま、湊♡ ちゃんと午前中に宿題やってた?」
その声と同時に、遠くで**AR鐘**が鳴った。
成城の丘の上で、正午を告げる音がゆっくりと空気を震わせる。
光が街を溶かすように降り注ぎ、窓辺のカーテンが小さく揺れた。
「う、うん……」
曖昧に答える僕に、ノゾミの頭上には小さな“?”マーク。
けれど彼女は気を取り直すように微笑んだ。
「湊、やっとマーウィン本社とも話がついたよ。」
いつもと変わらない夏。
そう──
蝉の鳴き声で始まり、まだ終わらない物語が、静かに息を吹き返していた。




