二章*天才魔導師の悪妻(3)
九階が最上階で、八から六階が魔術図書館、なかでも六階は勉強と実験ができる部屋になっている。
シオン様は好奇心旺盛で研究熱心だ。宮廷にある魔術書はあらかた読んでしまっている。そこで私は宮廷には置かれない禁書や国外の本などを集めたのだ。
魔術図書館の蔵書の数に、シオン様は感嘆の吐息を漏らす。
「……これは、趣味がよい選定者がいるのだな」
私は呟きに大興奮だ。
(きゃー! シオン様に褒めてもらっちゃった! シオン様が欲しそうな本ばかり選んだかいがあったわ!)
喜びの雄叫びをあげたいところだが、グッと唇を噛む。
シオン様は本を手に取り私に振り返った。
「これは、宮廷では禁書となっている本ではないか!」
「ええ。焚書され存在自体を消された本もありますのよ?」
「そんなこと……許されない」
「私、宮廷に許される必要などありませんの」
私は答える。
(シオン様のためならば、宮廷なんて怖くはないわ!)
ぶっちゃけ、最悪国外逃亡するだけの準備はきちんとしてきてある。そもそも、推しを邪険にする国になど愛着はない。国外に移住して、国を盗ってもよいとすら考えるシオン様強火過激派である。
「たしかに、セレスタイト公爵家であれば許される……」
シオン様はゴクリと固唾を呑みなにやら納得した。
五から四階は傷ついた妖精や魔獣などを保護している部屋だ。ほかの貴族が酷使していたブラウニー(家事妖精)などもいる。
五階の扉を開けると、中にいた妖精たちが集まってきた。黒犬のガルムも顔を上げ、尻尾を振って歓迎してくれる。五階は、治療がすみそろそろ外界に戻る妖精や魔獣が住む。復帰のためのリハビリを兼ねて、私の手伝いをしてくれているのだ。
「ルピナおかえり!」
声をかけてきたのは、二足歩行の猫の妖精、ケット・シーである。尻尾を切られ鎖に繋がれていたところを、盗賊から奪ったものだ。怪我が治ったら生まれ故郷に帰そうと、今はリハビリをしているところだ。
「ただいま」
「だれ? これ? これがルピナの『シオン様ぁ♡』なの?」
私の発するオタクの声色をまねして、ケット・シーが冷やかす。
「そうよ、希代の大魔導師様よ」
「すげー! 希代の大魔導師様!」
ケット・シーがキラキラした目でシオン様を見上げると、彼は照れたように目を逸らす。
「いいすぎだ」
「私は事実しか言いませんが?」
答えると、シオン様は咳払いをした。
次々に妖精たちが集まってくる。みんなシオン様に興味津々だ。
ブラウニーもやってきた。
「この人を九階に監禁するの?」
「ええ、お世話をお願いできる?」
「いいよー。ぜったい逃がさないようにするねー」
天真爛漫に微笑むブラウニーに、シオン様はギョッとしたように目を剥いた。
ブラウニーはまったく気にしていない。
「ねぇ、ルピナ、着替えはどうする? ごはんは食べた? お風呂の準備は?」
「大丈夫! お願いするときは呼ぶわ」
「うん! ぜったい約束よ!」
ブラウニーたちはキャイキャイと跳びはねている。
私たちはブラウニーを引き連れて四階へと下りた。
四階はまだ傷の癒えていない魔獣たちが静かに眠っていた。
私は小声でブラウニーに尋ねる。
「みんな、今日の調子は?」
「うん。いつもどおり。問題ないよ」
「よかったわ」
私はホッとする。
そして、三階は孤児たちが住む階だ。暗い髪色の子供が多いのは、不義の子だとか不吉だとか親からも忌み嫌われ捨てられてしまうからだ。
子供たちはグッスリと眠っていた。
私は乱れた布団をかけ直してやる。
「……るぴなさまぁ……」
目を覚ました子供が、私の手を掴んだ。眠いのだろう。ポカポカとした小さな手に私はキュンとする。
「まだ起きるには早いわ。もう一度眠りなさい」
「……でもぉ、あのね……聞いてほしいお話あってね……」
眠たげに目をこすり、欠伸混じりで続ける。いじらしい幼子の胸を、私はポンポンとはたく。
「大丈夫よ。明日聞くわ。ちゃんと寝て、いっぱいお話しして?」
「……うん……」
ポンポンと胸をはたき続けると、子供は夢の世界に帰っていった。思わず口元が緩んでしまう。
(はぁ、なんてかわいいの)
ニマニマとしていると、シオン様が静かに問いかけた。
「この子供たちはどうしたのだ」
「町に捨てられていたので拾いましたの」
「みんな捨て子か?」
「いえ。あまりにも酷い扱いをされていた子などは奪いましたわ」
私が答えると、シオン様は小さく息を吐いた。
「……君は本当に悪女なのか?」
シオン様に問われ、私はサラリと答える。
「悪女でしてよ? ごらんになってわかったでしょう? 動物と子供を攫い、シオン様まで監禁しようとしているのだから」