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「お前には価値がない」と婚約破棄されたので、自分をオークションに出品してみた

作者: ばぅ

 ――人の人生を終わらせるのに、どうしてこうも楽しげな会場が似合うのだろう。


 きらびやかなシャンデリア、宝石で飾られたドレス、笑い声とグラスの鳴る音。

 王城の大広間は、いつもどおり夜会と――そして夜会の目玉である、恒例のオークションのために華やいでいた。


 その中央で、私は一人、スポットライトのような視線を浴びている。


「シルヴィア・フォン・アルトレイン。ここに、そなたとの婚約を破棄する!」


 よく通る声でそう宣言したのは、この国の王太子、エリオ殿下だ。


 周囲がどよめき、うっとりとした視線が殿下に注がれる。

 私に向けられるのは、期待と好奇心と、少しの嘲笑。


(ああ、やっぱり今日だったのね)


 心のどこかで覚悟はしていた。

 エリオ殿下は最近私ではなく、義妹を連れ歩いている。

 いつかこの日が来るんだろうなと思っていた。が、両親も殿下も今まで正式な話は避け続けていた。

 それをわざわざ「この特別な夜会」でやるあたり、性格が悪いとしか思えない。


 この夜会は、年に一度だけ開催される《七国魔導オークション》の日だった。

 運営するのは、国でも王家でもない――

 七つの大国が共同で権限を委ねた《魔導商会同盟(コマース・ギルド連盟)》。


 彼らが管理・審査する品は、

 国家転覆レベルの魔道具、

 希少魔石、

 古代遺跡から回収された失われた術式、

 国家機密級の研究資料……

 “気軽に扱うことのできない危険物”ばかりだ。


 そのため、このオークションで落札された結果は、どんな国王でも覆せない。

 それを破れば、七国すべてを敵に回す。


 だからこそ――安全で、公正で、絶対。


 そんな夜会での婚約破棄宣言。

 理由は明白だ。国中の有力者が見ている場で、私の評価を“公式に”地に落とすため。

 “公爵令嬢シルヴィア”という肩書きを公衆の前で剥ぎ取る、最も効果的な場。

 よほど私を笑いものとして仕立て上げたかったらしい。


「殿下。理由を、伺ってもよろしいでしょうか」


 私はできるだけ穏やかに微笑んで尋ねた。


「理由は単純だ、シルヴィア」


 エリオは鼻で笑う。


「お前には、価値がない」


 瞬間、大広間の空気が変わった。


「価値がない……と?」


「アルトレイン公爵家の令嬢でありながら、魔力も取り立てて強くない。社交での華もない。地味で、影が薄く、面白味もない。俺の隣に立つには、あらゆる点で不足だ」


 よくもまあ、息継ぎなしにそこまで言えるものだと感心する。

 周囲の令嬢たちが、さも可哀想と言いたげに私を見て、しかしその目は「いい見世物だ」と笑っていた。


「それに比べて、ラーナは美しく、私の妃にふさわしい」


「殿下....」


 2人は見つめ合い、腕を絡める。義妹が私の方に向き直り、ニヤニヤと嘲笑するのが見えた。


 ラーナは去年母親が病で死去した後、父が後妻と一緒に連れてきた子だ。

 義妹がきてから、家族や殿下の私への態度は冷たくなる一方。恒例のお茶会も私は呼ばれず、代わりに義妹が参加するようになった。

 両親には「シルヴィアがお茶会をすっぽかした」と義妹が伝えるため、私はしょっちゅう折檻を受けた。

「使えない娘だ」「こんなに愚鈍だったとは!」「アルトレイン家の恥晒しめ!」私の言い分は、一切聞いてもらえない。


 両親――アルトレイン公爵夫妻も、殿下の背後でわざとらしくため息をつく。


「殿下のお心変わりは無理もありますまい。このつまらない娘ではな」


「今までどれだけ我々に恥をかかせてきたと思っている。今日限りで、お前はアルトレイン家からも勘当だ」


 婚約破棄からの、勘当。知ってた。ほんの少しだけ胸が痛むけれど、想定内だ。


 これが私の家族だ。

 家の利益しか考えない。娘を能力で評価せず、“飾り”として扱う。

 私がどれほど努力しようが、知識を蓄えようが、成果を出そうが……

 妹が笑うだけで、すべては妹のものになった。


 『役立たずなのだから、これくらいやったらどうだ』


