二章*天才魔導師の悪妻(2)
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私はセレスタイト公爵家の一角にある塔に到着した。この塔は、私がシオン様を監禁するために作った魔術を研究するための塔である。私は「魔塔」と呼んでいる。
ユニコーンは私たちを魔塔の最上部に下ろすと、塔の下へと帰っていった。
その美しい姿をシオン様はぼんやりと見つめている。
(ああ……そんな姿も麗しい……)
私はシオン様に見蕩れつつもシオン様を塔の最上階(ひとつ下ることになるのだが)へ促した。シオン様が正気になる前に、彼を魔塔の最上階に閉じ込めなければならない。
シオン様の前に、光るキノコがポンポンと跳ね回る。
これはこの塔に生えている意志を持つ不思議な毒キノコだ。赤く光りながら、シオン様を下の階に誘っているのだ。
シオン様は不思議そうにそれを見ながら、光に導かれるように階段を下っていった。
階段を下りきったところは最上階のホールになっている。私はひとつのドアを開けた。
シオン様にふさわしい豪華な部屋を用意しておいたのだ。
大きくて心地のよいベッド。北側の部屋には窓のない書斎。書斎に置かれた魔術書は、どれも珍しいものばかりだ。
最先端の魔導具を使い空調管理された部屋。最高級の家具と文具。クローゼットの中身は、シオン様が好むシンプルで肌触りのよい服ばかり集めてある。
ひとりで使えるバスルームは、いつでも適温のお湯が張られており、食事はベルひとつ鳴らせば、エレベータで部屋に届く。もちろん必要なものがあれば、なんでも用意するつもりである。
しかし、窓は外へ出られないよう格子をつけ、侵入者を感知するための魔法も施した。魔法で脱出侵入できないよう結界も張ってある。そのおかげで、もちろんエリカの指輪とも通信できない。人権無視もいいところだが、ここまでするのにはわけがある。
漫画の中で、シオン様はエリカの婚約をきっかけに失踪・自死を考えるようになるからだ。
(それだけは阻止しないと!)
私はそう考えて、シオン様監禁計画を企てたのである。しかし、ただ監禁するだけでは病んでしまう。
ある程度はシオン様自身に、「ここにいたい」と感じてもらわなければならない。
そのため、シオン様が興味を持ちそうなものをたくさん集め、愛の巣を作ったのだった。
ぼんやりとあたりを見回すシオン様から、マントを引き剥がし、フカフカのソファーに座らせた。
シオン様はパチパチと瞬きし、私をじっと見た。
真っ黒い宇宙のような瞳に、私が映っている。
(ひぃぃぃぃっ! なんて美しいの……)
私は正気を保つのが難しいほどなのだが、そこをなんとか踏ん張る。
シオン様の未来を守る正念場なのだ。
(私はどんなに憎まれてもいい、嫌われてもいい。シオン様さえ無事ならいいのよ!!)
グッとおへそに力を込めて、精一杯悪女面をしてみる。
(私は女優……私は女優……)
自分自身に言い聞かせ、シオン様の前に偉そうな顔でふんぞり返る。
「シオン様。あなたは私と結婚することになったの。覚悟することね」
「……どういうことだ。勝手なことは困る」
「あら? あなたには拒否権がないのですわ」
「私は宮廷魔導師とはいえど、一番身分が低い。しかも不義の印である黒髪の男だ。そんな者と結婚するなど、セレスタイト公爵家になんの利がある?」
困惑顔のシオン様もやっぱり素敵だ。
「私の一目惚れと言ったら信じてくださる?」
「信じられるわけなどないだろう。私は髪も瞳も闇色だ。聖なるものから一番遠い」
「闇色? 闇ほど優しいものはないでしょう? 皆を安らぎに導く夜の色です」
私はそう言うと、シオン様の髪を一筋すくった。
「こんなに美しい髪は見たことがありませんわ。そして、夜空のような瞳には星々が輝いていらっしゃる」
私の言葉に、シオン様は怖じ気づいたように一歩さがった。
気の触れたものでも見るような目で私を見ている。
(あ、ちょっとやり過ぎた?)
私はコホンと咳払いをする。
「し、し、し、心配しなくても大丈夫ですわ! 性的になにかしようとか思ってはおりません!!」
「……性的……」
シオン様はさらにドン引きである。
「いや、あの、シオン様は私の推しなので! 恋愛対象ではなく!!」
言い訳すればするほどドツボにはまる気がする。
「推しとは?」
「崇拝する相手ということです!!」
シオン様は理解できないという表情だ。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
「とりあえず、推しについては横に置いてもらって……。私があなたと結婚するには利があるのです。噂に聞いておられない? 宮廷魔導師様。セレスタイト公爵家の悪女が、怪しげな塔を作っていると」
「……魔塔の噂は聞いている。子供や獣を攫ってコレクションしているというのは本当か?」
シオン様が疑わしげに尋ねる。
「ええ、そうですわ。そのコレクションの管理にあなたが必要ですの。宮廷魔導師のあなたをいいように使うには結婚するのが早いでしょう?」
「契約結婚ということか。そんなことを私がすると思うか?」
「断れないと思いますわ」
私はニヤリと笑う。
シオン様は私を見て怯んだ。
「この塔の一番下の階は、厩舎になっていますの。ユニコーンの」
その一言で、シオン様は目を輝かせた。
「先程のユニコーンか?」
声がわずかにうわずっているのは好奇心が抑えられないのだろう。
「宮廷魔導師は、魔獣の類いには触れてはいけない決まりなのでしょう?」
「ああ。宮廷では職分がはっきりしているからな。魔獣使いの領分に魔導師が関わることはできない。それに、王宮にもユニコーンはいない」
「では、見にいきましょう!」
私は強引にシオン様を誘い出す。
塔の最上階から、下へと下っていく。







