七章*悪妻、休暇を満喫する(1)
列車が止まる。
ここは最初の目的地だ。ここで食料など補給をするために、一日停車することになっている。乗客は町を観光し、希望があれば停車地のホテルに泊まることも可能だ。
列車の部屋を使わなくても料金は割引されることはないので、オーナーの私としては観光してほしい。ちなみに、この町一番のホテルはループス商会系列だ。
鉄道開発と同時に、駅周辺の町も開発したので一等地を使えるのだ。
「シオン様、どうしますか? 町を観光することも可能ですし、車内で待つこともできますわよ」
私が尋ねると、シオン様は車窓の外を見た。
眼下には鄙びた駅のホームがあり、ホームでは『いらっしゃいませ』と書かれた横断幕を持った村人たちが歓迎している。子供たちは小さな旗を振りピョンピョンと跳びはねていた。そういう演出を頼んでいるのだ。
「私が出ることで水を差さないだろうか……」
シオン様は歓迎ムードのホームを見て尋ねる。
(やっぱり、髪の色が気になるのね)
私は、シオン様の傷も理解しつつ、その過去に捕らわれ続けてほしくないと思う。
「シオン様がどうされたいか、それが一番重要です。セレスタイト公爵家に連なる者として堂々とされたらよろしいのよ。見知らぬ他人に配慮する必要などないのですわ」
シオン様は私の言葉を聞き、目を大きく見開いたと思ったら、柔らかく目尻を下げた。
「そうか」
「文句を言う者ものなど気にする価値もない。どうせ、なにもできやしないわ。私の夫になにかしてくるようなら、制裁を加えるのみ」
私はニヤリと笑う。
「たしかに、新大聖女のパーティーはすごかったな」
拉致当日を思い出したようで、シオン様は小さく笑った。
「なら、少し町を歩いてみたいと思う」
「そうですか。私もご一緒してもよろしい?」
「ああ」
私はシオン様の許可を得て、一緒に町歩きをすることにした。
私たちは連れだって駅舎をでた。カラスが驚いたかのように羽ばたいていく。
王都とは違う素朴な町だ。
開発のため私も何度か顔を出したことがあり、村人には顔を知られていた。
しかし、皆、黒髪のシオン様を恐れてか遠巻きに見ている。
(閉鎖的な田舎町だからしかたがないけれど、気分が悪いわね)
私はチラリとシオン様を見る。
シオン様は無表情だ。こういった視線になれているのだ。
その事実に悲しくなる。
私たちは重い空気の中、歩いて行く。
「ルピナ様!」
しばらく行くと少年が声をかけてきた。ダークブラウンの髪のため虐げられ、やさぐれ不良となっていたところを私がカツを入れた相手である。
「あら、久しぶり」
少年はジロジロとシオン様にとガンを飛ばす。
「なぁ、こいつ」
「こいつではないわよ。私の愛する旦那様に無礼は許さないわ」
私が睨むと、ふてくされた様子で食ってかかってくる。
「ぁあん? こんな奴、ルピナ様に似合わない!」
「はぁ? ふざけないで! 私がシオン様に似合わないならともかく! 撤回しなさい!! そもそも、私が選んだものに文句があるの?」
即答すると少年は涙目になった。一歩、さがるとクルリときびすを返し、駆けていく。
「ルピナ様の馬鹿ー!! 旦那とか、いきなり連れてくるんじゃねー!!」
そう吐き捨てる。
「……なんなのあれ?」
私が小首をかしげると、シオン様がため息をつく。
「少し気の毒だな」
「は? 気の毒ではありません。シオン様に無礼を働いたのです。あれくらい当然です」
私が鼻息荒く答えると、シオン様は肩をすくめる。
「そういう意味ではないんだが。きっと彼は――」
シオン様が言いかけているところに、町の人々がワイワイと集まってきた。
「あんた、ルピナ様の旦那様かね」
ひとりの老婆に問われてシオン様は無言で頷く。
「そうかね、そうかね。ルピナ様の旦那様かね。じゃあ、飴ちゃんをあげようかね」
老婆は紙に包んだ飴をシオン様に差し出した。
シオン様は動揺して私を見る。
私は苦笑いしながら、こっそり耳打ちする。
「この人、この町の長老の奥さんで通称『飴配りオババ』と呼ばれてるの。受け取っておいたほうが無難よ」
するとシオン様は素直に飴を受け取った。
「……ありがとうございます」
飴配りオババはご満悦だ。
「うんうん、よい子だ。よい子だ」
そう言って、飴配りオババは去っていく。
(オババにすれば、シオン様も子供なのね)
私はその様子に笑ってしまう。
シオン様は呆気にとられている。
飴配りオババの様子を見て、町の人々は安心したのか、シオン様へ次々と声をかけてきた。
「良くもまぁ、ルピナ様と結婚してくださった」
「婚約破棄されたと聞いていたから心配してたんです。ありがたい、ありがたい」
シオン様を拝む老人。
「どうやってルピナ様を口説いたの?」
「あの人、恋愛音痴でしょ?」
冷やかすような女性たち。
「怖いもの知らずだな……」
「脅されたのか?」
気の毒そうな顔を向けたのは男性たちだ。
「もー! 今日は私のデートなんですからね! 邪魔をしないでいただける?」
私が怒鳴ると町の人々は蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
シオン様は呆然とした面持ちで私を見た。
「……今のはなんだ?」
私は思わず笑ってしまう。そんな顔さえ愛おしい。
「驚かせてしまってすみません。飴配りオババはこの町の通過儀礼のようなものなんです。飴配りオババは自分が認めても良いと思った相手に飴を配るんですが……、あの風貌でしょう? 旅人の多くは邪険に扱ってしまうんです。でも、丁寧な対応をした人はオババに認められ、町の人からも認められるんです」
「オババに認められなかったらどうなるんだ?」
「特に心配することはありません。ただ『お客様』として扱われるだけですよ」
私が笑うと、シオン様は肩をすくめた。
「私は客じゃないわけか」
「そうですね。その扱いが嫌な方もいるでしょうけれど」
「私は意外と嫌ではないな」
シオン様が微笑み、私は思わず目を奪われた。
「? どうした?」
怪訝な視線を向けられて、ハッとする。
「あ、いえ、では少し町を歩いてみましょうか」
「ああ」
シオン様を連れ、私は歩き出した。