 と、ほぼ丸投げされた私の仕事の成果はすべて父の名で提出され、王太子エリオはそれすら理解していなかった。

 そのくせ今日は堂々と“私を切り捨てるための舞台”を作ったわけだ。


「では、正式な書類は後日……」


「必要ない」


 エリオは手をひらひらと振った。


「証人はこれだけの貴族だ。今日この場で、お前は“元公爵令嬢”だ。

 ああ、安心しろ。今夜はこのあとオークションもある。……お前のような女でも、拾ってくれる物好きがいるかもしれないぞ?」


 笑いが起きる。

 胸の奥で、何かが静かに切り替わる音がした。


 親も王太子も王も無能。

 頼れるものなんて何もない。

 今日この場で勘当され、家も失う。


 なら――。


(ここで人生を売ったほうが、まだマシね)


 オークションは絶対で、安全で、公正だ。

 落札されたら、契約内容は世界中の法に優先される。


 私は一歩前に出て、司会役の執事に向かって会釈した。


「オークションの出品リストに、追加をお願いいたします」


「……追加、でございますか?」


「出品番号はまだ余裕があるでしょう? 名を記してください。“元公爵令嬢シルヴィア・フォン・アルトレイン”。条件は――」


 私は笑った。


「落札者の望む形での雇用、および、必要とあらば婚姻も可」


 大広間が、水を打ったように静まり返る。

 次の瞬間、爆発したようなどよめき。


「じ、自分を出品だって!?」「正気かしら」「そんな女、誰が――」


「はっ……!」


エリオが吹き出す。


「お前、自分が売れるとでも思っているのか? だから価値がないと言っているのだ。そんなもの、誰が――」


「最低落札価格は五万ゴルドからでお願いいたします」


 私は淡々と告げた。

 五万ゴルド。平民の一年分の生活費には不足ない程度のお金。

 正直、もっと安くても構わない。路頭に迷うよりはずっといい。

 エリオ殿下が爆笑する。


「はははっ! 五万だと!? シルヴィア、お前は本当に……!」


 ラーナも、上品ぶった笑みを浮かべる。


「お姉様が、売れるわけがないでしょう?」


 (どうかしらね)

 心の中で、私は少しだけ笑った。


 裏の世界では――私の名前を知らない者はいない。

 “名無しの分析官”“王国の影の頭脳”“魔道具の裏解体屋”などなど、妙な通り名ばかりつけられて。

 父が誇る数々の功績は、全部私の仕事だ。

 それを知っている一部の人間は……今日も、この会場に来ている。

 だから――この賭けは、決して無謀じゃない。


(あとは、いくらになるか……)


 *****


 オークションは順調に進んだ。

 希少な魔獣の毛皮、古代遺跡から出土した宝石、王都一人気のイケメン俳優による「一日デート権」。

 毎回恒例のそれに、女性たちは黄色い声を上げ、男性たちは苦笑しながら札を上げる。

 そんな中、私――出品番号三十七番が呼ばれたのは、会も終盤に差しかかった頃だった。


「お待たせいたしました。本日の変わり種……いえ、特別出品でございます」


 執事が咳払いを一つ。


「出品番号三十七番、“元公爵令嬢シルヴィア・フォン・アルトレイン”」


 ざわ……っと、空気がうねる。


「条件は、“落札者による雇用、または婚姻も可”。最低落札価格は五万ゴルドとなっております」


「五万ゴルドから、でございます。では、どなたか――」


 会場のどこかから、静かな声が上がった。


「十万」


 誰かがくすりと笑った瞬間、その倍の数字が飛ぶとは思わなかったらしい。

 ざっと視線が声の主に向く。黒い礼服を着た、中年の男――辺境伯家の当主だ。


「十万ゴルド、辺境伯家より」


 執事が慌てて繰り返す。


 (あら)

 心の中で、私は少しだけ目を見張った。

 十万は、決して安くない。


「十五万」


 今度は別の男の声。国際情報局の局長だ。

 彼は知っている。この国の情報の半分は、私が裏で精査してきたことを。

 情報局長が、涼しい顔で言う。


「我が局の文官として、是非お迎えしたい」


「二十万」


 今度は学術院院長。

 学会で何度か名前だけ交わしたことのある老人が、目を輝かせている。


「彼女の論文は、どれも面白かった。若いうちから囲っておきたいねぇ」


(だから、公表しないでくださいって言ったのに……)

