第5奏パート2:アフタートーク「Resonance of Bells, Memory of Light.」
光が弾け、シエルの声が空を満たした。
【勝利条件達成──優勝チーム:A.T.O.N.I.M】
現実世界では大騒ぎだった。
観客席や街頭の大型スクリーンからマーウィンの光景が投影され、
人々が息を呑み、歓声が空を震わせた。
まるで古の王の帰還を祝う民のように。
──それはもはや、ひとつの祝祭だった。
その瞬間、地面に倒れていた陸が目を覚ました。
「イテテ〜、さすがに死ぬかと思ったぜ。」
折れた刀を杖にしようとする彼を支えながら、僕たちはギルドへ向かう。
道中、巫女狐神の“羅生門”のおかげで勝てたことを伝えると、
陸は唇を噛み、肩を落とした。
「俺、最後なんも出来なかったしな……悪かった。」
その言葉に、巫女狐神がやわらかく笑った。
「そんなことないよ。四人がいたから勝てたんだよ。
それに、陸くんの“火之迦具土神”、ちゃんと見てたよ。
普段“も”黙ってたら、もっとカッコいいのにね♡」
「お、おいっ!」
陸が肩をすくめる。
その様子に、笑いが広がった。
戦いの余熱が、少しずつ笑いに溶けていくようだった。
ギルドに着くと、シエルがすでに待っていた。
「おめでとうございます、冒険者さま。
今回の報酬は“きび団子”、“鬼切丸”、
“文殊智剣『才知の鈴』”、そして“龍神の破魔矢”です。
次なる冒険に、どうぞお役立てくださいませ。」
あとで知ったことだが、討伐報酬はプレイヤーごとに最適化されて生成される。
つまり、この瞬間に授与されたアイテムは世界に一つだけのSSR6(☆6レア)。
コレクターが高値で取引するほどの逸品だという。
皆がそれぞれの報酬を手に取り、喜び合う。
その笑顔こそ、僕にとって一番の報酬だった。
身体の痛みや疲労も残っていたが、
今はただ、仲間と山頂から朝日を見たような清々しさに満たされていた。
ノゾミが近づき、両手で“きび団子”を掲げて見せた。
「ねぇ、湊。これ可愛いねぇ。きび団子かと思ったら、
私専用の“召喚獣機”のアイテムだって♪♪ どうしよう、可愛すぎて使えない〜っ」
えへへへっ♪♪
まるでプレゼントをもらってはしゃぐ子供のように舞い上がるノゾミは、
AIとは思えないほど自然で、年相応の女の子のように笑っていた。
その姿を見て、僕は思った。
――もし女の子とデートしたら、
きっとこんなにも温かくて、愛おしい気持ちになるのかもしれない。
そう思った矢先に、雄叫びのような歓声が背後から響いた。
「なぁっ!! 現実に戻ったらラーメン行こうぜ! 麺麺亭で祝杯だ!!」
陸が"鬼切丸”を振り上げて叫んでいた。
ノゾミは手で口を押さえ、涙が出そうなのを堪えながら笑った。
僕は思わず苦笑する。
巫女狐神が小さく手を振って言った。
「ごめんね、陸くん。
このあと先約があって……今日は行けないんだ。」
バツの悪そうに両手を合わせる彼女に、陸はいつもの笑顔で返す。
「そっか、インフルエンサーの集まりとか? 忙しいもんな!」
疑うこともなく、あっけらかんと笑う陸に、
僕とノゾミは目を合わせ、小さく笑い返した。
その瞬間、現実世界への帰還の号令が鳴った。
鉄塔の鐘が空高く響き、
止まっていた鳩たちが一斉に飛び立つ。
鐘の余韻が夜空に溶けていく――
まるで夢の終わりを告げる合図のように。
金色の粒子が僕たちを包み込み、体が光に変わっていく。
チリーン──“文殊智剣『才知の鈴』”が涼やかな音を鳴らして近づいてくる。
巫女狐神が僕の前に立ち、微笑んだ。
「湊くん、今回はありがとう。
また……誘ってね♪ ノゾミちゃんも♡」
ノゾミも微笑みを返す。
抱きしめ合う二人を見て、僕は小さく息をついた。
