一章*悪女、推しを拉致する(2)
「新大聖女エリカ・クンツァイトの入場!!」
若々しくみずみずしい新大聖女の登場に、会場内が響めきたつ。
エリカは逆ハーレム漫画の主人公だけあって、とても可憐だ。ピンク色の髪と瞳は、バラのように華やかである。
エリカをエスコートするのは私の推しシオン様だ。
(私の推しぃぃぃぃぃ!! 今日も麗しいぃぃぃぃ!!)
パシャパシャとフラッシュが焚かれ、写真が撮影される。宮廷お抱えのカメラマンがエリカを撮影しているのだ。
(カメラマン! エリカだけじゃなくシオン様も取って!! そして、その写真、売ってください!!)
シオン様はエリカとは対照的だった。この国では不吉と忌み嫌われる漆黒の髪を後ろで緩くまとめている。落ち着いて物静かな様子はまるで影のようだ。
カメラマンはあからさまにシオン様の撮影を避けている。
黒髪が嫌われるのに私は納得できない。前世では美しい黒髪は『カラスの濡れ羽色』と褒めそやされるものだった。逆に私の白髪のほうが、加齢の証明で忌み嫌われていたのだ。私もせっせと抜いていたものだ。
しかし、この世界では髪の色は心の色と連動しているという迷信があった。暗ければ暗いほど、心が汚いと思われるのだ。特に漆黒は不義の印といわれていた。
(不義――ね。男は愛妾を持つことが許されているのに、女の浮気は許さないとかなに言ってんだか)
私はしらけてしまう。
シオン様はその髪の色から、パーティーなどにはめったに顔を出さなかった。いつもは、悪意の視線を嫌って人前に出ることは断っていたのだが、今日だけはエリカのために出席したと漫画に描かれていた。
(そういうところもいじらしくて好き……)
シオン様の姿にキュンとしたのは私だけだったようで、会場内はシオン様に対して中傷の言葉が囁かれている。
「パーティーに闇色の男など不吉だわ。カメラが壊れてしまう」
「漆黒魔導師殿はパーティーなど嫌いなのではなくて?」
「新大聖女をエスコートするためなら我慢できると言うことでしょう」
「まぁまぁ、それは、恋に狂われていらっしゃるのね」
誹謗中傷のざわめきにムッとして、私はあえて大きな声でローレンス殿下に尋ねる。
「宮廷魔導師様は、新大聖女様の師匠なのですよね?」
ローレンス殿下はギョッとした顔で私を見た。
「っあ、ああ……。そうだ。シオンがエリカを育てた」
ローレンス殿下の言葉に、周囲は一瞬口を閉じ、しかしすぐに話しだす。
「ああ、自分が育てたと自慢したいのか」
「師なら弟子の晴れ舞台を汚すようなことすべきではないことがわからないのだな」
どうしてもシオン様を侮辱したい人々に、私は反吐が出そうだ。
シオン様は緊張するエリカに優しげな言葉をかけつつ、国王夫妻の前に進み出た。
跪くふたりに、国王陛下が声をかける。
「新大聖女エリカ、またその師であるシオン・モーリオン、ふたりにその証しを授ける」
エリカは、国王陛下直々に大聖女の証しであるペンダントを首にかけてもらう。教会のシンボル白百合を模したものだ。
シオン様には大聖女を育てた師として、勲章が渡された。箱に入れられた勲章を従者がシオン様に手渡す。侍従は、あえてなのか嫌悪感をあからさまにしている。
シオン様は無表情でそれを受け取った。
(シオン様が大人だから怒らないけれど、侍従の分際で失礼にも程があるわ!)
私は内心怒りながらも、堪える。なにしろ、山場はここではないのだ。今から始まる茶番をいかにして、シオン様に有利な展開に進めるか、そちらのほうが重要である。
「では、新大聖女。スピーチを……」
エリカは促されると、立ち上がりスピーチを始めた。左手の中指には、シオン様からもらった指輪が輝いていた。これは、お守りでもありシオンとの秘密の通信手段でもある魔導具なのだ。揃いの指輪をシオン様も左中指に嵌めている。
スピーチの内容はシオン様が考えたはずだ。非の打ち所がない。それを小鳥がさえずるような軽やかなソプラノボイスで読み上げる。
「私、エリカ・クンツァイトは王宮神殿の新大聖女として、『聖なる花園』の管理をおこない、ヘリオドール王国の繁栄を願い『花占い』をおこなうことを誓います。そして――」
貴族たちは心酔するように、エリカのスピーチに聞き入っている。
ローレンス殿下も頬を赤らめ、ウットリと聞き入っている。
この世界の大聖女の仕事は、『聖なる花園』に咲く聖花を自らの神聖力で育て、聖花を使った『花占い』で、事前にモンスターの襲撃や、災害などを予知して被害を最小限にするのだ。
(大聖女の力が大きければ大きいほど、力の強い花が咲き乱れ、占いの精度も上がる……)
聖花はマーガレットに似た形だが、不思議なことに半透明なのだ。注がれる神聖力によって透明度が変わる。純粋であれば純粋であるほど透明に近くなるのだ。
また、聖花は大聖女の神聖力を増幅させる。その聖花からあふれ出る神気が王国を守護しているのだ。また、花自体も聖水やポーションなどの原料になっている。
(平民出身のエリカは貴族出身の大聖女たちと違い、汚れ仕事に抵抗がないから花を育てるのが上手なのよね)
スピーチが終わると周囲は拍手が鳴り響く。
エリカは照れた様子でシオン様に視線を送った。
シオン様は優しげに頷き返す。そして、エリカの背に手を回し、その場を離れるべく促した。
室内楽団が音楽を奏でだす。ダンスの時間になったのだ。舞踏会の初めのダンスは入場時のパートナー同士で踊るのがこの国でのマナーだ。そのため、婚約者や恋人、夫婦や家族であることが多い。
シオン様はエリカと踊るべく、目配せをした。
しかし、エリカはまったく別の方向を見ていた。視線の先には、ローレンス殿下がいる。
ローレンス殿下はエリカの前にやってきて、優雅にダンスを申し込む。
「新大聖女様、俺と踊ってくれないか」
「ロー♡」
エリカはマナーも気にせずにローレンス殿下の手を取った。