十三章*漆黒魔導師、愛を証明する(3)
私は一息ついて、国王陛下を見上げた。
「大聖女エリカの神聖力にあります」
言い切ると、謁見の間がザワついた。エリカに注目が集まる。
「シオン先生!?」
エリカが信じられないといった顔で私を見た。
ローレンス殿下は裏切り者を見るような目を私に向ける。
ルピナを見ると彼女は泣き出しそうな顔をしていた。
「根拠はなんだ」
国王陛下の声で、謁見の間が静まりかえった。
「花園の花をご確認ください。花を集め神聖力の抽出をすればわかることです。エリカの神聖力が……」
私はそこまで言って口を閉ざした。
「私の神聖力が濁ってしまった……?」
エリカは蒼白な顔をして震えている。
神官たちがザワザワと話しだす。
「たしかに、聖なる花園から届けられる半透明の花が減っていた」
魔導師たちも打ち合わせを始める。
ローレンス殿下は私に怒鳴る。
「シオン! エリカが手に入らなかったからと言って、彼女を貶めようとしているのか!」
「そんなことするわけないでしょ!!」
怒鳴り声をあげたのはルピナだった。
「シオン様は、いつだってふたりのために生きてきたじゃない!! どうしてそれに気がつかないの!」
「だったら、なぜエリカを庇わない!」
ローレンスが言い返す。
私はローレンスに答えた。
「原因を隠すことがエリカのためになると思わないからだ。私は、エリカに正しく大聖女になってほしいと願っている。そのためには、原因に向き合う必要があるだろう。それに、エリカの神聖力が清らかになるまで、ずっと誰かに罪を着せ続けるつもりなのか? ルピナがいなくなったら次は誰だ。私か?」
エリカはそれを聞き、その場に膝をついた。
「たった一度、たった一度だけなんです。聖なる花園の水盆で花占いを――」
エリカの言葉に神官たちがザワついた。
大聖女は、花占いで未来を予測する。しかし、大聖女自身の未来を占うことは禁忌なのだ。特に聖なる花園の水盆は聖遺物でもあり、その効果は絶大だからこそ、反動も大きい。
(エリカにも教えてあったはずだ)
神官たちはエリカを責め立てた。
「いったいなにを占ったのだ!!」
エリカは自分自身を抱きしめて、キュッと目を瞑り震えた。
私はエリカの前に行き、腰をかがめて目線を合わせる。彼女と出会ったころからそうしてきた。
「聖なる水盆を使うほど、追い詰められていたのか?」
私はエリカに優しく尋ねた。
救いを求め神に祈り、占いに答えを求めること自体は、大聖女でなければ咎められるほどのことではないのだ。彼女を責めるつもりはない。
「……それは……」
エリカはユックリと瞼を上げ、潤んだ瞳で私を見た。
「っ……! ……私、私、シオン先生は不本意に監禁されていると思っていたんです。だから、なんとしても私が救い出さなくちゃって思って、シオン先生を助け出す方法を占ったんです! でもそれは、みんなのためだから、私利私欲じゃないんです……!」
言い訳するように一気に話し、小さくしゃくり上げる。
「そうですよね? 私は王国のためを思って……」
エリカは肯定を求めて私を見つめてくるが、私はかぶりを振った。
「長雨の原因を占うならともかく、私を助け出す方法がなぜ国のためになるんだ? 助け出したとて、私が国を救えるかわからないではないか。勝手に自分を『みんな』に置き換えるな」
エリカはそれを聞きヒュッと息を呑み、ハラハラと涙を落とした。
「そんな……私が原因だったなんて……」
エリカは喉をしゃくり上げながら泣いている。
「ごめんなさい! 私はただ、一生懸命、ただ、シオン先生を助けたくて!」
「エリカ、ひとりでそんな無理をする必要はなかったんだ。大聖女になったからといってひとりで背負い込むことはなかった。両立するのが難しかったなら、ローレンス殿下に助けを求めて良かったんだよ」
私がそう諭すと、エリカは両手で自分の顔を追った。
「でも、弱音を吐いて見放されるのが怖かったんです……。また、ひとりぼっちになりたくなかった……」
「冷たい仕打ちもときには受けるだろう。それに、全員に好かれることはできない。でも、君は君の力で大聖女に選ばれたんだ。自分に自信を持っていい。君を支えたい人はたくさんいる。弱音を吐いてもひとりぼっちになどならない」
エリカは顔を覆っていた手を開き、涙を拭った。そして、深々と頭を下げる。
「ごめんなさい。シオン先生。でも、先生が心配だったのは本当なんです……」
「心配することなどないのだよ。私はルピナとともにあり、幸せなのだから。君が一緒に歩むべき相手は私ではない、そうだろう?」
私の答えに、エリカは泣きながら頷く。
私はルピナを見た。
なぜか、ルピナは両手で口元を押さえ驚いていた。
(まったく、彼女には伝わっていないのだな)
ルピナはあれほど強引に私と結婚しながらも、私の愛は求めなかった。ただの契約結婚といいながらも、いつでも私を肯定し味方でいてくれた。
その思いは本物だと体中から溢れているのに、かたくなに一線を引く。
その理由はわからないが、彼女が線を引くというならば私がその線を乗り越えるしかない。
(今までだったら拒絶が怖くて、そんな勇気は出せなかった。でも、ルピナのことは疑う必要がないと信じられる)
私は大きく深呼吸をして、神官たちに深々と頭を下げた。
「私とルピナとの結婚をお認めください」
「シオン様!?」
悲鳴に近いルピナの声が聞こえた。
私は顔を上げルピナを見る。
半泣きの表情は今まで見たことない顔で、それも愛おしい。
私はルピナの前に歩み出て片膝をついた。
「ルピナ。もう一度、私と結婚してほしい」
ルピナは涙目で首を振る。
「でも、神殿が許さないと……」
「ならば、許される国へ行こう」
私の答えに、謁見の間は静まりかえった。
(私はルピナさえいればどこでもいい。この国に未練はない)
ルピナは驚きのあまり目を見開いた。その美しい空色の瞳から、宝石のような涙が転がり落ちる。
「! 神官!! 神殿が愛し合うふたりを認めないというのはいったいどういう理由だ!」
怒鳴り声を上げたのはセレスタイト公爵だ。
たじろぐのは神官たちである。
「……! わ、私たちは、その……、誘拐と、監禁の上での……結婚は認めるわけには」
「そんな事実はないではないか! シオンがルピナを望んでいるのだ! 亡命さえ厭わないほどに!! 娘が本当に駆け落ちしたら神殿としてどう責任を取るつもりだ!!」
セレスタイト公爵が怒鳴る。
「いや、しかし……」
「くだらない噂に惑わされ正規の手続きで結ばれた結婚を無効にし、愛し合うふたりを引き裂こうとするとは。そんな非道な神殿にセレスタイト公爵家は今後一切の寄付をおこなわない。神への信仰の厚さは寄付の金額で決まらないからな」
セレスタイト公爵は、寄付の打ち切りを宣告した。
神官たちは困り果て、国王陛下を見上げる。







