番外編*髪を結い心を結ぶ
天才魔導師シオンは苦悩していた。
後ろでは、自称「悪妻」ルピナがシオンの黒髪を梳いている。
ユックリと味わうように櫛を通していく様は、一種の愛撫のようでもありシオンの心臓は早鐘を打っていた。
「はぁぁぁぁ……! なんて美しい黒髪。ツヤツヤの艶々ね……!」
ルピナがため息を零す。
シオンは鏡越しにルピナを見つめる。
「ルピナの髪のほうが美しいだろう?」
シオンが答えると鏡の中のルピナは笑った。
「そんな訳ありません! シオン様が世界一です!」
力説するルピナにはなにを言っても意味はない。
シオンは苦笑いする。
「たまにはアレンジしてみましょうか。こんなに綺麗なんですもの」
「好きにすればいい」
ルピナに提案されシオンは答えた。
彼は本来、人に髪を触らせることはない。触れられるのが嫌いなわけではなく、相手に対して罪悪感を感じるからだ。
幼い頃から家族ですらも彼の髪に触れなかった。
誤って触れたとき、皆、嫌悪の視線を彼に向けた。
その度に謝り続けてきた過去が、自身の髪を忌むべきものだと認識させた。自分自身でも髪を大切にすることができない。
伸びた髪は自分で揃える。男爵家子息でありながら、散髪も自らおこなった。
ましてやアレンジをして飾り立てようなど考えもしたことがなかった。
(この心地よい時間が続くならなんでもいい)
シオンはルピナに髪を預けて目を瞑る。
グフフと言う不気味な含み笑いに、ルピナの感嘆が交じる。ダンガンのような早口はもはや意味不明で深く考える気にもならない。
「はぁん! 手触りも最高です。絹糸のような繊細さ。艶めかしい光沢にああ、片側の耳だけ見えるように結いあげる? おでこをぜんぶ見せるのも大人っぽいわ。なにもしても美しいのはやはり神の領域――」
そう言い切って、ハァと深く息を吐く。
「合掌――」
私は驚き鏡を見ると、ルピナは両手を合わせ目を瞑り頭を下げていた。
ルピナの奇行は見慣れてきたが、謎は謎のままである。
三秒ほどルピナは頭を下げてから、満足げに顔を上げた。
鏡越しに視線がからみ、ルピナはバッと赤面した。
「あのですね? これはですね? 髪結いの儀式でありましてね?」
オロオロと言い訳するルピナに思わず笑ってしまう。
「……そうか」
その後ルピナは私の髪に首ったけになり、黙々と髪を編んだり結んだりしている。
大事に扱われる髪に嫉妬しつつ、これも自分の一部かと思うと複雑な気分で再び瞼を閉じた。
ルピナの手が離れた気配がする。
しかし、再度毛先に触れる気配がする。
長い後ろの毛をルピナが持ち上げているようだ。
妙に静かな空気に不思議に思い、薄目で鏡を確認すると、ルピナが愛おしそうに私の毛先に鼻先を寄せていた。
見られていないと思い油断しているのがわかるから、ちょっとした悪戯心で目を閉じ告げる。
「口づけしてるのか?」
「ひゃ、ひゃ、ひゃぁぁいぃぃ? ち、ち、が、これは誤解ですっ!」
「言い訳などいらない。夫婦なのだからかまわない」
そう笑い瞼を上げる。
鏡の中では真っ赤な顔をしたルピナが涙目になり繰り返す。
「ひえ、ちが、これは、本当に……!」
その慌てる様が可愛らしくて振り向くと、ビンと髪が引っ張られた。
「っ!」
「わぁぁ、すみません! シオン様の御髪がぁぁ!」
慌てて手を離すルピナ。
私は静かに立ち上がり、彼女の顔を覗き込む。
「さあ、次は君の番だ」
了
「天才魔導師の悪妻」2巻発売記念の番外編です。
皆様のおかげで、完全書き下ろしの2巻が発売となりました。
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また、コミカライズ企画も進行中です。
引き続き応援よろしくお願いいたします!







