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三章*悪妻、推しを退職させる(1)


 私はルンルンと王宮内を歩いていた。


 今日は悪女感満載のド派手なドレス姿である。なにを着てもよく似合うルピナの姿を私は満喫していた。美女ルピナは、前世ではぜったい着ることができない服装も着こなしてしまうのだ。


 紫色をベースにしたゴージャスなドレスで王宮内を闊歩すると、飛んでくるのは白い目だ。しかし、私が視線を投げるとみんなサッと目を逸らす。


 私はそれらに快感を覚えていた。


(やっぱり、ルピナ最高! 強強つよつよ戦闘服がよく似合うわぁ!)


 カツカツとヒールを鳴らして歩いていると、窓際にとまっていたカラスが羽ばたいていった。



 あの婚約破棄劇のあと、シオン様と私の結婚は無事に認められた。


 この国では、貴族令嬢の結婚には神殿と国王からの承認が必要だ。


 しかし、神殿は驚くほど簡単に私たちの結婚を承認した。表向きは、婚約破棄された可哀想な令嬢に同情、と言うことになっている。


(本音は、悪女ルピナがこれ以上暴れないことを祈ってるのよね)


 国王は難色を示したが、自分の息子がしでかした結果なのだ。そこを指摘されたら、反論もできず承認するしかなかったようだ。


 既成事実を作ったあと、シオン様の生家にも結婚の連絡をしたのだが、諸手を挙げての大賛成だった。不要な息子を公爵家が引き取ってくれたと大喜びなのだ。そのうえ、セレスタイト公爵家と縁ができるのだ。反対する理由などない。


 ちなみにシオン様の実家、モーリオン男爵家はあまり裕福とはいえない。田舎の領地を治める侯爵家に付きしたがい国外で暮らしている。古い因習に捕らわれている田舎では、王都よりも偏見が強い。


 黒髪のシオン様は、不義の子供として疑われ、両親に嫌われ家族内でもつまはじきになっていたのだ。


(だから、原作のシオン様は自分を差別しなかったエリカとローレンス殿下に依存に近い愛を向けていた……)


 家族の愛を知らないシオン様は、ふたりにすべての愛を注いでしまう。その結果、ふたりの罪を被り宮廷追放、最終的には失踪のち自死だ。


(ということで、監禁後すべきことは、宮廷追放の妨害よ!)


 宮廷魔導師であるシオン様は、今日まで結婚休暇を取っていた。


 しかし、今後も私に監禁されるため、出勤は不可能だ。退職にあたり手続きがあるため私が勝手にすることにした。


(私は悪妻ですからね。夫の意志など無視します!)


 私は、王宮内の宮廷魔術部門のドアをバーンと開いた。


 なかで仕事をしていた宮廷魔導師たちが何事かと振り返る。そして、私だとわかると、あからさまにため息をつく。


「もう、ローレンス殿下の婚約者でもないのに、大きな態度だな」


「王子に捨てられたのにまだ懲りないのか」


 聞こえよがしの悪口には慣れっこだった。


 しかし、セレスタイト公爵令嬢である私からすれば、王子から婚約破棄されたとしても、特に不利益は生じない。


(せいぜい悪評が広まるだけだわ。それは望むところだし! アホの相手をしなくてすむだけ気が楽というものよ)


