一章*悪女、推しを拉致する(1)
(さあ! 今から推しを救い出すわよ!)
私、ルピナ・セレスタイトはこれから始まる茶番に向けて、やる気をみなぎらせていた。
今夜は新大聖女誕生の祝賀パーティーが王宮の大広間でおこなわれている。
本来なら一緒に来るはずのパートナーはここにはいない。
私の婚約者でありながら、違う女にうつつを抜かしているからである。しかもソイツは、今夜私のエスコートをドタキャンし、本人不在のパーティーでなし崩し的に婚約破棄しようとしているのだ。
(ま、計算どおりにはさせてあげないけどね)
ほくそ笑みながら、月白色のショートボブをなびかせて、乗馬服でカツカツと歩く。衛兵達が驚いたように私を見て、顔をしかめた。
この国の貴族女性は髪を短く切らない。長い髪には魔力が宿るとされ、特に野外で活動する必要のない貴族女性は伸ばすことが当然とされた。美しく長い髪は、真摯に魔法に向き合っている証拠なのである。
そんな不文律を破る私は、いつも白い目で見られている。
(だって、短くたって魔力は充分だし。なんせ、動きにくいんだもん。女はパンツスタイル禁止だとか、この世界の常識はナンセンスなのよ)
そう、私は『大聖女エリカの花占い』という逆ハーレム縦読み漫画の中に、主人公エリカをいじめる悪女として転生してしまったのだ。
悪女として転生していたことに気がついたとき、私は狂喜乱舞した。
なんせ、悪女ルピナ・セレスタイトは絶世の美女だ。この国では特別な魔力があるという月白色の髪をもち、誰をも魅了する瞳は青空を閉じ込めたようだと描写されていた。
しかも、セレスタイト家は、このヘリオドール王国で序列第一位、一番の大金持ち公爵家なのである。父は国璽尚書を務め、兄たちも宮廷の要職に就いている。ルピナはそんなセレスタイト公爵の末娘で、家族から溺愛されているのだ。
(どう考えても、どう考えても前世よりいい生活なのよね。悪女だとしても幸せ過ぎるわ)
前世、貧乏で社畜をしながら奨学金を返していた私にとって、今の生活は最高だ。しかも悪女設定なので、わがまま放題し放題だ。どうせ、なにをしても評価など上がらないのだから、人の顔色を窺う必要がない。
(そ・れ・に! この世界には私の推しがいる!!)
この一点において、私は神に心底感謝した。推しと同じ空気を吸えるのなら、『悪女上等!!』なのである
私の推しは、主人公に振られる当て馬宮廷魔導師シオン様だ。最終的には、恋に破れ職を奪われた彼は、傷心の末失踪し物語から姿を消す運命なのだが。
(私の目が黒いうちは、そうはさせないわ!)
青い目でありながらもそう思い、私は悪女の力を利用して、なんとか推しを幸せにしようと奮闘してきた。
今夜はその総仕上げである。
(さぁ! 私を婚約破棄する王子殿下、待っていてね!)
バーンと勢いよく、会場のドアを開ける。
人々が振り返った。
ざわめく会場。
常識を重んじる人々が眉を顰める。
「まぁ、あの格好をごらんなさい。ルピナ嬢はいい年をして髪も伸ばさず……。せっかくの聖なる白髪も台無しね」
「今夜も場をわきまえない格好だわね」
「王宮の舞踏会で乗馬服とは……許されるのでしょうか」
「それどころか、動物や孤児を攫い、変な塔で飼っているそうよ」
「まぁ、恐ろしいこと……」
「セレスタイト公爵も、娘のことになると親馬鹿となってしまうとは。呆れたものね」
「自分の娘が希代の悪女といわれているのはごぞんじないのかしら?」
老婦人たちがコソコソと、しかし周囲に聞こえる程度の声の大きさで、噂話に花を咲かせている。
乗馬服を着てきたのはちゃんと理由があるし、塔で飼っているものにも意味がある。しかし、それを説明してやる義理はない。
私は白いショートボブの髪を掻き上げ、老害たちを鼻で笑った。
「もちろん、お父様にも伝わっておりますよ。年老いた噂ガラスは、加齢で耳が悪いらしく、お声が大きなものですから」
私が言うと、老害のひとりがギンと目を剥く。
「そんな振る舞いをしているから、今夜もエスコートがないのですよ。ひとりで夜会に来るなんて、どんな常識知らずなのかしら!」
私はニッコリと笑う。
「まぁ、不敬。私の婚約者は王子殿下ですのよ? 婚約者もエスコートできない彼は非常識じゃないのかしら?」
にこやかに答えると、老婦人は歯ぎしりをする。
私は軽やかに歩みを進める。目指すは、婚約者である第四王子ローレンス・ヘリオドール殿下である。
国王夫妻が座する玉座より下方に、ほかの王族たちが立ち並んでいるのだ。私も王子の婚約者として、一緒に並ぶことになっていた。
漫画のヒーローだけあって、見た目はいい男だった。
ローレンス殿下は、黄金の髪・黄金の瞳、溌剌とした威風堂々たる姿をしている。軍服姿で胸を張り立つ姿は、王者の貫禄である。
(でも、私の推しのほうがかっこいいのよ)
ローレンス殿下は私を見て、忌ま忌ましそうに吐き捨てた。
「なぜ遅れた。王族より遅れるとは不敬だぞ」
「本日エスコートされる方が、連絡もなく迎えに来なかったもので。待っていたら遅れましたの」
私の返事に、周囲の王族たちは何事かとローレンス殿下を見た。マナー違反はどう考えても彼だからだ。
(普通なら、ドタキャンされた時点で空気を読んでこの場に来ないと思ったのでしょうけれどね。甘いのよ。私は悪女ルピナよ? 売られた喧嘩は買うわ!)
事実、漫画上のルピアも同じように考えたのだろう。遅刻してこの場に登場し、無様に公衆の面前で婚約破棄されている。
(私は、漫画と同じ轍を踏むつもりはないけれど、あえて同じ行動を取らせてもらうわ)
私は嫋やかに微笑み返した。
ローレンス殿下は怯む。
「……しかもそんな格好で、俺に恥をかかせるつもりか?」
「不満があるなら婚約者様がお気に召したものを贈ってくればよかったのでは?」
(まぁ、今から婚約破棄するつもりの相手にドレスなんて贈れないでしょうけれど。贈られたところで受け取るつもりもないけれど)
サラリと答えると、ローレンス殿下はムッとする。
「ドレスを用意しなかった俺への当てつけか。金持ちのくせに意地汚いな」
「いいえ? わけあってこの服装ですのよ」
私は艶やかに微笑み、入り口を見つめた。
今から、本日の主賓、新大聖女が入場するのだ。そう、この物語の主人公エリカである。
(そして、私の推し、宮廷魔導師シオン・モーリオン様もご登場よ!! きゃー!!)
猛る心を抑えつけ、今か今かとドアが開かれるのを待つ。
ファンファーレが鳴り響き、ドアが開かれた。
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