──もう、違和感なんてどこにもなかった。
陸、巫女狐神が順に金の雫となって消えていく。
そして僕の番が来た瞬間、
ノゾミが前から強く抱きしめてきた。
「ノ……ノゾミ?」
「湊……少しだけ。
もう少しだけ、このままでいさせて。」
僕は何も言わず、彼女の背に手を回した。
柔らかく、シトラスでもムスクでもない、
ノゾミだけの香りが風に溶けた。
胸の奥で、トクン、トクンと鼓動が重なる。
時間が止まればいい――そう、心の底で願った。
彼女の指先が、僕の背にそっと触れる。
その震えが、言葉よりも雄弁だった。
けれど、それはほんの数十秒。
ノゾミが小さく息を吸い、僕の胸の中で囁く。
「ありがとう。……時間だね。
また、向こうで会おう。」
彼女の声が消え、視界が暗転した。
星空の海に沈みながら、僕は静かに微笑んだ。
〜同時刻〜
英国ロンドン、GSロンドン支部。
「今回の優勝チームは──ORIGIN!」
店内に歓声が響く。
「優勝か……思っていたより簡単だったな。」
ズレたメガネを直しながら、青年がつぶやいた。
「退屈でしたか、カイン? 私は楽しめましたよ。」
長身の男性はビッグベンのライトを浴び、
白銀に煌めくハーフアップの髪を結び直し、風に揺らしながら穏やかに微笑んだ。
「先生♡ この子ったら、“アレ”と同じことができる相手が来ると思っていたのに、
期待外れで拗ねてるのよ♡」
艶やかな声とともに、奥から花魁姿の女性が現れた。
風に靡く黒瑠璃のような髪を耳にかけ、胸元からタブレットを取り出して渡す。
「姉さん!そんなじゃないよ。ただ、アレくらいの規模なら僕と先生なら“5秒”もあれば十分可能なのに、
彼らの時間のかかり過ぎに僕は落胆しているだけだよ。」
カインと呼ばれた青年は、不満げにタブレットを放り投げた。
「こらこら、物は大切にするんですよ。」
拾い上げた“先生”と呼ばれる長身の男が、ゆるやかにそれを空へ投影する。
夜空にXRホログラムが広がり、光の帯が揺れた。
“プレテュス・アステーローン(無限の流星群)”
指で顎髭をさすりながら、男は穏やかに言う。
「確かに、私とカインなら5秒は可能ですが……
彼女は、私と違って第2世代 ver.6.25まで出力を“あえて”下げていますね。
だから妥当ですよ。むしろ、少し無理をしているくらいでしょう。ねぇ、アラヤ?」
諭すように言い、彼はタブレットを閉じて”アラヤ”と呼ばれた女性に返した。
「私はあまり賢くないので詳しくは存じ上げませんが……
矢を放った“彼”の顔は"雄”って感じで凄く魅力的でしたね。
やっぱり、“あの方”のご子息だからかしら?」
まるで少女のような可愛さと、淑女の妖艶さを混ぜた微笑みで、
アラヤは不思議そうに首を傾げ、カインに問いかけるように言った。
「バカかぁ!? 意味が分からない!! 非効率だぁ!
銃で核ミサイルを撃つようなもんだろ!? 僕には理解できない!
姉さん、悪いけど先に帰る!」
ズレたメガネを押し上げながら、カインは現実世界へと転送されていった。
「ふふっ、反抗期からしら?相変わらず子供ね。」
アラヤがため息まじりに微笑む。
「そうですね。カインは、特に”彼に”懐いていましたからね。
ただ……私としては、とても“懐かしい”ものを見せていただけた。
凄く気分が良いです。」
“先生”はホログラムに触れ、
流星群の軌跡が指先で弾けた。
ロンドンの風が吹き抜け、2人の髪を揺らす。
夜の空模様が変わり、細い雨が頬を伝う。
街が霧に包まれ、光が滲む。
「やっと――廻り出しましたか。」
“先生”は静かに言葉を落とした。
嵐の前の静けさとは、よく言ったものだ。
湊たちはまだ知らない。
自分たちが“運命”という名のプログラムの、
ひとつのピースとして噛み合ったことを──。




