十三章*漆黒魔導師、愛を証明する(2)
「お気持ちは嬉しいのですが、受け取れません」
「なぜだ?」
「私の実力ではなく、ローレンス殿下と大聖女エリカより個人的に杖をもらえば、上級魔導師になった理由が不正だと詮索されるでしょう。また、口さがなく言われることが目に見えています」
そうなったら、嫌がらせされるのはローレンス殿下ではなく私だ。
私が辞退すると、ローレンス殿下は怒鳴った。
「そんなこと、オレがさせない!!」
「お気持ちは嬉しいのですが……」
そう答えつつ、心にむなしさがこみ上げてくる。
(そんなことができるのなら、なぜもっと早く……。いや、ローレンス殿下には実のところなにもできない)
側妃の子であり、末子のローレンス殿下だ。彼の後ろ盾は弱く、だからこそ国王陛下は王国第一の富豪であるセレスタイト公爵家の令嬢と婚約させたのだ。彼の立場が弱いことを知っていたから、私は彼に助けを求めなかった。
私は父、ローレンスは母であるが、ほかの兄弟と親が違う境遇が似ていた。だからこそ、勝手に共感し、彼を助けたいと思っていたのだ。彼のような不遇な者が国王になったら、この国も変わるのではないかと夢を見た。
その夢を叶えるためなら、なにをしてもいいと思っていた。
(しかし、友情の証しと言いつつ、賄賂のような杖を渡されるとは……。悲しいものだな……)
私は静かに首を振った。そして、ジッとローレンス殿下の顔を見る。
「そのようなものを受け取ってしまったら真実を話しているとは思われなくなるでしょう」
私が言うとローレンス殿下は息を呑んだ。
「真実とは?」
国王陛下が私を見る。
「魔塔で呪いの研究などしていないということです」
「では、ヒライシン! ヒライシンはなんなのだ! 神殿に雷を落とした呪いの魔導具だ!!」
ローレンスの言葉に扇動されたかのように、神官と魔導師たちが騒ぎ始めた。
「そうだ! ヒライシンに雷が落ちるところを多くの者が見ているぞ!」
「だから! 避雷針は雷をあえて落とし、放電させる仕組みだと説明しているでしょう!」
ルピナが答える。
「誰が信じるものか! この悪女め!」
ルピナに指をさすローレンス殿下は必死である。
(ああやって、ルピナを悪役に仕立てようとしているのだな)
私はため息をついた。
「ならば、その仕組みを説明すれば良いのでしょうか?」
ローレンス殿下は忌々しそうな顔を私に向ける。
「私もルピナから理論を聞き、はじめは信じられなかったため実証実験をしました。未発表だが論文としてまとめてあります。これこそ魔塔の研究成果といえるでしょう」
私が答えると、魔導師たちは好奇心をあらわにした。新しい技術に心を奪われるのは魔導師の性だろう。
「再現実験をしてもかまいませんが」
私が続けると、魔導師たちは頷いた。
「ぜひ、再現実験を!」
「本当に雷を避けられる仕組みなら画期的だ!」
神官たちは呆れたように笑う。
「神殿に被害がなかったのは神の思し召しだというのに……」
ローレンス殿下は、神官たちに顔を向けた。
「っ! あの、特別寝台列車アスターが国内の神力を奪っているのだと。あれが走り出してから聖なる花園の花が弱まったと神官たちは言っています!」
ローレンス殿下はさらに言いつのる。
「だったら、動力源の魔力を調べればよいかと。大聖女エリカの力が確認されれば、花園の力が奪われたことになりましょう。しかし、たぶんあの動力源はルピナの魔力です」
ルピナがギクリとした様子で私を見た。
秘密にしているつもりだろうが、私にはわかっている。彼女はなぜか自分の魔力の強さを隠しているのだ。そして、これも理由がわからないが、あえて悪女ぶっている。おかげで、因習に捕らわれず自由に振る舞うことができていたのだが、それが今は裏目に出ているのだ。
「そうだろう。ルピナ」
ため息交じりにルピナが答える。
「すべてが私の力ではありませんわよ。今までの魔力では足りない部分を補っているのですわ。それにしても、なぜ、わかったのですか?」
「君が動力源に魔力を送っているところを見た」
「いつ? シオン様は魔塔に監禁されていたはずなのに……」
私は小さく笑い、指を振った。
すると、窓をカラスがコンコンと窓を叩く。
「あれは、私の使役獣だ。あれが私の目となり、耳となり、すべてを教えてくれた。ルピナは監禁していたと思っていたようだが、私は好んで捕らわれていたわけだ」
ルピナは目を見開いて驚いた。
「あ! あのカラス! あれが、シオン様の!? たしかに、最近カラスをよく見ると思っていたけれど……」
私は少し決まりが悪い。
「勝手にすまない。ただ、あのように窓の外から眺めるだけで、詳しい話はわからないし、プライベートには踏み込まないようにしていたつもりだ」
思わず言い訳する。
「ああ、だから、あのときも……。いいえ、シオン様、ありがとうございます」
ルピナは瞳を潤ませて礼を言った。
凍った湖が解けたかのような美しさに、私は思わず心を打たれる。
(こんな顔、ほかの者には見せたくないな)
エリカには抱いたことのない思いがこみ上げてきて、胸の奥が熱くなる。
国王陛下は大きく咳払いをした。
「今の話だと、シオンは誘拐され監禁されていたわけではないことになるな」
「はい。国王陛下」
私は頭を下げる。
「ヒライシンについては、シオンがその効果を証明可能か」
「可能です。再現実験をおこないますので、その内容をご確認の上、その他重要な建造物には避雷針をつけることを提言いたします。魔塔はこのような人に役立つ研究を進めています。また、収容している子供たちにも学ばせています。ゆくゆくは魔塔で育った魔導師たちが、王国を支えることになるでしょう。私財をなげうちそのような研究施設を私に与えてくれたルピナを良妻と呼ばずして誰を良妻と呼ぶのでしょう」
国王陛下は鷹揚に頷いた。
「たしかに、魔塔へ入って以降、ひいてはルピナと結婚して以降、シオンは研究者として名を立てた。たしかにルピナの支えがあってこそなのだろう」
深く頷く私に、国王陛下は問いかけた。
「ならば、研究者として尋ねよう。『聖なる花園』の生花の発育不良の原因はなんだと考える」
私は小さく息を吐いた。答えにくいが答えなくてはならない。
エリカを庇うことは、ルピナを見捨てることになる。私にとってどちらが大事か。考えるまでもない。
「この『聖なる花園』の原因は――」
私はローレンス殿下とエリカを見た。







