十章*悪妻、推しを自慢する(3)
「口ではなんとでも言える。結婚式も挙げていないのが証拠じゃないか」
ローレンスに指摘され、私とシオン様は返答に窮した。
(シオン様が嫌がるかと思って結婚式は考えていないけれど……たしかにそう見えるかも)
私たちのやりとりに、周囲が注目しはじめてくる。
「たしかにそうね。なぜ結婚式を挙げないのかしら?」
「黒髪が結婚式を挙げるなど聞いたことがないもの。しかたがないのでは?」
冷ややかな視線がシオン様に向けられる。
シオン様は暗く視線を落とした。
「でも、セレスタイト公爵家ほどの家門なら式を挙げないのも前代未聞よ」
「ルピナ嬢が強引に命じたと聞いております。なにか裏があるのでは? 離婚を前提にされているのかもしれないな」
「たしかに、そうでなければ名門の令嬢が、漆黒魔導師などと結婚するわけがない」
ヒソヒソと囁かれる声が私にも伝わってくる。
表情を暗くしていくシオン様。
(ああ、やっぱり、シオン様も不本意な結婚なのよね……)
わかっていても、胸が苦しい。
(でも、これ以外に私はシオン様を救うすべが思いつかなかったのよ)
無力な自分に悔しくなる。
たとえば、エリカに生まれ変わっていたら。
ローレンス殿下に生まれ変わっていたら。
国王陛下だったらどうだろう? 王妃だったら?
違う人物に生まれ変わった別の世界線だったら、こんなふうにシオン様を傷つけずにすんだかもしれない。
でも私は悪女ルピナだ。思いつく方法はこれしかなかった。
(だから、悪女は悪女としてシオン様を救う道を突き進むしかないのよ)
私はユックリと顔を上げ、周囲を見回す。
(まずは、こんなクソみたいな所から、シオン様を連れ出さなくちゃ!)
パサリ、髪を掻き上げローレンス殿下に微笑みかけた。
「言いたいことはそれだけ? あなただってセレスタイト公爵家から支払われる維持費が目的だったでしょ? なにが違うの?」
ローレンス殿下はウッと怯む。
(はぁ、本当に嫌になる)
誰も私となんて結婚したいと思わない。ほしいのは金だけだ。
「悪女と呼ばれるこの私と、金銭以外の目的で結婚する人がいたらお目にかかりたいわね」
私は妖艶に微笑んで見せる。
「ルピナ! それは違う!!」
否定するシオン様を私は無視して続けた。
「私がシオン様を欲しくて結婚したのです。シオン様の意志など関係ないわ。私はそれだけのことができる力を持っているの。逆らえなかったシオン様を侮辱するのは筋違いですわよ?」
悠々と怯むことなく答える私に、エリカは涙目でなじってくる。
「ひどい……それじゃ、まるで人身売買。シオン先生は奴隷だわ……」
「この悪妻が!!」
ローレンス殿下が私を罵倒した。
私は鼻先で笑ってみせる。
「なんとでもどうぞ。私はシオン様を買えるお金を持っていることに誇りを持っておりますので。でも、ローレンス殿下はこれでよろしいの? 皆様に私たちの不仲が知れ渡ってしまいましてよ?」
ローレンス殿下はサッと顔を青ざめさせた。いまさら状況に気がついたらしい。
「! ちが! これは」
「今になって取り繕っても遅いですわ。どうせ、慰謝料請求額に驚いて、和解の糸口でも探ろうとしていたのでしょうが、きっちり払っていただきますわね」
「な! ルピナ、話しあおう」
「嫌よ」
「お前! シオンの妻として恥ずかしくないのか! 金の亡者め!!」
「私は悪妻ですもの。そんなこと気にしませんわ。では、皆様ごきげんよう」
私はシオン様の腕に自身の腕を絡ませて、その場を去る。
「ルピナ! 覚えていろよ! お前の悪事は必ず暴いてみせるからな!!」
ローレンス殿下の声が背中に響くが、私は振り返ることすらおっくうだった。
シオン様は無言でついてくるが、その顔は暗い。
(やっぱり、シオン様をこんな場所に連れてくるんじゃなかった……)
私の心は後悔の嵐である。
(私はなにを言われてもかまわないけれど、シオン様まで傷つけてしまった)
その事実があまりに悲しくて苦しい。
唇を噛みながら、馬車へと向かう。
そうして、馬車に乗り込むと思わずため息をついた。
「……すまない……」
向かい合って座るシオン様は、腿に肘をつき両手を組み合わせ、その手を額につけ呟いた。
「……え? なんで、シオン様が謝るのです? 私のせいで巻き込んですみませんでした」
「……いや。結婚式をしたかっただろうに、気が利かずすまない」
「いえいえ、そんな、大丈夫です」
「だが、女性の憧れだろう?」
「もとからするつもりなどありませんでしたから」
私は軽く答える。
(推しと挙式だなんて烏滸がましいにもほどがあるでしょ。たしかに! 推しの結婚式は見たい!! けど! 相手は私じゃないわよ!)
しかし、シオン様は俯いたまま尋ねた。
「それは、私のせいか? 私の髪が黒いから――」
「! ちがう!! 違います!! そうじゃなくて!!」
シオン様は顔を上げ、疑い深げに私を見た。
「シオン様の花婿姿を見たいに決まってるじゃないですかー!!」
私は絶叫した。
「結婚式でなければ着られない純白の礼服に美しい黒髪が流れ落ちる姿……! 想像するだけで悶絶ものです。地上に舞い降りた天使にちがいない。ああ、絶対みたい! 絶対見たい――」
「お、落ちつけ?」
シオン様が怯えた目で私を宥める。
私はゼイハアと荒ぶる息を落ち着かせてから、シオン様を見た。
「そもそも、私たちは契約結婚です。あまり大々的にしたらボロがでるでしょう? それに、結婚式などしたら、誓いのキスとか――」
一瞬、自分とシオン様のキスシーンを想像し、私は頭をブンブン振って妄想を吹き飛ばす。
シオン様はギョッと驚く。
「まぁ、その……いろいろ、不快な思いをさせますし……」
私はゴニョゴニョと歯切れ悪く答えた。
「……私は……それくらい……平気だが……」
シオン様も奥歯に物が挟まったように答える。
(シオン様は優しいのね。私のためにむりやりキスする覚悟をしてくれるんだわ。でも、好きな人にイヤイヤキスさせるなんて、切なすぎる……)
そんな悲しいキスなどいらない。
「無理をなさらないでください。本来、隣に並んでいいのは私ではありませんでしょ?」
「そんな」
否定しようとするシオン様に笑いかけ制する。
「わかっているんです。だから、この話はおしまいにしましょう?」
私はそう言うと、馬車の窓に目を向け、外の風景を眺めるフリをした。実際は、ガラスに映るシオン様をのぞき見る。
シオン様は小さくため息をつくと、私とは反対の窓に目を向けた。







