十二章*悪妻、窮地に立たされる(2)
神殿に雷が落ちてから一週間後の午後である。
私は王宮の謁見の間に呼び出されていた。
中では国王陛下が鷹揚とした態度で椅子に座り、その横にローレンス殿下が機嫌良さそうに立っていた。
そして、そこにはモーリオン男爵家のオリバーや、神殿の神官たちもいる。
誰もが私に敵意を向けているのが明らかだ。
国王陛下が口火を切る。
「よく来た。ルピナ。このたびはお前に拉致監禁の訴えがあがっている」
そうして、国王陛下はオリバーに視線を向けた。
「我が弟シオンが、ルピナ嬢に拉致監禁され、むりやり魔塔での研究に従事させられております。ぜひ、シオンをお返しいただきたくお願いにあがりました」
オリバーは不敵に笑う。
「あら? モーリオン男爵家では結婚に賛同いただき、支度金も受領されておりますわよね? なにをいまさらおっしゃるの?」
私は優雅に微笑む。
「はい。結婚には同意いたしました。が、まさか、愛する弟が監禁されるとは思わなかったのです。セレスタイト公爵家の後ろ盾を得て、宮廷で活躍することを前提に結婚を許したのですが、実際は魔塔という妖しげな場所に閉じ込められているではないですか。しかも、ルピナ嬢とは別居生活だとか。結婚は隠れ蓑だったのではないですか?」
オリバーに問われ、私はウグと口を噤んだ。
「最近シオンが発表している数々の研究結果を見ればわかるとおり、我が弟はルピナ嬢が独占していいものではありません。直ちに解放し、宮廷に従事させるべきと考えております」
オリバーはそう言うと鼻からムフーと息を吐いた。
ローレンス殿下は大きく頷く。
「最近、王国では凶事が続いている。長雨が続き、『聖なる花園』の花が枯れ、神殿には雷が落ちた。神のご加護で雷による被害はなかったが、これらはルピナ、お前の呪いだと言われている!」
ローレンス殿下が私を指さす。
(長雨はエリカのせいだし、神殿に被害がなかったのは避雷針のおかげでしょ)
私は思いつつ、考える。
(でも、エリカが恋に乱れてるせいだから――なんて知ったらシオン様は傷つくでしょうね……)
実際に、原作で事実を知ったときのシオン様は大きなショックを受けていた。
自分の思いは伝わらず、違う男と婚約し、さらには大聖女になるべく育て上げたにもかかわらず、その神聖力を乱すほどローレンスに思いを寄せていると知り、シオン様はダメ押しをされたのだ。
だからすべての罪を自分で引き受け、断罪されることも厭わなかった。あれは、自傷行為のひとつだったのだ。
(だから、私がここでその事実を告げるわけにはいかないのよ。この事実を知ってシオン様が失踪したらすべての努力が無駄になる)
私は小さくため息をついた。すべてを明かしてしまえば簡単だ。しかし、それはできない。なによりもシオン様の心を守りたかった。
「私が呪い? その証拠は?」
私は気丈にローレンス殿下を見やる。
「神殿に着けられた謎の棒だ! あの棒はセレスタイト公爵家の寄進によってつけたものだと聞いたぞ!」
「避雷針のことですか?」
「ヒライシンだと? 飛来侵……侵入者を飛来させるものか? やはり雷を呼ぶ棒だったのだな!!」
ローレンス殿下は勝ち誇ったように言った。
「違います。雷を避けるものです。だから同じものを魔塔にも公爵家にもつけております」
私は冷静に答えるが、神官たちは動揺を隠せない。
「本当にそうかはわからないではないか! 悪女ルピナの考えることだ。魔塔の棒から雷を放ち、神殿に落としたにちがいない!」
ローレンス殿下が言うと、神官もそれに続く。
「まさかそんな狙いがあったとはおそろしい!」
「違います。その証拠に雷の被害はなかったはずです」
