十三章*漆黒魔導師、愛を証明する(4)
「誤解があったのならば、あらためる必要がある。さすがにここまで思い合うふたりを引き裂くのはいかがなものか」
国王陛下は神官たちを見返す。
「しかし、ローレンス殿下からの申し出で……」
神官たちはローレンス殿下を見た。
ローレンス殿下はたじろいで一歩さがる。
「片方の言い分のみ聞くのは、神の使いとして公平さに欠ける」
国王陛下の答えに、神官たちは頭を下げた。
「……おっしゃるとおりです。破婚を取り消します」
神官の言葉に、セレスタイト公爵は大きな拍手を送った。
「素晴らしいご判断です!」
満足げなセレスタイト公爵に対して、ローレンス殿下は苦々しい表情だ。
ルピナはオズオズと私を見た。
「……本当に私なんかでいいんですか……?」
「私に君が必要なんだ。そばにいてほしい」
ルピナはその場にヘナヘナと座り込んだ。
私はルピナの肩を抱き、その顔を覗き込む。
涙に濡れて乱れた顔が、扇情的で息を呑んだ。
「……シオン様……」
かすれたルピナの声が私の心をかき乱す。
「後悔しても、知りませんよ?」
挑発的な言い方なのに、その表情は裏腹に心細そうで、愛おしいと思ってしまう。
彼女の頬を転がる涙を指で拭う。
「しない。したとしても、その後悔ごと愛してしまうにちがいないから」
ルピナは一瞬逡巡し、そして泣きながら破顔して私の胸に飛び込んできた。
私も彼女を抱き返す。
ローレンス殿下は私に向かって舌打ちをした。
それを見とがめたのは国王陛下だ。
「ローレンスよ。お前は神殿に虚偽の報告をして、ふたりの仲を引き裂こうとしたのか?」
「違います! 陛下! 皆が、皆が、シオンは拉致監禁されたと思っていたではないですか!!」
ローレンス殿下が訴える。
私はルピナを抱いたまま、国王陛下に伝えた。
「しかし、私はローレンス殿下とエリカに伝えていたはずです。『結婚と退職は私の意志だ』と」
ローレンス殿下はグッと唇を噛みしめた。
エリカは涙目で微笑んだ。
「……あのときのお気持ちは本当だったんだと、今ならわかります……」
「友人だというのなら、私の話をきちんと聞いてほしかった。気持ちを尊重してもらえずに残念だ」
私の言葉に、エリカは小さく謝罪する。
「……信じられなくて……ごめんなさい……」
ローレンス殿下は俯いたままだ。
国王陛下はため息をついた。
「ローレンス。お前はシオンの話を聞いた上で、なぜ『拉致・監禁』だと主張したのか。しかも、お前は大聖女エリカの失態に気がついていたようだが隠蔽しようとしていたな。その罪をルピナに着せるに都合が良いと考えたのか?」
国王陛下に尋ねられ、ローレンス殿下はたじろいだ。
「いえ、オレは本当にルピナが原因だと信じただけで……」
しどろもどろになるローレンス殿下を見て、国王陛下は大きく息を吐いた。
「お前は少し頭を冷やしたほうがいい。当分のあいだ、自室での謹慎を命じる」
ローレンス殿下は顔面蒼白で俯いた。
「そして、大聖女エリカ。王子妃教育と大聖女の勤めの両立が難しいとのこと。ローレンスの謹慎が解けるまで、大聖女の勤めに集中し、聖なる花園の復旧に努めよ」
エリカは静々と頭を垂れた。
「寛大な処置をありがとうございます。花園の復旧に全力を尽くします」
国王陛下は満足げな目を私に向けた。
「シオンよ。ルピナを大切にな」
私はその言葉に大きく頷くと、へたりこんでいるルピナを抱き上げた。
「っひゃぁ!?」
ルピナは奇声を発して、腕の中で硬直した。
「シ、し、シオンさまぁ?」
「さぁ、帰ろうか。我が愛妻ルピナ」
「あ、あ、あ、愛妻!? 私が?」
私が無言で頷くと、ルピナは静かに瞑目しピタンと自分自身の頬を叩いた。
私は驚き目を見開く。
「なにをしている! ルピナ!!」
「え、だって、信じられない……。絶対都合の良い夢過ぎるでしょ? いや、夢にしたって図々しいわ。私としたことが、シオン様にそんな欲望を向けるなんて烏滸がましい」
ルピナはわめきながら腕の中から逃れようとする。
「ほら危ないぞ、ルピナ」
そうして、耳元に唇を寄せ囁いた。
「口を塞げば静かになるか?」
その言葉にルピナは硬直し、「心肺停止案件です」と呟き腕の中で気を失った。







