10.情報と敵の影
翌日、タンゴとラウルは予定を繰り上げてドゥエルファミリーの元を訪れていた。
部屋に入り、タンゴが口を開く。
「悪いね。でも、なんで早めたかは分かるよね?」
部屋には先日対応した男が1人。
男は煙草に火を付けながら応える。
「あぁ。昨日の件だろ? 裏でも既に自分達は関わってねぇって、軍に協力しようと動いてるヤツらもいるぜ」
「さすがに全力の辺境伯軍を相手にしたら下手な組なら潰れかねないしね。それで、何か分かったことは?」
タンゴからの問いに、男は紫煙を吐き出して答える。
「依頼内容は、《糸切り》が持ち去ったブツがなんなのかってのだったが…。正直、なにかまでは特定できてねぇ」
「へぇ?この国全土の情報収集が出来るって噂のドゥエルファミリーでも無理だったの?」
「お褒めの言葉は嬉しいが、俺達はせいぜいこの国の情報を集めるのが精一杯だ。さすがに他所の国までは範囲外だ」
「つまり既にこの国には無い?」
「おそらくは、だがな。仲間からの情報によれば、既にお隣のリエルテに渡った痕跡がある」
ラウルが口を開く。
「帝国か…。面倒だな」
リエルテ帝国。
それは、ミルトシア東部の山脈を越えた先にある軍事国家である。
そして、10年前終結した大戦を引き起こした大国でもある。
今からおよそ15年前に起きたリエルテとミルトシアの小競り合いを発端とするこの戦争は、徐々に戦果の広がりを見せ、最終的には大陸を東西2つに分ける大戦争となった。
10年経った今も人々の心に残る忌まわしき記憶である。
「だがそれよりも、ひとつ気がかりな事がある」
「何?」
煙を吐いて答える。
「……“イクリプス”だ。奴らが関わってる可能性がある」
“イクリプス”。
この大陸全土の裏社会を操るフィクサーと言われる組織。
大戦後、突如として現れ瞬く間に勢力を拡大し現在に至る。
構成員の顔や名前はもちろん、数も不明。
裏でその名を知らぬ者はいないほどの巨大組織の名だった。
「仲間が手に入れた情報から辿っていって、ボスが導き出した推測だがな」
「ただの推測?その手に入れた情報って言うのは何?」
「金の流れだ。奴らはとことん隠蔽するがそれでも残る痕跡はある。その痕跡を見付けて辿っていけば分かることもある。痕跡消すためにいちいち指示出した組を全部潰して回ってたらそれこそおかしな話だろ?」
「なるほどね…」
「これもボスの推測になっちまうが、おそらくあんたらが調べてるブツは元々イクリプスが所有してたもんだ。それを取り返すために今回の殺しをやったんだろうってよ」
「随分ボスの推測ってのを信用してるみたいだけど、根拠は?」
「ハァ……。ボスから、あんたらになら教えて構わねぇって言われてる。 ボスは魔法が使える。詳しくは知らねぇがどうも思考を高速にして情報から結論を組み立てるとかなんとか言ってたな。推測っつーよりはほぼ予知に近い。外れたことがねーんだ。ボスのその力があるから俺達ドゥエルファミリーはここまででかくなったんだよ」
答えを聞き満足そうに頷くタンゴ。
「俺達に教えるってことはそれも意味があるって事なのか、それとも俺達に恩を売るべきだと“推測”したのか。さすが、ミルトシア全土の情報屋纏めて一大組織にしただけはあるね」
「…ボスの思惑がなんにせよだ。何かまでを調べるのが依頼だったが、俺達はそれを達成出来てねぇ。報酬は大銀貨50でいい」
「いや、正直十分過ぎるくらいだよ。そのボスの力が知れただけでも大銀貨を払う価値はある。成功報酬は払うよ」
言ってタンゴが大銀貨の入った袋を手渡す。
前回渡された袋より僅かに重い。
「……あんたらがそう判断したならありがたく受け取るぜ」
「うん。あとボスに何かあったらボス個人に依頼出すかもだからよろしくって伝えといて」
「その分も込みか…分かったよ。一応伝えとく」
「ありがと。それじゃ、またね」
そう言って出ていく2人を見届けてから、男はようやく肩の力を抜いた。
幾度となく修羅場をくぐってきた男でも緊張していたのだ。
ドゥエルファミリーは先程タンゴが言った通り、ミルトシア全土の情報屋を纏めた組織だ。
顧客は裏の人間から表の人間まで様々だが、この家に辿り着けるような人間は少ない。
ほとんどの顧客が構成員である情報屋に依頼する。
勿論、自分達で手に入れた確実な情報を渡すのが仕事である。
それでも稀に、今回のようにボスであるドゥエルの能力が必要になる案件が来る。
そういう案件は大体が貴族やそれの代理か、ミルトシア裏社会のそれなり以上の立場の人間から来る。
だからこそ、そういった相手にドゥエルは自身の力を教えるのだ。
そんなドゥエルでさえもあの2人に対して推測するには情報が足りないと言っていた。
ミルトシア全土の情報屋を纏めるボスが、知らない存在。
つまりは国外の勢力である可能性が高い、と男は考える。
それにあの反応を見るに向こうはドゥエルの能力を知っていて、あえて聞いてきた。
こちらの事を知っていて、なおかつ国外勢力の可能性が高い。それは、まさか────。
そこまで考えて首を振る。
もしそうだとしたら、今頃自分は殺されているだろう。
どうにも考えすぎた。
なにはともあれボスに報告だ。
顧客が何者でも、ドゥエルファミリーは依頼を受ける。
それに、ボスが力を教えると判断した相手だ。
それなり以上にことを動かす力を持っているのだろう。
そう自分の中で結論付け、煙草の火を消した。