 というか、私が偽名で出した論文のはずなんだけれど。

 どうしてバレているのかしら。嫌な予感しかしない。


「三十万」

「五十万」

「七十万」


 入札が跳ね上がるごとに、会場の空気は変わっていく。「婚約者に捨てられた可哀想な令嬢」が、「とんでもない掘り出し物」に変わる音が聞こえるようだった。

 アルトレイン公爵夫妻が、青ざめた顔で周囲を見回す。


「な、なぜだ……あいつに、そんな価値があるはずが……」


 両親は、自分たちが私をどう扱ってきたか、まるで理解していない。

 勉強を許したのも、「裏で書類仕事を押し付けるため」。

 私が外交文書を読み、暗号を解き、魔道具の構造を解析しても、その成果はすべて「公爵閣下の手柄」になった。

(それでよかったのよ。私自身の名前は、邪魔になるだけだったから)


 でも――。


「百五十万!」


 大使の一人が叫んだ瞬間、場内の空気がひっくり返った。


「ヴァルディア帝国大使閣下、百五十万ゴルド!」


 隣国ヴァルディア帝国。軍事・魔道具開発でこの国の一歩先を行く大国。その大使が札を上げたのだ。

 エリオ殿下が、信じられないものを見るように目を見開く。


「ば、馬鹿な……帝国が、あんな女を……?」


 エリオの顔がさーっと青ざめる。

 それを横目に見て、私は少しだけ溜飲を下げた。


(まあ、これで終わりでもいいかしら。大使閣下なら、悪いようにはしないでしょうし――)


 そう思った、その時だ。


「……二百万」


 柔らかく、それでいて通る声が、大広間の上段から響いた。

 振り向いた誰もが、息を呑む。

 黒髪に紅い瞳。端正な顔立ちに、帝国の紋章をあしらった軍服。

 その青年は、ゆっくりと階段を降りてきた。

 ヴァルディア帝国第一王子、カイリス・ディ・ヴァルディア。


「あれは……ヴァルデアの第一王子殿下……!?」「帝国の王族が、オークションに!?」


 会場のざわめきが一気に色を変える。

 彼はまっすぐに私を見て、微笑んだ。


「……二百万と言ったが、訂正しよう」


 一瞬の間を置いて、はっきりと告げる。


「一千万ゴルドだ」


 空気が止まった。

 次の瞬間、悲鳴とも歓声ともつかない声の渦。


「一千万!?」「桁を間違えているのでは!?」「人一人だぞ!?」


 エリオ殿下が、口をぱくぱくさせている。

 アルトレイン公爵夫妻は、その場で卒倒してもおかしくない顔色だ。

 国王陛下でさえ、目を細めてカイリスを見つめた。


「……帝国の第一王子殿下が、本気でそうおっしゃるのならば、止める理由はない。よいのだな?」


「もちろんです、国王陛下」


 カイリスは恭しく一礼し、それから何の迷いもなく言った。


「一千万。――安いものです」


 安いって言いましたね、この人。

 執事が震える声で叫ぶ。


「い、一千万ゴルド! 他にご入札は――」


 ……出せるはずがなかった。

 一千万ゴルド。それは小国の一年分の税収にも匹敵する額だ。

 誰も続けられない。冗談でもそれ以上の金額を口にすることができない。


「……では、一千万ゴルドにて落札とさせていただきます!」


 ハンマーが鳴り響いた。

 一度、二度、三度。

 その音を聞きながら、私はふっと現実感が遠のくのを感じていた。


(一千万ゴルドで、売れた……? 私が?)

