九章*王子ローレンス、魔導師奪還を企む(2)
「ローレンスよ……。今日はセレスタイト公爵家からこんな書類が届いた」
国王から差し出された書類を見て、オレは首をかしげた。これはオレの王族維持費の二十年分にあたる金額が書かれていたからだ。
「これは……?」
「意味がわからないか? お前は聡いからこれくらいのことはわかっていてあの暴挙にでたのだと思っていたのだが、どうも私の思い違いだったようだ」
そう呆れた声で告げられて、グッと唇を噛む。
「これはセレスタイト公爵家からの『婚約破棄に関する慰謝料請求書』だ。あわせて、婚約期間に支払われていた維持費の返納も求められている」
「はぁ!?」
オレは書類をテーブルに叩きつけた。
「おかしい! 法外な値段です! それにルピナと婚約破棄したのは、オレが悪いからではない! 彼女が悪女として有名だったからだ! 王室の威厳を保つため」
「しかし、あのような破棄の仕方をする必要があったか?」
国王に図星を指されるが認めるわけにはいかない。認めたらこの慰謝料を払わなければならないからだ。
「ああでもしなければ、婚約破棄が叶わないと――」
「ルピナ嬢からは何度も婚約破棄の依頼が来ていた。正式な書類で残っている」
「っ! しかし、この金額はあまりにも――」
「おかしいか? ルピナ嬢はお前と十二歳で婚約し十九歳まで、花の一番美しい時期をお前の婚約者として捧げた。八年分の慰謝料と維持費の返納分に利子が付いたらそれくらいにはなろう」
「なぜ維持費まで請求されなければならないのです!」
「その維持費は『ルピナ嬢の婚約者が恥をかかないため』に贈られたものだからだ。ローレンス、お前のものではない」
そう指摘され、オレはサッと血の気が引いた。
「かもしれませんが、オレがあのまま悪女と結婚するよりも大聖女と結婚したほうが王家のためになるはずです! ですから」
「ですから? その慰謝料を国費で賄えと?」
国王陛下はジロリとオレを睨みつけた。
オレは思わず視線を逸らす。
すると、国王陛下は長くため息を吐いた。
「せめて、ルピナ嬢に謝罪し和解せよ」
「ルピナと和解?」
「そうだ。許しを請えば減額の交渉も可能であろう?」
オレは悔しさに唇を噛みしめる。
「それに、ルピナ嬢の夫となったシオンだが、あれはお前や大聖女を支えてくれていたのではないか?」
国王陛下に指摘され、オレは顔を上げた。
「気がついて……」
「漆黒魔導師などと呼ばれていたから、見て見ぬフリをしてきたが……。彼が去ってからのエリカ嬢は大聖女の資質に疑問を感じる。それに、今のお前を見ているとお前にも彼が必要だったのだと私にもわかる。ルピナ嬢を説得し、シオンをお前たちのブレーンとして出仕を請うてみろ」
国王陛下の言葉にオレは深々と頭を下げた。
(これはチャンスだ!)
オレだけの説得ならシオンも動かないかも知れないが、国王陛下の後ろ盾があればシオンを取り戻すことができるかもしれない。
「わかりました。ルピナに謝罪し和解します。そして、シオンを正式に補佐官として出仕するよう伝えます」
オレが答えると、国王陛下は安心したように吐息をつき頷いた。
「ただ、ルピナが大人しく面会してくれるかどうか……。実は以前からシオンへの面会を希望しているのですが、ことごとく断られており……」
「では、一度だけ手を貸そう。私の名で夫妻を茶会にでも招待すればよい。いくらルピナ嬢でも断れまい」
国王から提案され、オレは大きく頷いた。
「ありがとうございます。国王陛下。いただいたチャンスを必ず生かして見せます!」
大きな声で礼を言うと、国王陛下は鷹揚に頷いた。
オレは国王陛下の書斎を出て、自室に戻りながら考える。
(国王陛下の招待状があるなら、ルピナを恐れることもない。茶会など小さな規模ではなく、客人が多い場に呼び出せば面会したことが大勢に知れ渡る。実際は和解などできなくても、和解したと印象づけることができるだろう!)
証人は多ければ多いほうがよい。
(そうだ。婚約式をすればいい。そうすれば、エリカとオレの婚約は変えられない事実となる。そこへルピナ夫妻を招待すれば、シオンにエリカを奪われる心配もなくなる。それに皆、オレたちが和解したと思うだろう)
婚約式は国事として予定されているのだ。予算も国費から出すことができる。
。
オレはよい案を思いつき、準備を進めることにした。
epの投稿順間違いをしており、ep.32に前ep.28を入れ替えております。
正式な章タイトルは「八章*悪妻、魔塔を管理する(5)」となります。
大変ご迷惑をおかけしますが、巻き戻って読んでいただけると嬉しいです。
ご指摘くださった皆様、ありがとうございました!







