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5.推測と恐怖

辺境伯軍メルザース駐屯地。

メルザースの壁門と中心部に位置するそこは様々な部署が存在する。

貴族の持つ軍隊というのは平時ではそこまで大きなものではない。

一貴族の持てる兵数に限界がある。

これは維持費が掛かるだけではなく反乱を防ぐための措置でもある。

そのため有事の際は他領から借り受けたり傭兵を雇うことが一般的だ。


だが、辺境伯とは国境守護を任される防衛の要である。

その兵数は他領とは一線を画し、またその質も高い。

領地首都に本部があるとはいえ一定規模を持った各街にはそれぞれ駐屯地とそこに所属する兵がいるのもその兵数の多さによるものだ。


そんなメルザース駐屯地の一室。

バルト隊の面々は疲弊していた。


周辺住民や街の人間からの聞き込みは空振り。

門番への聞き込みからも大した情報が得られる事もなく事件発生から既に2日が過ぎている。


門番によると少なくとも殺されたと見られる2日の間に街へ出入りした人間は顔見知りだったりよく見る人間しかおらず、その中に怪しい人物はいなかったという。

被害者本人の周辺を洗ってみたが現状これといったものは何もない。

怪しいと感じた2人組の旅人タンゴとラウルも発言は全て間違いないと証言が取れている。


それ以外で得られた情報はヴルストは3年程前にメルザースへと移民としてやってきたという事。

移民としてやってきて土地を買い、家を建て、農夫として過ごしていた。

そして明るく真面目な性格でよく好かれておりとても恨みを買って殺されるような人間ではなかった、ということ。


だが、ただの農夫の家に地下室、それに隠し部屋に金庫まである。そんな話は聞いたことが無い。

それに異常な鋭さで斬殺された死体。

通常、強盗殺人だとしたら手や首を一撃で落とせるような剣ではなく、ナイフや鈍器を使っての殺害がほとんどだ。

明らかにおかしい。これはただの強盗殺人ではない。

間違いなく被害者であるヴルストは裏社会の人間だ。そしておそらく犯行も裏の人間が関わっている。

ここまでの捜査から、上司であるバルトも同僚達も同じ考えであった。


だが裏社会というのは総じて閉鎖的なものだ。

裏には裏の秩序というものが存在する。

決して無秩序ではない。


軍の所属である自分たちが出向いたところで向こうからしたら喧嘩を売られているようなものだ。

いきなり軍が現れたらすぐに話がひろがり、何か知っている者がいたとしても雲隠れされる。

つまりは自分達で直接出向いて調べる、という事が難しい。


「どうしたものか…」


思わず独り言が漏れる。


「そんな思い詰めんなよ」


自分の独り言に答えが返ってくると思っていなかったイグルはビクリと肩を跳ねさせ声の主を見た。


「バルト隊長…しかし」

「お前の気持ちはよく分かるぜ。だが裏が絡んでるなら安易に手は出せねぇ。俺達軍属っての治安がどうのと言っちゃいるが所詮そんなもんだ。お前がそこまで思い詰めるようなことじゃあねぇよ」

「はい…。せめて被害者と裏が繋がっている証拠がひとつでもあれば良かったんですが」

「ここまで綺麗に繋がりを見せてねぇってことは殺されたヴルストは相当用心深い奴だったんだろうな。殺した奴もだな。ありゃあ完全にプロの仕業だろ」

「だとしたら何故死体をそのままにしたんでしょうか?完璧に消すことも出来たのでは?」


バルトは煙草に火を付けながら答える。


「まぁ、やろうと思えば出来たんじゃねぇか?だが、あえて死体を残して発見させた。俺達に調べられても怖くねぇって事か、それとも別の意図があるのかはわからねぇが…」

「別の意図、ですか?」

「あぁ。俺達に捜査させるってのも何かの目的があんのかもしれねぇ。寧ろ捜査してくれって言ってるようにも思えるなァ。ま、分からんが」


バルトからの言葉を少し考えてみるがこれといった答えは出てこない。


「我々に捜査させる理由…」

「憶測ではあるが殺されたヴルストは裏の人間となんらかの繋がりがあった。何かを重要なモンを金庫に隠してたが、それを狙う何者かに殺された。ヴルストは普段表の顔を持って農夫なんてやってる奴だ。裏と表のなんらかのパイプ役になっていたはずだが…」