 自分で出品しておいてなんだけど、さすがに想定外だ。


*****


 オークションの喧騒が一段落したあと、控え室代わりの小部屋に移された私は、軽く頭を抱えていた。


「……はあ」


 ソファに座り込み、ため息をつく。

 やがて、扉がノックされた。


「失礼する」


 入ってきたのは、紛れもなくさきほどの帝国第一王子――カイリス殿下だった。

 近くで見ると、思っていたよりも柔らかい雰囲気をしている。

 鋭いだけの人ではなく、誰かの痛みに気づきそうな、そんな目だ。


「改めて。ヴァルディア帝国第一王子、カイリス・ディ・ヴァルディアだ。よろしく頼む、シルヴィア」


「……元公爵令嬢、無職予定だった、シルヴィア・フォン・アルトレインです」


 どうにも調子が狂う。私は少しだけ開き直って言った。


「ご落札、ありがとうございます。ええと……お支払いは分割でよろしいのでしょうか?」


 冗談めかして投げた言葉に、彼は一瞬ぽかんとし、それから吹き出した。


「俺がローンを組むような男に見えるか?」


「ですよね」


「君を買ったつもりはない。……と言っても、あの場ではそうとしか見えないが」


 カイリスは肩を竦める。


「誤解のないように言っておくが、君に“一千万の価値がある”のは、何も国家機密や知識の話だけじゃない」


 ぴく、と眉が動いた。


「……やっぱり、それも目当てなんですね」


 私はつい、棘のある言い方をしてしまう。


「私が裏で書類を処理していたことも、外交文書の草案を書いていたことも、魔道具の解析をしていたことも、全部ご存じなのでしょう? だから、あんな大金を」


「知っている」


 あっさり肯定された。


「この王国の誰よりも、君が有能だと知っている。

 国境線紛争のときの調停案も、魔道具暴走事件の収束案も――最終稿はすべて君の筆だ」


 ……あの時の草案、やっぱり見られていたのね。


「ならなおさらでしょう。どうせ、私という“人材”と、それに付随する情報を買いにきたんじゃないですか」


 少しだけ拗ねたように言った私に、カイリスは驚いたように瞬きをした。


「ああ……なるほど」


「な、なんですか」


「いや。君がそんなふうに拗ねる姿を見るのは初めてで、少し新鮮だった」


 さらっと言う。心臓に悪い。

 カイリスは、私の真正面に立ち、視線を合わせてきた。


「シルヴィア。たしかに、君の知識や経験は帝国にとってかけがえのない宝だ。その点は否定しない」


「でしょうね」


「だが――」


 そこで彼は、ゆっくりと言葉を区切った。


「それがなくても、俺は君を欲しがっただろう」


「……は?」


「君が、公爵家の影で黙々と働いている姿を、俺は知っていた。

 自分の名前も出せず、成果を奪われても、淡々と“正しいと思うこと”を続けていた君を」


 思わず、息を飲む。

 カイリスの紅い瞳は、冗談ひとつないまっすぐさで私を見つめていた。


「君が初めて外交の席に出たとき、緊張しながらも、誰よりも冷静に場を見ていた。

 魔道具事故のとき、自分の身を顧みず現場に駆けつけていた。

 周囲に感謝されなくても、当たり前のようにそれをしていた」


「……見て、いたんですか」


「昔から、ずっと」


 さらりと告げないでほしい。


「だから、エリオが君を“価値がない”と言ったとき、本気でこの国の知性を疑った」


 カイリスは小さく吐き捨てるように言った。


「価値がない? 笑わせる。

 君のような人間は、本来国家の宝だ。……いや、国家などという枠に閉じ込めておくのも惜しい」


 そして、少しだけ照れたように微笑む。


「一千万ゴルドは、君をここから連れ出すための“最低限”だよ。本音を言えば、その百倍でも安いくらいだ」


「ひ、百倍……?」


「君の価値を金で測るなど不遜だが、それでもあえて数字にするなら、という話だ」


 耳まで熱くなるのが、自分でもわかった。


「……でも、どうせ、国家機密目当てでしょう?」


 最後の抵抗のように繰り返すと、カイリスは困ったように笑った。


「君がそれを渡したいと思うなら、帝国のために使わせてほしい。

 だが渡したくないと言うなら、一つも寄越さなくていい」


「え?」


「俺が欲しいのは、君という人間そのものであって、君の抱えている情報の束ではないから」


 あまりにも真っ直ぐに言われて、言葉が出ない。

 カイリスは、すっと片膝をついて私の手を取った。


「シルヴィア。君はもう“元公爵令嬢”だ。行き場も、帰る家も、この国にはない」


 身も蓋もないが、事実だ。


「ならば――俺のところに来てくれないか」


「……帝国に、ですか」


「ああ。君の席は、もう準備してある」


 そして、ほんの少しだけ視線を伏せてから、囁く。


「……それから、できることなら」


 紅い瞳が、照れを滲ませて私を見上げる。


「君がオークションで提示した“婚姻も可”という条件……

