八章*悪妻、魔塔を管理する(2)
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それから、シオン様はドラゴンの治療に加え、魔塔で子供たちの教育と、妖精や魔獣たちの研究などを積極的におこなうようになった。
誠実で優しいシオン様の姿に、子供たちも魔獣たちもすっかり懐いている。おかげで、魔獣や妖精についての研究も順調に進んでいるようだ。
今日は魔塔の庭にフェンリルのための小屋を作るというので私も手伝いにやってきていた。
小さな子供たちが庭に寝そべるフェンリルにメジャーを当て体長を図っている。年長の子供たちは数値を聞き、メモを取る。
フェンリルは面倒くさそうな顔で欠伸をしつつも吠えたり怒ったりはしない。傷ついた状態でここへ来たときに比べると大きな違いだ。
(魔獣たちは人間が嫌いだから、子供と接触させるなんて考えもしなかったのに。さすがシオン様だわ。子供と魔獣が触れあえるほどにしてしまうだなんて!)
私はシオン様の手腕に唸る。
「フェンリルの体長がわかったら、計算をしてみよう。タテは体長の2倍以上、ヨコは体長の1.5倍以上、高さは体高の2倍以上必要だ。さぁ、材料の長さはいくつだ?」
シオン様が尋ねると、子供たちがハイハイと手を挙げる。
「体高は2mだから……4m以上!」
「体長は2.5mだから……タテは5m以上」
「えっと、ヨコは……1.5倍だからぁ……。うーんと……」
「3.75m以上!!」
「正解だ。では、材料を切り出そう。どうしたらいいと思う?」
シオン様が子供たちを見やると、メジャーを持った子供が材料に向かって駆けだしていった。
「ボク、測る! 誰か目印つけて!」
「待って! 設計図! 設計にまず長さ書いて、どこになにが必要なのかとか、どれがどこの部品なのか、ちゃんと目印つけないと!」
年長の子供が声をあげる。
みんな嬉々として資材に集まっていく。
「すごいわ! 私が算数を教えようとしたときは、みんな嫌がっていたのに!」
私はその違いに目を丸くした。
親に捨てられ孤児だった子供たちは、みな自己肯定感が低く、失敗を恐れていた。そのため勉強など評価が伴うことに拒絶感を示し、妨害する子供もいて授業にならなかったのだ。
(だから、私は勉強をさせるのは諦めていたんだけど……)
私は尊敬の眼差しでシオン様を見上げた。
「どうして、読み書き計算を嫌がらずに教えることができたんですか?」
シオン様は照れたように笑う。
「私は学ぶ目的を与えただけだ。勉強がなにに使えるかわからなければ、やる気は起こらない。実際に必要になれば学ぶしかないからな」
「だから、フェンリルの小屋を子供たちに作らせたんですか?」
「ああ。勉強が苦手な子でも、体を動かしなにかを作ることは得意な子もいる。動物が好きな子もいる。でも、小屋を作るにはフェンリルの生態を調べる必要も、小屋の作り方を調べる必要もある。計算してサイズを導き出すことも必要だ。必要だから彼らは学んだ」
シオン様はこともなげに言う。
「私は覚えさせなくちゃとばかり考えていて、そういう発想にはなりませんでした。シオン様はさすがですね!」
「いや、ルピナが毎晩読み聞かせをしていてくれたせいで、話を聞く姿勢や興味の種はできていた。だから、こんなに短期間で育ったんだ」
シオン様は自主的に動く子供たちを見て目を細めている。
「ねー! シオン様! ここは? どうするの?」
「ルピナ様! イチャイチャしてないで、こっちを手伝ってよー!」
子供たちから声がかかり私たちもそちらへ向かう。
子供のひとりがノコギリを木材にあてようとしている。
「危ない! それは私がやるわ!」
急いで子供からノコギリを取り上げようとして、シオン様に制される。
「自分でやることが大切だ」
「でも!」
「困ったときに手を貸す、それが見守りだ」
シオン様に窘められ、私は口を噤んだ。
子供は満足げに鼻から息を出し、ノコギリで木材を切り出そうとする。しかし、ノコギリの歯は薄くベコベコとして、上手く切り出すことができない。
「あーん! このノコギリ変だよ!! 切れないよ!!」
「刃物を持って騒がない! 怪我するぞ!!」
かんしゃくを起こす子供を、年長の子供が窘める。
子供はシュンとなり半泣きになる。
「だってぇ……できないんだもん……。やっぱり、オレ、ダメなんだ……」
ションボリする子供のそばに、注意した子供がやってきて木材の角にノコギリの歯を当て、切り始めの溝を作ってやる。
そうして、木材を押さえて指導する。
「ほら、ここから始めてごらん? ノコギリは板から離しちゃダメだよ。あと、全部引き切ってもダメ」
「こう? そう、そう」
ノコギリを扱う子供の顔がみるみる明るくなっていく。
ギコギコと軽快な音に交じり、木屑がサラサラと落ちてゆく。
ゴトリと音を立て、切れた木材が土に落ちた。
「やったー!! オレも切れた!!」
ワッと歓声があがる。
「すごーい! すごーい!」
「はじめてなのに上手だね!」
皆に褒められ、子供は得意げな顔で鼻をこすった。
「へへへ! ノコギリはオレに任せろ! みんな切ってやるぜ!!」
そう言って、その子はノコギリを振り上げ肩を叩く。
私は恐怖のあまりヒュッと息を呑んだ。
「っ! いた!!」
子供は驚き、不思議そうな顔をしてノコギリを見る。
ノコギリの歯にはその子の血がついていた。
「……え?」
ノコギリの歯が耳に当たり、切れたのだ。自覚がないのか呆然としている。
私はとっさに子供の手からノコギリを取り上げた。