そこまで言われてはたと気付く。

これまでの聞き込みから得られた証言から何も得られていない。

そう、なにも情報が得られていないのだ。

通常裏の顔を持つ人間ならなにか悪い噂程度でも出てきそうなものだ。

それが今回の事件では交友関係を洗ってみても何も無い。

それはつまり


「…裏の顔など無かった?」


口から零れた言葉にこれまで話を聞くだけに徹していたベンナーが反応する。


「そりゃどういうことだイグル?今回の事件、明らかにただの強盗殺人じゃないだろ。裏の顔がないわけがない」

「いや、違うんだ。その、おかしいのにおかしなところがないのが余計おかしいんだよ」

「はぁ?言葉遊びか?」

「そうじゃない、ただ、何も出てこなさすぎなんじゃないか?と思ったんだ」


イグルの言葉にベンナーも思考する。


「…そりゃあ用心深い裏のやつがひた隠しにしてたんだから無いことはねぇんじゃねぇか?そもそも裏が絡んでんなら安易に手は出せねぇってさっきバルト隊長も言ってただろ。俺達が裏から情報聞き出すのなんて無理筋だぜ。ま、情報屋でも通せば話は別だが」


「いや、そもそもの前提として俺達はメルザース、ひいてはこの辺境伯領の裏社会絡みの事件だと考えていただろう。そうではなくヴルスト自身3年程前に外部から来たというなら、犯人も外部の者なのではないか?」


イグルの言葉にバルト隊の面々は考えるようにして黙り込む。

口を開いたのはバルトだった。


「…それが事実なら、事によっちゃあ、とんでもねぇ事になりかねねぇな」


その言葉は重く吐き出されるような一言だった。

ベンナーもイグルも、それ以外のバルト隊の面々は皆一様に顔を伏せる。


メルザースは国境から近い辺境伯領の大きな街である。

国境に近いということは当たり前だが隣国が近いという事。


外部からの移民が他国からの移民である可能性がある。

他国からやってきて家を建て畑を作り、周辺住民とも時折顔を合わせる街の住民とも良好な関係を築く。

そこから得られる物は生きた情報だ。

街の人間から得られるものなどたかが知れていると思われるかもしれないが、そういった些細なものから何かを導きだせる者もいる。

確かに、軍事機密などを盗みたいと考えるなら不可能だ。

だが国の情勢、メルザースや周辺の都市の構造や警備体制などは街の住民でも分かる。


そうやって導き出された小さな火種は時として大きな火に変わる事もある。

それが別の火を呼び、集まって大火となる。


実際、10年前に終結した戦争は小競り合いから始まった。

国と国での戦争が広がり、果てには大陸東西間での大戦争となった。


殺されたヴルストが他国のスパイであったかは不明だが、その可能性もある。

もしそうだったとしたら、何か大きな事を企んでいるのではないか?

この辺境伯領を攻めようとしているのではないか?

そうなったらメルザースは戦場と化すだろう。


そんな恐ろしい想像をして部屋は静寂が支配した。

その静寂を破ったのもまたバルトだった。


「イグル、ベンナー、お前達はヴルストのここに至るまでの経歴を洗い出せ。この3年間何をしていたか出来る限りしらべろ」

「「はい!」」


「エリオ、ミシェル、シモンの3名はメルザース周辺の街にいる情報屋でもなんでも全部使って調べろ。犯人像と一致する人物、もしくはヴルストないしは特徴と一致する人間がいないか探れ」

「「「了解!」」」


ベンナーが問う。


「隊長はどちらに?」

「俺は俺でツテがある、そいつに会ってくるわ」


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