八章*悪妻、魔塔を管理する(1)
ハネムーンから帰り、シオン様は魔塔へ、私は公爵邸の自室に帰った。
疲れ果てた私は泥のように眠り、目覚めたのは翌日、昼近かった。
まずは、たまっていた新聞にザッと目を通す。
「信じられない……」
ドサリとソファーに身を投げた。
(新大聖女就任パレードが大失敗に終わっている……)
原作にはなかった出来事で、私は大きくため息をついた。
パレードの最後、新大聖女としての祝辞をエリカは失敗してしまったのだ。その際に、シオンの名を呼び泣いたのだという。
そのうえ、真夏のさなかに暑さ対策をせずおこなったことで、市民はおろかエリカ本人も熱中症で倒れたらしい。そのせいで、不吉な予兆といわれてしまった。
(シオン様がいたら、エリカが倒れるような負担をかけたりするはずがないもの。だから原作ではパレードなんてしなかったのね)
私は新聞を読み上げた。
「『大聖女の師である宮廷魔導師シオンの不在が影を落としている』……って、エリカが失敗したおかげでシオン様の評価が上がった……と」
シオン様が正統な評価を受けるのは嬉しいが、心配が勝る。
(宮廷に居場所があるとなったら、シオン様はここにいる意味がなくなるのよね。それに、エリカが窮地だと知れば優しい人だもの、助けたいと思うはずよ)
私は新聞を折りたたみ、はーっとため息をついた。
そうなれば、また原作と同じようにローレンス殿下とエリカに利用されてしまう。それだけは阻止しなければならないのだ。
「シオン様に宮廷へは戻れないと脅迫しておかなくちゃね」
私はシオン様の暮らす魔塔へ向かった。
*****
シオン様の部屋のドアを叩くと、彼は快く迎え入れてくれた。
窓の外にいたカラスが私に驚き飛び立っていく。
机の上には先日の旅行で集めた銀竜草が置かれていた。薬草や魔術に関する本が広げられ、ドラゴンの治療について研究をしているらしい。
私はそれを見て閃いた。
(そうよ! ドラゴンの治療だけでなく、魔塔での研究に没頭してもらえれば、宮廷に戻ろうとは思わないんじゃない?)
脅迫するよりもよい案である。
「今日はシオン様にお願いがあってまいりましたの」
「まずは、そこへ座るといい」
シオン様は私にソファーを勧め、紅茶を淹れてくれる。
(推しのお茶、再び! 今度こそ、保存……なんて無理よね)
私は惜しいと思いつつ、紅茶を口に運んだ。
「不便なことはありませんか? 紅茶の銘柄やお菓子など、お好きなものを言ってくださいね」
「大丈夫だ。不思議なことにここで用意されているものはすべて私の好みに合っている」
シオン様の答えに、私は内心ガッツポーズだ。居心地のよい監禁場所を作るため、長年リサーチした結果が見事に実っている。
「それはよかったです」
「で、願いとは?」
「今までドラゴンの治療をお願いしていましたが、魔塔にもっと踏み込んでいただきたいのです。子たちの教育や魔獣の治療と研究などお願いできますか?」
シオン様は小首をかしげる。
「魔獣の治療と研究をさせてもらえるのはありがたいが……。私が子供のたちの教育?」
「ええ、エリカ様を見いだした実力を見込みお願いいたします」
私が頭を下げると、シオン様は困惑顔を向ける。
「私がエリカを見いだしたわけではなく、あの子に才能があっただけだ」
「どんな才能も適切な指導がなければ芽吹きません」
私が断言すると、シオン様はため息をつき肩をすくめる。
「ルピナが望むなら、やってみよう」
シオン様の了解を得て私は立ち上がった。
「それでは早速、先生として紹介いたしましょう!」
私はシオン様を連れて魔塔の二階へと降りていった。
二階は孤児たちのあそび部屋で、子供たちが駆け回っている。
私は部屋に入るとパンパンと両手を打ち鳴らした。
ワラワラと子供たちが集まってくる。
「ルピナ様だー!」
「シオン様も一緒だー!」
「はーい! みんな注目よ! 今度から希代の大魔導師シオン様がみんなに勉強を教えてくれることになりました!」
私の言葉に子供たちは大はしゃぎだ。
「わーい! シオン様と勉強!」
「ルピナ様怖かったから、シオン様で嬉しい!」
子供たちは大歓迎のようだが、私の悪口が聞こえたのでチロリと睨む。
「わー! ルピナ様が怒ったー!」
子供たちはそれすらもキャッキャと楽しんでいる。
グレーの髪の男の子がやってきて、シオン様を見上げる。
「あ、あの!」
「なんだ?」
「オレ……えっと、頑張って勉強すればシオン様みたいになれるかな? こんな髪でも大丈夫なのかな?」
濃いグレーの髪のせいで捨てられた子供だ。
真剣な眼差しは、祈りすら感じられた。
「私みたいになりたいのか?」
シオン様は不思議そうに男の子を見た。
男の子は大きく頷く。
「だって、ルピナ様、シオン様のことばっか『好きぃ♡ カッコイイ』って言うし! オレ、早く大人になってルピナ様のお役に立ちたいんだ! それで、それで、大きくなったらルピナ様と結婚する!!」
私の声まねをしつつ、可愛らしい決意表明をする。
(けど、変なことバラさないでよ!)
