十章*悪妻、推しを自慢する(1)
私は、国王陛下の紋章の入った手紙を持ち魔塔へと向かっていた。
先程ローレンス殿下の側近がシオン様宛として届けてきたのだ。ローレンス殿下とエリカの婚約披露パーティーの招待状である。
(本当に無神経にも程がある!! シオン様がエリカに向ける好意に気が付いてなかったとしても、私はローレンス殿下に婚約破棄されているのよ? 普通の神経なら招待しないわよ!)
私は怒りと同時に悲しみも感じていた。
(別に私は気にするタイプじゃないけれど、シオン様は婚約披露パーティーのエリカを見たら傷つくに決まってるのに……)
原作で苦しむ姿を見ていただけに胸が痛む。
(でも、さすがに国王陛下の紋章が入った手紙を無碍にすることはできないわ)
私はズーンと落ち込んだ気分で魔塔の庭の前に来ていた。
陰鬱な気持ちで、ソーッと庭の様子を窺ってみる。カラスがひと鳴きして空へと羽ばたいていった。
庭ではシオン様の指導のもと、魔獣たちがリハビリをしている。
飛べなかったグリフォンは飛べるようになり、ところどころハゲていたケセランパサランも機嫌良くコロコロと転がっていた。
庭に座り寝ているユニコーンの腹に、シオン様は寄りかかっていた。リハビリをする魔獣たちを眺めながら、なにやらメモを取っている。きっとカルテを書いているのだろう。
そんなシオン様を挟むように寄り添い眠るのはフェンリルとケット・シーだ。しかも、フェンリルのお腹には孤児の子供たちが包み込まれている。
(なんて尊い光景なの!? ユニコーンって清らかな乙女にしか懐かないんじゃなかったの? ということは、シオン様は実質乙女!?)
まるで神話の世界を描いた絵画のような神々しさに私は思わず手を合わせた。憂鬱だった気持ちが晴れていく。今日もシオン様の魅力は爆発している。
「なにをしている?」
突然、シオン様から声をかけられ私はビクリとした。
(まさかこんなに早く気がつかれるとは思わなかったわ)
冷や汗をかきつつも愛想笑いでシオン様に答える。
「今までは、子供と魔獣たちを同時に庭に出すことなどできなかったので、感謝をしていたところです」
「そうだな。この夢のような光景は神に感謝せざるをえない」
シオン様は穏やかに笑う。
(シオン様ったら、自分の力に謙虚すぎるわ!! もっと、自分の力を誇ってほしい!!)
「いいえ、 私は神ではなく!! シ・オ・ン・様に感謝しているのです!! この状況を生んだのは紛れもなくシオン様の努力です!!」
思わず叫び力説すると、子供たちがうっすらと瞼を上げる。
「……ルピナ様……うるさい……」
そう呟くと眠そうにフェンリルの腹に顔をこすりつけた。
フェンリルは迷惑そうな目で私を睨む。
私は慌てて口元を押さえた。
「……ごめんなさい」
静かに詫びると、シオン様は苦笑いをしながら立ち上がった。
ユニコーンもフェンリルも名残惜しそうにシオン様に鼻先をつける。
(人慣れしない魔獣たちの心まですっかり掴んでしまうなんてさすがシオン様!!)
感動しつつホッコリもする。
シオン様は静かに私の横に立った。
そして耳元で囁く。きっと、まどろむ子供たちに配慮しているのだろう。
「なにかあったのか?」
甘く低いウィスパーボイスが私の内耳を蕩けさせる。
(シオンさまぁ……いけないわ……)
ウットリして腰が砕けそうになる私をシオン様が支え、さらに動揺する。今日もシオン様の魅力は破壊的だ。
「大丈夫か?」
「は、はひぃ……。だい……大丈夫でありまするぅ……」
小声で答え、お腹に力を込め、両足で踏ん張る。そして、シオン様の胸を押し、距離を取って深呼吸を繰り返した。心の準備が必要なのだ。
不思議そうな顔をするシオン様を横目に、必死に自分を立て直しイヤイヤながらだが、手にしていた案内状をみせた。
「……あの、これが届いていまして……」
シオン様は私の手から案内状を取ると中を開いた。
「婚約記念パーティーか……」
シオン様の声が低くなる。
やはり、エリカの婚約記念パーティーなど見たくはないのだろう。
「行くのか?」
シオン様はしかめっ面で私に尋ねた。
「さすがに国王陛下の紋章の入った招待状です。無碍にはできなくて……。でも、シオン様が行きたくないのであれば、私ひとりで行きますのでご心配なく!」
私が言うと、シオン様は目を大きく見開いた。
「私のことを気にしてくれていたのか?」
「え、ええ。気分が乗らないようでしたので」
「いや、私はルピナが嫌だと思ったのだ。……その、婚約破棄をした相手を祝福するのは気まずいだろう?」
シオン様に問われ、ジーンとする。契約上の妻にまで、こんな配慮を見せるとはさすがのシオン様だ。なんて優しさだろう。
「私なんぞの心配を!? 恐れ多い! いえ、私はローレンス殿下のことはこれーっぽっちも気にしておりませんの! だからご心配はいりませんわ」
「そうか。ルピナが気にならないのであれば私も一緒に出席しよう」
シオン様の答えに私は驚いた。
「……あの……いいんですの?」
「ああ、夫なら当然だ。私にエスコートをさせてくれ」
はにかみ微笑む姿にキュンとする。
「もったいないお言葉、恐悦至極に存じます」
私が思わず口走ると、シオン様は小さく吹き出した。