 あれを、いつか本気で俺に向けてくれたら嬉しい。俺の妃として、帝国に受け入れたい。」


 心臓が、どくん、と大きく跳ねた。


「む、無茶を言わないでください」


「無茶だろうか」


「だって、今初めてまともに会話したようなものなのに……!」


「俺の片思いの歴は長いぞ」


 さらっと爆弾を投げないでほしい。


「少なくとも、君が初めて外交の場に出た日から、ずっと目で追っていた。

 君の書いた草案を読んで、何度も感嘆した。

 君が笑えば嬉しかったし、俯けば胸が痛んだ」


 そこまで言われると、もう逃げ道がない。

 私は視線をそらし、膝の上で手を握りしめた。


「……私、拗ねていたんです」


「拗ねて?」


「どうせ、誰も私自身を見ていないんだろうなって。

 私の知っていることとか、書類をこなす能力とか、“便利な頭脳”だけを欲しがっているんだろうなって」


「なるほど」


「だから、殿下も結局、そうなんじゃないかと思って。

 国家機密と一緒に“まとめ買い”されたようで、少し……みじめで」


 言葉にしてしまったら、急に恥ずかしくなった。

 しかしカイリスは、どこか嬉しそうですらある表情で首を振った。


「俺が欲しかったのは、“便利な頭脳”ではなく、その頭で何を考え、何を選ぶのかを大事にする君だ」


 そっと、握られていた手に力がこもる。


「たとえば、今日君が自分をオークションに出品したとき。

 “この状況を利用して自力で新しい道を開こう”とした君を、心底誇らしく思った」


「……誇らしい、ですか」


「ああ。泣き叫ぶことも、卑屈になることもできたのに、君は笑って逆手に取った。

 それがどれだけ強いことかわかるか?」


 そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。

 公爵家では、それを「生意気」「目立つな」と叱られ、押さえ込まれてきたから。


「帝国に来てほしい、シルヴィア。

 君が望むなら、研究でも外交でも好きなことをしていい。……もちろん、何もしないで、庭でお茶を飲んでいてくれても構わない」


「何もしなかったら、さすがに怒ると思いますけど」


「怒らないさ。いや、でも、怒った方が君に構う理由ができるのか...?」


 くす、と笑い合ってしまう。

 胸の奥で、何かが決定的に溶けた気がした。


「……わかりました」


 私はゆっくりと顔を上げる。


「帝国に行きます。殿下のところへ」


「本当か?」


「はい。でも、“いつか妃に”というのは……努力、しだいで」


 少しだけ意地悪く濁す。

 カイリスは、ぱあっと少年のように表情を明るくした。


「……ああ。いくらでも努力しよう」


 彼は私の手の甲にそっと口づけを落とした。


「ようこそ、シルヴィア。君の新しい人生へ」


*****


 後日談は、なかなかに痛快だった。


 王太子エリオは、「国家級人材を“価値がない”と切り捨てた男」として各国の笑い者になった。

 帝国との外交問題もこじれ、義妹を娶るどころか、自分の立場を守るのに必死だという。


 アルトレイン公爵家は、今までの功績が私のものだったことがバレ、じわじわと衰退していった。


 私は帝国で、研究室と執務室を半分ずつ自分の城にして、好きな本を読み、好きな魔道具をいじり、ときどきカイリスの書類を奪って添削しながら暮らしている。


「シルヴィア、これ見てくれ。新しい国境線協定案なんだが」


「はいはい、また穴だらけですね。ここもここもここも」


「容赦がないな……」


「私を一千万で落札した方の責任ですよ?」


 そう言うと、カイリスは決まって嬉しそうに笑う。


「後悔はしていない。何度だって、同じ額を出すだろう」


「破産しますよ」


「君がいて破産するなら、本望だ」


 本気とも冗談ともつかない声で、彼はいつもそう言う。


 ――婚約破棄されて、“価値がない”と言われて、家からも勘当されたあの日。

 絶望の底に落とされたつもりが、実はそこが世界の入口だったのだと、今ならわかる。


 私という人間の価値を、一番高く――そして一番あたりまえのように信じてくれる人の隣に、私はいる。


 あの日鳴ったオークションのハンマーは、私の人生を終わらせた音ではなく、始めた音だったのだ。



〜fin〜




ここまで読んでいただきありがとうございます!

面白かった!

エリオ殿下、無能すぎる〜!

カイリス殿下、ずっとチャンスを伺ってたのね...一途。。

など、少しでも思っていただけたら、ぜひブックマークや★評価していただけると、とても励みになります( ´ ▽ ` )

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― 新着の感想 ―
帝国第一王子が出てきたあたりから石油王モノっぽくなって笑った
斬新すぎるw
片思いというより、強火の推しではー?
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