二章*天才魔導師の悪妻(4)
そして、二階への階段を下っていく。二階は子供たちの部屋で今は無人だ。
さらに降りると一階は大型の魔獣たちが暮らす厩舎だ。先程私を迎えに来たユニコーンやペガサスのような馬に近いものから、グリフォンなど翼を持つものに、フェンリルなどもいる。
厩舎は庭と繋がっていて、庭には結界が張られ外からは様子がわからないようになっているのだ。
半人半馬のケンタウルスがやってきて、小さく礼をする。彼の名は、ケンタウレア。彼はとある貴族に捕まり、虐待されながら知識を搾取されていたため、私が奪い取ったものだ。それ以来、恩返しとして私に知恵を貸してくれている。
漫画上では、シオン様が失踪後、エリカがシオン様の資料を使い、ケンタウルスの存在を知り助け出すことで、宮廷内の地盤を固めていく。しかし、私が事前に助け出すことにした。
(虐待されているのを知っていて知らないふりなんてできないもの。それに、シオン様失踪の原因エリカが、シオン様の業績を横取りするなんて胸くそ悪いじゃない!!)
エリカはケンタウルスの発見を、『シオン様ありがとう!』と心の中で感謝するだけで、それ以上なにもしなかった。
(感謝するなら、名誉を回復させるなりしなさいよ!!)
シオン様強火担の私は、主人公たちを許せないと思ってしまう。原作を思い出すとふつふつと怒りが湧いてくるので、私は気持ちを切り替えた。
「ケンタウレア。あの子は元気?」
ケンタウレアに確認すると困ったように肩をすくめた。
「なかなか食欲が出ないようだ……」
「そう……」
私はため息をつき、シオン様を見上げた。
「こちらへ来てください」
シオン様を厩舎の奥に案内する。
目隠しの魔法がかけられた壁に呪文を唱えると、壁に扉が現れる。そこへ鍵を刺し、中へ入った。
地下へと続く階段を、私とシオン様、光るキノコとケンタウレアで下りていく。
地下は中に住む生き物のために、強固に作られている。危険で希少な生物なため、逃げ出すと周囲に危険がおよぶ心配もあるが、それ以上に奪われたくないからだ。
中にいる生物を見て、シオン様は目を瞬かせた。
「……! これは、ドラゴンの幼獣……!」
黒くて小さなドラゴンが、フカフカなクッションの上でクルンと丸まり目を瞑っている。
「ええ。この子の元気がないのです。あなたを攫ってきた理由です。この子の面倒をシオン様に見ていただきたくて」
ドラゴンはこの国で伝説といわれる魔獣である。近年は見たという噂すら聞かなくなっていた。すでに絶滅したのではないかといわれている生物で、もちろん謎に満ちたその生態のため、生育方法は確立されていない。
このドラゴンは、漫画の未来でエリカが発見し、『黒色ドラゴンは悪の化身』と退治する。悪の化身であるドラゴンを退治したことで、エリカは名声を得るのだ。
黒いというだけで殺されるのは理解不能な私は、エリカに先回りして保護したのだ。
(まぁ、シオン様の興味を得るという下心ももちろんあるけれど……)
その下心がドラゴンにはお見通しなのか、私に中々懐いてくれず、看護に苦心しているである。私を見ると威嚇するので、妖精たちにお世話をお願いしているのだ。
「どうですか? 黒くて美しいドラゴンでしょう?」
「……黒くて美しい?」
「ええ、とても」
「あなたは黒を恐れないのだな」
シオン様がしみじみと呟いた。
私は小首をかしげる。
「こんな弱々しいドラゴンを私が恐れる? ありえませんわ」
「……そういう意味ではない」
シオン様が答える。
「どういう意味ですの?」
「君にはわからない」
シオン様は即答し、ピシャリと私とのあいだに壁を作った。
(ああん、そんなつれないところも大好き♡)
私は思いつつ、今はシオン様監禁計画続行中だ。ドラゴンに関心を持ってもらわなければならない。
「まぁいいですわ。そんなわけで、この子を育てていただきたいの」
「私がドラゴンを?」
「ええ、この子は私が嫌いなようですの。ケンタウレアの話によると、白髪の人間を恐れているのですって」
私が答えると、ケンタウレアは頷いた。
「そもそも我々は人間が好きではない。そのうえ、このドラゴンの親は白髪の勇者に殺されたそうだ。三百年前の話だが、それ以降発育不全なのだ」
ケンタウレアが答える。
(三百年前のドラゴン退治は、この国の英雄譚になっているけれど、本当に悲しい話よ……)
私は思わずため息を零す。
シオン様も気の毒そうに眉根を寄せる。魔導師として知識が豊富な彼は、ドラゴンが無意味に人間を攻撃した事実がないことはわかっているのだ。
私はそんなシオン様になら、ドラゴンを任せられると思っていた。
「だから、シオン様をお呼びしたのですわ。この国で最高の魔術知識を持つお方ですから」
「……私が最高の知識?」
「ええ。ほかに適任者はおりませんわ。結婚はいわば隠れ蓑。白い結婚でかまいませんの。でも、あなたの能力をドラゴンのために使ってくださらない? そうすればあなたの望むもの、すべて差し上げますわ」
私が言い切ると、気まずそうに目を逸らし、ドラゴンを見た。
なぜかシオン様の首筋が赤い。
(ドラゴンを見て興奮しているのかしら?)
「私しか適任者がいない……。なら、しかたがない」
「では結婚してくださる?」
「……ああ」
シオン様はドラゴンに視線を向けたまま、私には見向きもしないで簡単に答えた。
(よっしゃー!! 知識欲が強いシオン様なら、珍しい魔獣や本を用意すれば断れないと思ったのよ! 完全完璧な引きこもり部屋を作ってよかったー!!)
私は心の中でガッツポーズだ。
「では、契約書を交わしましょう」
私が言うと、サッサとケンタウレアが契約書を出した。
「知識には定評のあるケンタウルス族が作った契約書ですからね! 心配はありませんからね! まず、ここへサクッとサインを」
シオン様が考える隙を与えずに、二枚の紙へ強引にサインを促す。
シオン様はドラゴンに気持ちが奪われているのか、抵抗もせずサインをする。
(ああ、シオン様ったら……。無防備でいけないわ。こんなことだからいいように利用されてしまうのよ)
と思いつつも、私はシオン様のすきにつけ込む。
「資料はあるか?」
「ドラゴンの? ええ、図書室にもございますわ。そして、ケンタウレア、シオン様にあなたの知っていることをお教えして?」
私の頼みにケンタウレアは頷いた。
「ルピナ様がそうおっしゃるなら、そうしよう」
ケンタウレアが頷くと、驚いたようにシオン様が私を見た。
「どうかされました?」
私は小首をかしげる。
「いや。信頼されているのだな」
シオン様がしみじみと呟いた。
「いえ、ケンタウレアは私が怖いだけですわ。ここに監禁しているのは私なんですから」
私が答えると、ケンタウレアは肩をすくめた。
「ルピナ様がそうおっしゃりたいのなら、そうすればいい」
なぜか呆れたように言うと、ケンタウレアはシオン様に目配せをする。
ふたりは視線でなにかを語らい、ふたり同時に苦笑いした。
「なによ、ふたりとも」
私が睨むと、ふたりは笑いながら視線を逸らした。