十二章*悪妻、窮地に立たされる(3)
王宮から戻り、急ぎ魔塔のシオン様の部屋へと向かう。
すると、シオン様は私が来るのを待っていたかのように、お茶を準備していた。
「シオン様。お話があります」
急ぎ説明しようとすると、シオン様は私にソファーへ座るように促した。
「顔色が悪い。まずは紅茶を淹れるから待て」
シオン様に言われ、私は泣きたい気持ちになった。
シオン様のさりげない気遣いが心に染みる。
私はシオン様の入れてくれた紅茶をコクリと飲んだ。
セイロンティーの中に、ローズやオレンジピールが香るフレーバーティはシオン様のお気に入りのものだ。優雅な香りの中に仄かな甘みを感じる。
ホッと吐息を漏らした。体が楽になる。安心する。
(でも、これももう味わえなくなるのね……)
そう思うと辛く悲しい。
しかし、泣くわけにはいかない。
「シオン様にお話があります。最近の天候不良や凶事が、私が作った魔塔のせいだと噂があるのはごぞんじですか?」
「ああ。くだらない噂だな」
シオン様は無表情に答える。
「国王陛下より、魔塔と凶事が無関係であることを証明するために、シオン様を魔塔から解放するように命じられました」
「解放? 面白いな、私は好きでここにいるのに」
シオン様が小さく笑い、私は思わず涙が零れそうだ。
(好きで魔塔にいてくれていたんだ――)
だとしても状況は変わらないのだが、私は救われた気持ちになる。
「嬉しいお言葉ありがとうございます。でも、国王陛下のご命令です。魔塔の疑惑が晴れぬうちは、セレスタイト公爵家も謹慎とのことです」
私は説明し、唇を噛む。
「……それに、神殿が私たちの結婚は認めないと言い出しました。神殿の許可がないとなれば、近々破婚となるでしょう……」
シオン様にとって、私との結婚は魔塔で研究するための契約だ。
魔塔にいられないのなら契約破棄になるのが当然で、きっと彼もそれを喜ぶにちがいなかった。
「今まで無理をさせてすみませんでした。そして、魔塔の閉鎖後のことですが、いかがされますか? ローレンス殿下はシオン様の出仕を望まれております。でも、気が進まないようであれば、他国へ留学できる準備もしております」
私は拳を握りしめながら説明した。
(宮廷に戻ったら、シオン様はまたエリカとローレンスに利用されるでしょう。だから、留学を選んでほしいけど……)
きっと、彼は選ばない。
それがわかるから悔しくて、悲しくて、空しい。手のひらに爪が食い込んでゆく。すべてが無駄になってしまう。
シオン様は大きく息を吐いた。
「なぜ、私が留学などしなければならない」
私はビクリと肩を縮こまらせる。
(わかっていても傷つくわね……)
ソロソロとシオン様をのぞき見る。
すると彼は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。
「破婚など認めない。ようは、凶事の原因を突き止めればいいのだろう?」
「っ! でも! それは!」
私は慌てた。原因はエリカなのだ。
(それを知ればシオン様は、きっとすごく傷つく)
シオン様は悲しげな目で私を見た。
「私は長いことローレンス殿下の手伝いをしてきたからわかる。これは彼のやり口のひとつだ。本来の原因から目を背けさせるため、違う要因に目を向けさせる。そして、自分の望む形に納めさせるのだ」
シオン様は肩をすくめ、小さく呟いた。
「……それを必要悪だと信じて手伝ってきていた私も同罪だ。私は卑怯者なんだ」
私は思わず立ち上がる。
「そんなことありません!! シオン様はローレンス殿下が大切で、自分が汚れ仕事を引き受けていただけじゃないですか! ローレンス殿下に王道を歩ませるために!! それを私は卑怯だなんて思わない! シオン様がシオン様を否定しても! 私は! 私だけはあなたを誇りに思います!!」
肩を怒らせ、一気にまくし立てるとシオン様はクシャリと微笑んだ。
「本当に……ルピナには敵わないな……」
そう言ってクツクツと笑い出す。笑いすぎて目尻に涙がたまっている。
「シオン様?」
小首をかしげる私を見て、目尻の涙を拭った。
「国王陛下に面会を求めてほしい。まずはそれで、私が魔塔から解放された証明となるだろう」
「……シオン様……」
「そして、私の部屋をセレスタイト公爵家に用意してはくれないか。できれば、ルピナの部屋の近くに。そうすれば、私たちの結婚生活が成立していると言えるだろう」
シオン様は遠慮がちに私を見た。
はにかみながら窺う様子が、少し幼げで私はズキュンと心臓を打ち抜かられる。
「よいのでありますか!?」
挙動不審な私に、シオン様は明るく笑う。
「私からお願いしてるのだ。頼む。ルピナ」
私は心臓を押さえながら、その場にヘナヘナと座り込んだ。
推しのお願い顔はとんでもない威力である。
「だ、大丈夫か? ルピナ!」
シオン様は慌てて私を抱き起こした。
(ひぃぃぃっ! 推しに殺されるっ!!)
私はゼイハァと肩で息をしつつ、ギリギリ正気を保とうと努力する。
「だ、大丈夫です。最高の部屋を、最高に用意いたしますので、放して……。シオン様の顔面が美しすぎて死にそうです……」
呻くようにそう言うと、シオン様は笑いながら私を引き上げソファーへと座らせた。
「あ、ありがとうございます……」
私はソファーに座りなおすと、シオン様の淹れた紅茶をユックリ味わった。







