十章*悪妻、推しを自慢する(2)
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そして、今日はローレンス殿下とエリカの婚約披露パーティーである。
馬車を降りようとすると、先に降りたシオン様が手を差し伸べてくれる。パーティーのために着飾ったシオン様はいっそう美しい。
(っう、背景にキラキラエフェクトが見える……)
怯む私を見て、シオン様は不思議な顔をする。
(いかんいかん、不審がられてしまうわ)
私は優雅にシオン様の手を取った。今日は堂々としなければいけないのだ。
馬車から降りると、私はシオン様の腕にギュッと縋りついた。
(こんなに接触するのは無礼だとは思うけれど、今日はしかたがないのよ! シオン様を悪意から守るためだもの!)
断じて触るための言い訳ではない。先日の新大聖女就任のパーティーのように、多くの人々が悪意の目を向けてくることは容易に想像がつくからだ。
(私が守って見せますからね!)
そう思いシオン様を見上げると、シオン様は顔を真っ赤にして空いた手で額を押さえていた。
「あの? シオン様?」
「ち、近くはないか?」
「ご不快でしたか? でも、今日は我慢してくださいね? シオン様の後ろ盾に私がいることを見せつけたいのですわ」
「いや……それは、ありがたいのだが……その、密着が過ぎるというか……」
チラリ、シオン様が私の胸に視線を向けて、サッと視線を泳がせた。
どうやら腕に胸が食い込んでいるのが気になるらしい。
「申し訳ございません。汚物が接触してしまい気持ち悪いですね。あいだにハンカチでも挟みましょうか?」
「は? 汚物……? いや、そういうわけでは。そうではなく、君が気にならないのか? その、私にそんなふうに触れて……」
ゴニョゴニョと言いよどむシオン様。
「ご褒美ですがなにか?」
即断すると、シオン様はウッと息を呑み、ハァと息を吐いた。
「……そうか、ならいい」
話が通じないとでも言いたげな声だが、私には意味がわからない。
「?」
「……行くか」
脱力した声で先を促され、私たちは会場に向かった。
会場のドアが開かれ、ホールへと一歩踏み出す。
すると、会話をしていた人々が振り返り、私たちをジロジロと眺めた。
私とシオン様は揃いの衣装である。面倒なパーティーとは思いつつ、武装のためのドレスアップだ。
私は紫色の生地の上に、シオンの花を全体にかたどった黒いレースを被せたドレスをあつらえたのだ。そう、言うまでもなくシオン様の概念ドレスである。ジュエリーは黒水晶でそろえ、妖艶な雰囲気だ。
シオン様は黒いスーツに、紫色のシャツを着て、天青石でできたブローチをつけていた。学会発表時につけたブローチと同じもので、セレスタイト公爵家の者だと威嚇する。マントの裏地と、チーフは私のドレスと同じ生地を使っている。
「まぁ、黒いドレスだなんて不吉だわ」
眉を顰めるのは老婦人だ。
「でも、目新しくて格好いいわね」
目を細めるのは若い令嬢だ。
「スタイリッシュでモダンだわ」
「あのイヤリングの黒い宝石はなに? なんて珍しいの? ルピナ様の白い髪が映えて綺麗ね」
ざわめく人の視線に、私はイヤリングに触れて微笑み返す。
「この宝石は黒水晶というのですわ」
すると、視線の合った令嬢がホゥとため息を漏らした。
「黒水晶……覚えましたわ!」
「あの、どこで購入できるのですか?」
若い令嬢たちが集まってきて、老婦人たちは忌々しそうに私を見る。
「ああ、なんて嘆かわしい! 黒など不吉な色なのに!」
吐き捨てるような声が聞こえて、私は鼻で笑い飛ばす。
「あら、いやだ。黒が不吉だなんて、まだおっしゃる方がいるのね? 最近話題の特別寝台列車アスターも黒、時代の流行色は黒ですのに。古いわ」
私の声に、老婦人は怯み、令嬢たちは盛り上がる。
「たしかに、最近は黒が注目されていますものね!」
「アスターに乗られたのだとか、お話を伺っても?」
ランランと目を輝かせる令嬢たちに私は軽く頭を下げた。
「まずは、ローレンス殿下にご挨拶差し上げなければならないの。ごめんあそばせ?」
そう言ってホールの奥で待ち構えるローレンス殿下とエリカを見た。
ローレンス殿下はなにが気に入らないのか苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
私たちは、ローレンス殿下の前にでた。
「よく来たな、シオン。待っていた」
「シオン先生! お会いしたかったです!」
ローレンス殿下とエリカは、私をあからさまに無視して、シオン様に声をかけた。
身分の高い者から声をかけてもらえなければ、下の者からは声をかけられない。いつもはマナーなど無視している私だが、さすがに公式の場。シオン様の妻として今回は黙って成り行きを見守ることにした。
(まぁ、別に挨拶なんてどうでもいいし)
我関せずである。
「このたびは、ご婚約おめでとうございます」
そうシオン様は苦渋の顔で挨拶をした。
(やっぱり、エリカを見るのは辛かったみたいだわ……)
私がそう思っていると、シオン様は私の背にソッと触れた。
「我が妻、ルピナです」
そして、わざと挨拶されなかった私を気遣いあえて紹介してくれたのだ。
シオン様から紹介されては、ローレンス殿下も無視はできない。
「あ、ああ。ルピナ、よく来てくれたな」
「ご婚約おめでとうございます」
私はニッコリと微笑んで挨拶をする。
シオン様は難しい顔をエリカに向けて尋ねる。
「王子妃教育はきちんと受けているのか? 挨拶の場での失礼は君の評判を落とすことになるぞ」
シオン様から指摘され、エリカはカァっと恥辱で頬を染めた。
「……は、はい……、先生、気をつけます……」
小さな声になるエリカを、ローレンス殿下が肩を抱き慰める。
「こんなところで注意しなくてもよいだろう。シオン。いつまでエリカの師のつもりだ」
「これが最後のアドバイスだ。今後はローレンス王子殿下が彼女を支えてほしい。妻が恥をかかぬようにするのも夫の勤めだろう?」
「はっ! 先に結婚したからと先輩面か」
ローレンス殿下は不愉快そうに言い、嘲るようにシオン様を見くだす。
「どうせ、金目当ての結婚のくせに。研究施設と実験費がほしかっただけだろう」
図星を指された私は怯んだ。
(まさにそのとおり……だけど、他人から言われると傷つくわ)
シオン様を自死させない、その目的でなりふりかまわずやってきた。
愛のない結婚だとわかっている。シオン様が私を愛すことなどないことも。見返りなんて考えてはいない。
それでも、他人から指摘されると悲しくなる。
反論ができずに俯く私の背にシオン様が触れる。
「そんなことはない」
その声に驚き私が見上げると、シオン様はまっすぐとローレンス殿下を見ていた。







