七章*悪妻、休暇を満喫する(6)
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そうして、私たちは一ヶ月あまりを山のログハウスで過ごした。
昼は山の中を歩き、さまざまな薬草を探す。無事、銀竜草も収穫し、シオン様はその性質を研究した。
夜はテラスで星を語り、各々の部屋で寝る。
幸せ過ぎて夢のような日々だった。
そうして、今日、豪華寝台列車で王都へ向かうことになった。
久々のデラックスルームのドアを開く。リビングに入り、寝室のドアが見えた。ハタと思い出す。
(はぅ! もしかして!)
寝室のドアを開くと、そこにはキングスサイズのベッドが鎮座し、今度は深紅のバラの花びらでハートが作られていた。
私は慌てて花びらで直線を引く。
シオン様が寝室の入り口で私の様子を見て笑った。
「また、最後の夜はまた一緒のベッドになりそうだな」
その穏やかな眼差しに私の心臓がキュッと音を立てる。
(今ならずっと聞きたかったことを聞けるかも……)
意を決して、問いかける。
「あの、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
シオン様の不思議そうな声が後ろから振ってくる。
「あの、あ、あの、最初の夜……私、シオン様を襲ってしまっていたのでありますか!?」
一気に言い切って、恥ずかしさのあまり俯いた。
すると、プッと噴き出すシオン様。
「いいや?」
シオン様の答えに私は脱力した。
「よ……よかったー……」
「なにをそんなに気にしていたのだ」
「……だって、『夫婦なら当たり前のことはした』とおっしゃったから……」
「ああ、一緒に寝るのは夫婦なら当然だろう。それ以外になにがあるんだ?」
無邪気に問われ、心が汚い私は気まずい思いだ。
「ぅ、その、あの……私、……シオン様のことを襲ってしまったのかと」
噴き出しつつシオン様が問う。
「私が無策で襲われると思うのか?」
その言葉に私はホッとした。
(良かったー! 私、シオン様を汚してしていなかったんだわ!)
無意識でありながら、ファンとして最低限の礼節を守っていた自分を褒めたい。
「あの! 絶対! 絶対! 襲いませんから!! 心配しないでくださいね!」
私は振り向きそう言うと、シオン様はクスクスと笑う。
「普通は、女性が襲われることを心配するのでは?」
いたずらっぽく尋ねるシオン様に、私はキッパリと答える。
「紳士なシオン様がそんなことするはずがありませんから! 私は絶対安全なんです!」
ムッフーと鼻から息を吐き答えると、シオン様は肩をすくめた。
「ずいぶん信頼されているんだな」
「はい! だって、シオン様ですから!」
私が当たり前だと言わんばかりに胸を張ると、シオン様は困ったように苦笑いした。
*****
そうして、今度こそ私は寝台列車での最後の晩は徹夜して過ごした。間違ってもシオン様を襲わないためだ。
旅行の最終日、寝台列車が王都の駅に滑り込むと、ホームにはたくさんの見物客が集まっていた。私たちがのんびりしているあいだに、豪華寝台列車アスターは有名になっていたようだ。
「すごい人々だな」
車内からホームを見るシオン様は、呆気にとられている。
完徹状態の私は頭が上手く回らない。頭はクラクラで、疲弊しきっていた。
「そうですか」
ボーッとしながら答えつつ、早く自分の寝室でユックリ眠りたいと考えていた。
(魔塔の子供たちはどうしているかしら?)
帰り道では、シオン様の提案で一緒に魔塔の子供たちにお土産を選んだのだ。
(シオン様そういう心遣いが本当に優しいのよね)
帰宅後のことを考えつつ、プラットホームに降り立つと、ワッと歓声があがった。
皆、白地にピンクのハートが描かれたパンフレットを持ち、私たちに向かって振っている。
「おめでとうございます!」
「お幸せに!」
「私もハネムーンに行ってみたいわ……」
「豪華寝台列車でふたりきりだなんてロマンチック」
歓迎ムードの歓声の中に、羨望の声が混じる。
思いもよらぬ出迎えに私は驚きのあまりよろめいた。そんな私をシオン様が後ろからそっと支える。
(ああん! シオン様、優しい……! じゃなくて!)
「な、なにごとです?」
私の後ろにそっと寄りそうシオン様を私は見上げた。
シオン様は苦笑いする。
「私たちの旅行が『新婚旅行』と呼ばれ、王都で話題になっているらしい。旅行代理店プルメリアが大型キャンペーンをしてるようだぞ」
そうシオン様が指さすほうを見ると、プラットホームの壁に大きな横断幕が掲げられていた。
―― 特別なふたりの甘い旅 新婚旅行はプルメリア ――
私はそれを見て思わずブッと噴き出した。
(私がいないあいだに、プルメリアのみんなが画策したのね……。あまりシオン様を目立たせたくなかったのに……)
頭痛を感じ眩暈する。
「はぁ……、ご迷惑でしたよね? すみません」
私がシオン様に謝ると、彼はなんでもないことのように笑う。
(動じてないところを見ると、シオン様はこうなることに気がついていたのかしら? さすがだわ!)
独自の情報網を持つというシオン様なら、新聞など届かなくても王都の情報を手に入れていたのかもしれない。
「迷惑ではないから気にするな。プロモーションならば、それらしく振る舞ったほうが良いのだろうか? 君が嫌ではなければ――」
シオン様はそう言うと、私をエスコートするかのようにとさりげなく腕を出した。
「!! い! いいんですか!?」
「ああ、夫婦なら当たり前だろう」
シオン様は無表情でそう答える。
「! ありがとうございます!!」
私はギュッとシオン様の腕にしがみついた。
(推しから許可が得られたんだもの! このチャンスを逃しはしないわ!)
思わず鼻から「ムフン」と息が漏れ、ドヤ顔になってしまう。そして、自慢するかのようにプラットホームを見回す。
歓声がさらに大きくなる。
「おめでとうございます!」
「お幸せに!」
「絶対に私たちも新婚旅行に行きまーす!」
みんなパンフレットを振りながら口々に叫ぶ。
(すごいわ。良いキャンペーンになっている。さすがループス商会ね)
私はそう思いつつ出迎えの人々に軽く手を振ってみる。
すると、いっそう大きな歓声が沸き起こった。