「それは神のご加護があったからです!!」
いきり立つように反論するのは神官である。
どうやら、彼らの信仰心を傷つけてしまったらしい。
「国王陛下。ルピナはシオンをむりやり悪事へ加担させようとする悪妻です!! ルピナを破婚させ、シオンをお救いください」
ローレンス殿下が国王陛下を見る。
「国王陛下。ぜひ、私の愛する弟を悪妻の手から取り戻してください」
オリバーも国王陛下を見た。
神官たちは私を睨みつける。
「このような結婚、神殿としては認められません。神殿は魔導師シオンと公女ルピナの婚姻を取り消します」
「取り消す? 私は無実なのに?」
私は国王陛下を見た。
この国では高位貴族の婚姻には、国王陛下と神殿の許可がいるのだ。そのふたつから、取り消しを認められたら、私はシオン様を手放さざるを得ない。
国王陛下はため息をついた。
「ルピナ、離婚を免れたいのであれば無実を証明せよ。魔塔を閉鎖し、シオンの監禁を解き宮廷に出仕させよ」
「そんな!」
「それが履行されるまで、セレスタイト公爵および一族に連なる者の謹慎を命じる」
「は? 家族は関係ありませんわ」
抗議する私に、国王陛下は冷たく答えた。
「ヒライシンとやらを神殿に寄付したのはセレスタイト公爵である。また、その他王宮の建造物にも公爵の勧めで設置してきた。しかし、それが雷を呼び込むものなら反逆だ」
「だから、それは雷を避けるものなんです!」
「実際に、その棒に雷が落ちるところをみた! 雷は避けなかったぞ!!」
神官が噛みついてくる。
「高いところに避雷針を立て、そこに雷をわざと落とすことで、大地に埋まった電極から放電させ――」
「ほら認めたぞ! わざと雷を落としたのだ!!」
ローレンス殿下が言葉を遮った。
「それは言葉のあやで!」
「もう良い。ルピナ。見苦しいぞ」
国王陛下はそう手を挙げて私の言葉を遮った。
「後ろ暗いことがないのなら、魔導師シオンを解放し、魔塔を閉鎖すれば良いだけだ。その後も凶事が続くのなら、原因はほかにあるといえよう」
私は喉から出かかる言葉を呑み込む。
(原因はエリカなのに)
悔しくて、やりきれない。しかし、それを口にすればシオン様の失踪につながりかねない。
(だったら私は……)
キュッと唇を噛み、頭を下げる。
「承知いたしました。魔塔を閉鎖するためのお時間をいただきたく存じます。あそこには孤児がいるのです。子供に罪はありません。受け入れ先を探すまでお時間をください」
私の言葉に国王陛下は目を細めた。
「ああ。噂には聞いていたな。子供を攫っていたのは本当だったとは」
私は小さく笑う。
「親や孤児院にすら虐げられていた子供たちを保護していただけですわ。……髪が闇色に近いというだけで」
国王は息を呑み、苦渋の顔をする。
「……そうか。わかった。子供たちには罪はない。魔塔は研究室の閉鎖だけでかまわない。どのみち、研究員はシオンだけなのだろう? シオンさえ魔塔に入らなければ問題なかろう」
「国王陛下! それはあまりにも甘い!」
口を挟んだのはオリバーだ。
国王陛下はオリバーを睨んだ。
「そう思うなら孤児の受け入れ先をおぬしが紹介してやればよい。モーリオン男爵家で預かってくれるか?」
国王の言葉にオリバーは口を閉ざす。
ローレンス殿下と神官は気まずそうに目を逸らした。
(ああ、本当に嫌になる……。子供が可哀想だと思うなら、神殿や王宮で一時的にでも受け入れてくれたっていいものを)
私は情けなくて笑えてくる。
私は顔を上げ、国王陛下の前からさがる。
謁見の間を出ると窓越しにカラスが飛び立っていくのが見えた。
私は深呼吸をして、魔塔へと急ぎ戻ることにした。







