十三章*漆黒魔導師、愛を証明する(1)
「シオン・セレスタイトをお連れしました」
先導する侍従にしたがい、私は謁見の間に入った。多くの目がこちらを向く。
正面の玉座には国王陛下、その隣にはローレンス殿下とエリカが立っている。
右側には神殿の神官たちと、魔術部門の魔導師、左側にはセレスタイト公爵とルピナの兄、そしてルピナが立っていた。
私は、ルピナにより誘拐監禁された被害者として扱われているのだ。
「シオン! 大丈夫か?」
ローレンス殿下とエリカが駆け寄りってくる。
「シオン先生! ずっとお会いしたかったです……!」
エリカは涙目で見上げてきた。潤んだ桜色の瞳は幼気で、守りたいと、幸せにしてやりたいと思わせる。しかし、今は違う。彼女のせいでルピナが追い詰められているかと思うと、その無邪気さがかんに障った。
無言な私の手を取るエリカ。
ローレンス殿下はいつものように肩を叩く。
こんなふうに私に触れるのは、以前は彼らだけだった。だから、私は彼らだけは失いたくなかった。誰よりも幸せになってほしかった。
(でも、ルピナに出会ってからそれも変わった。ルピナをはじめ、孤児の子供や聖獣たちも黒髪を気にせず触れてくる。彼ら以外にいないと思っていたのは思い込みだったのだ)
黒髪で生まれた私のことを、周囲は忌み嫌い誰も触れようとしなかった。
(だから、私自身、他人に触れてはいけないと思っていたが、そんな思いもいつしか消えていたな)
今まではローレンス殿下から肩を叩かれても、たたき返したことはなかったのだが、今回は自然とたたき返す。
すると、ローレンス殿下は驚いたように目を丸くした。
「……。シオン、なんだか雰囲気が変わったな」
「そうか?」
「あ、ああ」
戸惑うローレンス殿下とともに、玉座に座る国王陛下の前に出る。
「シオン・モーリオン。よく来た。無事に魔塔から解放されたことを祝福する」
国王の言葉に頭を下げ、私は返事をした。
「シオン・セレスタイトが国王陛下にご挨拶申しあげます。本日は面会をお許しくださりありがとうございます」
国王陛下とローレンス殿下が息を呑むのがわかった。
国王陛下はコホンと咳払いし、玉座から私を見おろす。
「悪妻ルピナによって魔塔へ監禁され、凶事の片棒を担がされていたらしいな。お前が宮廷魔導師として復帰することで、凶事が治まることを願っている」
「それは叶わない願いかと思います。凶事の原因はルピナではないのですから」
私がそう答えると、ローレンス殿下は困惑顔になる。
「シオン。自分の居場所がなくなると心配しているのかもしれないが、そんなことはない。上級魔導師となったのだから、正々堂々とオレを支えるべく宮廷に戻ってきてほしいのだ」
「正々堂々と……」
私は少し空しくなった。今までの私は、彼にとっては隠さねばならない存在だったことに気づかされたからだ。
「シオン様の実力では最上級魔導師でもおかしくないと思いますけど?」
横から口を挟んだのは今まで黙っていたルピナだ。イライラしている様子が見て取れる。
ローレンス殿下は不愉快そうにルピナを睨みつけた。その後、あからさまに私へ笑顔を向ける。
「王子直下の魔導師は、普通の上級魔導師より名誉ある立場だ! オレが頑張って説明して魔術部門に認めさせたんだ! よかったな! シオン!」
「そうです! ローが特別に配慮してくださったんですよ!」
エリカも続ける。
「先日の学会で、教授たちから宮廷への復職を求められていたんですけど?」
ルピナがさらにツッコミを入れた。
「っ! そ、それは、オレが上級にするように言った結果だっ! オレはシオンの実力を知っていたからな」
「シオン様! ……じゃなくて、シオン先生! 私も神殿に掛け合ったんです!!」
エリカも続いて主張する。
「だったらもっと早く根回しすればよかったでしょうに。無能かよ」
ルピナがボソリと呟き、私は思わず苦笑いする。
(こんな場でもルピナは相変わらずだ)
ローレンス殿下はムッとしてルピナを睨む。
「たしかに遅れた件に関しては申し訳ないと思っている。だが、その謝罪として上級魔導師の杖を用意した」
「私たち一緒に選んだんです!」
エリカは私に笑顔を向けた。
「それはありがたいが――」
言いかける私に、ローレンスは長方形の箱を開け、押しつけた。中には新しい魔法の杖が入っている。
クンツァイトとヘリオドールがあしらわれた豪華な魔法の杖である。
魔法の杖は、その魔導師の階級によって装飾の可否が決まっていて、下級魔導師の私は装飾のついた杖を使うことは禁じられていた。中級魔導師は一種類、上級魔導師は二種類、最上級魔導師は三種類の宝石を使うことが認められる。
ピンクと黄色の宝石が交互に柄を一周している杖は、私が持つには少々子供っぽいデザインに思える。
(このデザインはエリカの好みなのだろうな……)
私はルピナを見た。ルピナは痛々しい顔で俯いている。こんなやりとりは見たくない、そんな様子だ。
杖に視線を戻し、まじまじと見る。
「柄には、月桂樹とエリカの花が彫られているんだな」
「ああ、オレたちの友情の証しだ!」
「そうです! どこにいても私たちは一緒だと感じてほしくて」
「友情の証し……」
私はその彫刻を見て、特別寝台列車アスターの装飾を思い出していた。
(ルピナは私の名にちなんだ『紫苑』の花をあしらってくれていたな……)
強引で自己主張が激しいようでいて、そういったところで彼女は自分を主張しない。なによりも私に似合うものを考えてくれているのがわかる。
私に天青石のブローチをくれたのは、彼女の瞳の色だからではない。セレスタイト公爵家の人間として認められた証しだからだ。
「だから、シオン。もう、ルピナの言いなりになる必要はないのだ。お前は上級魔導師だし、オレの補佐としてのポジションも用意してある。帰る場所がないと思い悩む必要はない。だから、本当のことを話してくれ」
ローレンス殿下が杖を押しつけ、強い視線で私の顔を覗き込んだ。受け取れと圧をかけているのだ。
(王子直下の魔導師という身分と、この杖が欲しければ、ルピナに罪を押しつけろ、という意味だろう)
私は小さくため息をつき、ローレンス殿下に杖を押し返した。