 神聖なる白髪を有し、大きな魔力を持ちながらも大聖女として学ぼうとしない私は、魔法関係者から蛇蝎のごとく嫌われている。


 そのうえ、先日はユニコーンに乗れることまで見せつけられたのだ。まさに目の上のたんこぶ、というやつである。


 私は無言でツカツカと魔術部門長官の机に歩いていくと、退職届をパシーンと叩きつけた。


 結婚契約のどさくさに紛れ、シオン様にサインさせた退職届である。シオン様はなににサインを書いたかわかっていないはずだ。


「何事かね。ルピナ嬢」


「我が夫シオンの退職届ですわ。本日付で退職いたします」


 腕を組んでふんぞり返る私を、長官は忌ま忌ましそうに見上げた。


「本人はなにをしている」


「私の作った愛の巣におりますわ」


「結婚とは名目上で、実情は拉致監禁という噂は本当だったのかね」


「あら、皆様下世話ですわね。おほほほほ」


 わざとらしく笑ってみせると、長官は退職届を私に投げた。


「こんなものは受け取れない。シオンがどれほど優秀な魔導師かわかっているのか?」


「わかってるから欲しいのですわ。黒髪だからと冷遇するような、あなたたちにはもったいない」


 私が口元だけで微笑むと、魔導師たちはザッと一歩さがった。


「……!! だが、本人の意志でない退職など認められるわけがない」


「だから、退職届を持ってきました。ご確認あそばせ?」


 私は丁寧に封筒から手紙を出すと、長官のおでこに突きつけた。


 脂汗で手紙がおでこに張り付く。


(あら、ばっちぃ)


 私はソッと指を離した。


 長官は退職届を自分の額から剥ぎとると、眉間に皺を寄せ、退職届に顔を近づけたり離したりしながらマジマジと見る。老眼なのだ。


「……たしかにシオンのサインだ。どうせ、むりやり書かせたのだろう? 結婚だってそうだ!」


「だとしたら、なにか?」


「横暴だ!」


「私が横暴だなんて、周知の事実でしょう?」


 私は驚いて瞬きする。なにをいまさら、である。


 長官は顔を真っ赤にした。傷つけるための暴言がなんの効力も発揮しなかったからだ。


 憤りながら暴言をひねり出す。


「……!! この……この! ……悪妻め!!」


 しかし、その言葉は私にとっては褒め言葉だ。


「あら、やだ、シオン様の妻とお認めになってくださるの。嬉しいわぁ!」


 私は両手をパンと打ち鳴らした。


「では、そういうことで、事務処理よろしくお願いいたしますわね」


 私はきびすを返す。


「なんと勝手な! 退職は一ヶ月前までに申し出るのが決まりだ!! 認められん」


 現代日本のような決まりなのは、日本で作られた漫画の世界だからなのだろう。


「使わせてくれなかった有給がたーんと残っているはずですわ。そちらを消化してくださいな」


「そんなことは許さない」


 私はカツンと床を蹴り、長官に向き直った。そして机に置かれていた退職届を奪い取った。


「許さない? ですって? できるものならどうぞ。私はこれを人事に持っていくまでですわ」


 私がニッコリ微笑むと、長官はヒュッと息を呑んだ。


 人事部には私の兄がいるのだ。そして、私の父は国璽尚書で、宮廷内に大いなる発言力を持つ。一応シオン様の所属部署だから顔を出したが、世間知らずの魔導師たちと話をするより、世慣れた文官を相手にしたほうが話は早い。


「やめろ!! そもそも、あんな不吉な黒髪になぜ執着する!」


 私は退職届で長官の頬を軽く叩いた。


「言葉に気をつけたほうがよろしくってよ? シオン様は、この私の婿です。セレスタイト公爵家に連なる者となりました。その意味はわかって?」


 ゴクリと長官が固唾を呑む。


「彼を侮辱することは、我がセレスタイト公爵家を侮辱することと同じです」


 部屋中がシーンと静まりかえった。


「そして、あなた方。なにか勘違いしていらっしゃらない? ローレンス殿下が私に無礼な口を叩くからまねをされているのかもしれませんが、あの馬鹿はアレでも王族ですからね。同じまねができると思い上がらないほうがいいわ」


 氷点下になる室内を私は柔らかな微笑みをたたえて見回した。


「まぁ、私は心が広いですから、不敬に問うたりしませんけれど」


 そう続けると、魔導師たちがホッと安堵の吐息を漏らす。


「調子に乗るなよ?」


 低い声でドスを利かせると、ピシリと直立不動になる。


 私は、軽やかに出口に向かうと、そこにはローレンス殿下とエリカがいた。



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