八章*悪妻、魔塔を管理する(4)
*****
そして今日は魔術アカデミーでの学会発表である。アカデミーの講堂にはたくさんの人々が集まっていた。
入り口付近には発表にはいたらなかった論文が張り出されている。
もちろんローレンス殿下とエリカも見学に来ていた。ふたりは王族の使う特別席に座っている。
シオン様は私があつらえた服を着て講堂の舞台に登壇した。才能がありながらも、黒髪の偏見が故に魔術アカデミーの進学ができなかったシオン様は、神妙な顔つきである。
ミッドナイトブルーの三つ揃えのスーツに、足首まで垂れる黒いマント。マントの裏地は濃い紫のシルクになっており、同色の糸で守護の魔法陣を刺繍している。紫苑色のフリルタイの中央には、澄んだ空色の天青石で作られたブローチが輝いていた。
ちなみに天青石の鉱山は、今のところセレスタイト公爵家の領地にしかなく、空色の純度が高い天青石を身につけることができるのは、公爵家の中でも実力が認められているものだけだ。
空色が美しい天青石のブローチは、シオン様が我がセレスタイト公爵家で認められている証しなのである。
(あぁん! 惚れ惚れするほど美しい~!! 全世界よ! 刮目せよ! これが私の推し!!)
ウットリとする私である。
シオン様は誰かを探すかのように講堂内を見回した。
(エリカを探しているのかしら……)
そう思いシオン様を眺めていると、目が合った。
(え? 私を探してたの? まさか、そんな嘘――)
シオン様は私を認めると、ニコリと小さく微笑んだ。
(ハイ、心肺停止――!!)
私は思わず胸を押さえ、天を仰いだ。
同時に周囲でざわめきが起きる。
「あれは、漆黒魔導師様では? 雰囲気が変わりましたわね。今までは影のように陰鬱でしたのに」
「あのように堂々とされているところは初めて見ますわ」
「黒色もこうしてみるととても美しいわね」
女性たちは色めき立つ。
私は思わずドヤ顔だ。
(やっと気がついたの? シオン様は美しいのよ!!)
研究者たちは忌々しそうにヒソヒソと囁く。
「セレスタイト公爵家に婿入りしたという……」
「これ見よがしに空色の天青石など身につけ……。セレスタイト公爵家の力を笠に着てご登場か?」
「とはいえ、学会はそんなに甘くないと教えてやらねばなりませんな」
「たしかに、学門は身分に左右されるものではありません。実力がすべての厳しい世界だと知らしめなければ」
そんな声を聞きつつも、私は余裕である。
(だったら、質問でもしてみればいいじゃない。恥をかくのはそちらのほうよ!)
そう思いつつ、シオン様の発表を聞く。
シオン様は、論文を魔導具で白い壁に映し出した。この方法は私がシオン様に提案したもので、魔導具はループス商会で開発した。
初めて見る発表方法にザワリと会場がどよめく。今までは黒板に模造紙のような紙を貼っていく方式だったからだ。
「この技術はなんだ? 独自魔法か?」
「私たちにまやかしを見せようとしているのでは?」
混乱する会場に向かって、シオン様は穏やかに、しかし毅然として説明をした。
「今回は投影機という機械を使い発表させていただきます。事前に許可は得ております。興味のある方は、ループス商会にお問い合わせください」
シオン様の言葉に周囲は納得する。
「魔法ではなく機械なのか」
「事前の許可があるならば問題ないだろう」
落ち着いた聴衆を相手にシオン様は論文の発表をする。人間界では未発見だった銀竜草の報告と、その効用について説明する姿は自信に満ち溢れていた。
(なんて眩しい!)
私以外の聴衆も、その美しい声と語り口に魅了され、内容に聞き入っている。
すべての発表が終わると、講堂の中は拍手喝采が湧き起こった。
議長が声をあげる。
「なにか質問はございませんか?」
たくさんの手が上がり私がギョッとした。
(妨害しようとしていた人もいたし、大丈夫かしら?)
私は威嚇しつつ周囲を見回す。悪意ある質問が飛ぶのではないかと心配したのだ。
しかし、その心配は杞憂だったようで、質問の内容は有意義で好意的な者ばかりだった。
「はじめはセレスタイト公爵家の七光りと思ったが……」
「いやはや、素晴らしい発表でしたな」
「なぜ、これほどまでの研究者が埋もれていたのか……」
否定的だった声も、賞賛に変わっている。
「しかし、気になる点がありますな」
「ああ。私もだ。あの方と論文の言い回しが似ている気がするのだが」
「それに、シオン殿が王宮を去ってから、その方の論文の話を聞きませんが……」
「まぁ、お忙しい方ですから研究から去ったのかも知れませんし、変な憶測はやめましょう」
ヒソヒソと話す内容が私の耳に入ってくる。
(気がつく人は気づくわよね……)
かといって、シオン様が望まないのであれば私はローレンス殿下の盗用を暴くつもりなどない。
(なんてったって、私はシオン様が幸せであればいいだけだもの!)
シオン様にとって、ローレンス殿下は特別な友人だ。いくら私から見てクズであろうとも、口出すことはできない。
(それに、ローレンス殿下より心配なのは――)
「やはり、魔塔などと言う場所に閉じ込めておくのはもったいなくはありませんか? いくら漆黒の魔術師だとしても」
「たしかに、宮廷への復帰を早急に求めたほうが良いでしょうな」
「あの才能をあの悪妻に独占させるわけにはいかない」
そう囁く研究者たちは、白い目で私を見た。
(とんだ手のひら返しじゃない?)
私は思いつつ、彼らに向かって優雅に微笑む。
「あら? 私の夫を評価してくださりありがとうございます。ただ、気がつくのが遅すぎましてよ? いまさら返してなどと言われましても、へそが茶を沸かしましてよ?」
その言葉を聞いてカッと顔を赤らめる研究者たち。