私はあたふたしつつシオン様を見た。
「シオン様、あの、これはですね?」
シオン様はスっと目を細めた。少し不機嫌にも見える。
「ああ、しっかり勉強してルピナを助けてやってくれ」
シオン様がそう言うと、子供たちがブーイングをする。
「なんか、シオン様、ルピナ様の旦那さんみたいな言い方するぅ」
その声にシオン様はバッと顔を赤らめて、顔を逸らした。
私は慌てて子供たちを取りなす。子たちにはシオン様と私の関係を話していなかったからだ。
「はいはい、茶化さないの!」
私が苦笑いをしつつあしらうと、シオン様は子供たちに顔を向けた。
「そうだ。私はルピナの夫だ。だから、ルピナはほかの者とは結婚しない」
そう早口で宣言すると、再度そっぽを向いて首を掻いた。
私は意味がわからず混乱する。
(? ?? どゆこと?)
子供たちが私を取り囲みユサユサと揺らした。
「大魔導師様と結婚できたの? 勝手に攫ってきて閉じ込めてるんじゃなかったの?」
「好きだって言ってたもんね!」
「よかったねー!!」
キャッキャとはしゃぐ女の子たち。
呆然とする男の子たち。
「ルピナ様、ほんと?」
「もう、結婚できない?」
私は揺らされながら天井を見る。
(……まって、いったい、待って……、あんなの、シオン様が子供に嫉妬したみたいに見えるけど、まさか、そんなわけ……)
私がチラリとシオン様に視線を向けると、彼は恨みがましげな目で私を見た。
「ルピナの口から答えなければ信じられないようだぞ?」
シオン様に言われ、私の頭はグルグルである。
「あ、う? えーっと、そうよ! 私、シオン様と結婚したの!」
混乱しつつも事実を告げると、シオン様は鷹揚に頷いた。
(なにそれ、かわいい♡)
キュンとする私をよそに、子供のひとりが自身の髪をつまみながら不安そうに尋ねる。
「ルピナ様は白髪なのに、本当に黒髪でもいいの? 子供が穢れない?」
その子の髪色は黒に近い茶色で、ずっと黒髪の差別を受けてきていた。きっと自分自身が言われてきた言葉なのだろう。
「髪色なんて関係ないわ。私は白髪だけど別に優しくないし、そもそも綺麗な心の持ち主じゃない」
そう笑い飛ばす。
「それに引き換えシオン様は真面目で賢くて研究熱心で、少し自己犠牲が過ぎるところもあると思うけれど、それがシオン様の優しいところで――」
私がウットリとして語り始めると、男の子がワーワー言いながら言葉を打ち消すように大きく手を振った。
「わかった! わかったから! ルピナ様のシオン様自慢はもうごめん!」
うんざりするように言われ、私はハッとする。
シオン様は顔を真っ赤にしつつ、コホンとわざとらしく咳払いをした。どうやら恥ずかしいようだ。
「……と言うことで、みんなこれからはシオン先生の言うことをよく聞くのよ?」
私が諭すと、子供たちは「はーい!!」と元気いっぱいに答えた。







