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2話:追い詰められて、TS②

 翌朝、ネトゲで贈り物をくれると言っていたフレンドと会話する。

 すると、やつは例の液体の入ったビンが贈り物だと言ってきた。


「そうだよ、ボクの贈り物。どう? もう飲んでくれた??」


 いや……え? 俺のフレンドにリアル情報把握されてるんですけど怖……。おっさんだけど怖。となった俺は、冗談だという可能性にかけた。


「またまた。さすがこのゲーム一のトリックスターと呼ばれるだけあって人を驚かすことがうまいな。けどレレム、お前に俺の本名とか言ってないだろ……だろ?」 

「佐藤 貴明、二八歳。住所は某港の街の温泉の近く。太閤さんの湯、好きだろ?」


 おいおい……。


「洒落になってねえよ、レレム。お前なにがしたいんだ? 俺を怖がらせておもしれえのかよ」

「ん? いや、ボクとしては五年もこのゲームをやっていて、唯一ここまで続いた縁のある君に幸せになってほしいだけだよ」


 言っている意味がわかんねえ。けど俺に幸せになってほしいというのが本心だってことはわかった。

 思い出すのはレレムの魔法だった。トリックでもなくレトリックもない本物の魔法の数々。とにかくあのビンの液体が本物で”美少女にTS”できることはよくわかった。

 なぜならレレムはもともと意味のわかんねえ言動は多いやつだが、その心は曇りのないスカッとしたやつだと知っていたからだ。だからこんな俺でも縁が続いている。お互い様だがな。

 だからレレムはどっかから俺の個人情報を仕入れて、俺が喜ぶと思ってあの贈り物を送りつけたってことは確定だし善意からそうしているのだ。

 レレムの話はいくつも思い出す。


 ――例えば最初の印象的なことは、ギルドの多人数が参加するバトル。通称『戦争』で優勝がかかったときに、何台もの相手のPCをシャットダウンさせて操作キャラを動かせなくして勝ったことがある。後から運営にバレるかと思ったが、なんとか誤魔化していた。PCに熟達しているということなのかもしれないが、企業は追求しただろうし、それを躱したのは魔法のようではある。

 ただ噂はあって、なぜそんな事をしたしのかとプレイヤーにレレムが聞かれたときに、だってみんなと一緒に優勝したいからと言っていた。本当にそれだけを言ったようで、あまりに単純な動機から逆に疑われなくなったということもあった。俺はレレムに事件のことを確かめたのと、そういう裏技を使わずちゃんと勝ちたいんだと伝えると、ごめんと謝った。公にはされなかったが、その事件が再び起こることはなかったので、みんなの記憶からは薄れていったけれど。

 他には、今日が良い日になるかどうか言い当てるのだ。起こることまでは言い当てられないが、解釈次第だけどね、とそれっぽいことも言いながら、良い日かどうかを当てる。それは俺以外にも言っていて、頼りにしている女の子も結構いたくらいには正確だった。

 それから好きなことがまた変わっている。


「お前そのポーズほんと好きな」

「うん。アイーン」


 この動きをログイン時とログアウト時、初めての挨拶のときに必ずするのが決まりだった。


 やることのタガが外れていて、でもお人好しで、変人。面白いやつ。そしてまるっきりの善意で動いている。俺の中でレレムはそういう評価だった。

 それから大事なこととして、レレムは嘘を言わない。だからあの薬は本物。嘘みたいな話だが、本物なのだ。

 うーん、なるほど。


「わかった、ありがとう。けど今は飲まねえな」

「なんで? そろそろ限界じゃない? ニート生活」

「ずっと誤魔化してたけど、掴んでるわな。けど状況が変わったんだ。今一人でサバイバル中で」

「なるほど。お父君達は決断したようだね」

「ああ、だから今はいらねえ」

「じゃあ必要なときに……」

「それより俺もお前の個人情報教えろ。ズルいだろ」

「実は美少女JCで本業はエロ漫画家なんだ。もちろん処女だよ」

「ねーよ」


 それからたわいない話をしてその日のゲームは終わった。


「持つべきものは友……なのかねえ」


 俺はとりあえずゴミ置き場近くにおいた液体を自分の部屋のこたつの上に持ってくる。


「すぐハイそうですかとは飲めんわな」


 一人のサバイバルを楽しみたいってのもあるけどそれ以上に、

「上手くいく」かもしれないって希望よりも、“俺自身”を捨てる怖さの方が勝ってる。

 自殺して来世に賭けるという、それよりかは安牌だろうが。

 それに、美少女になってお望みの人生を歩めるって?

 俺の人生は負けですってことじゃねーか!

 悩みも苦痛も葛藤も後悔も……俺が俺を否定することと同じなんじゃねえのか?

 ——それって、本当に俺の望みなのか?


====================================


 はあ~……。洗濯物、今日もか。当たり前だけど。

 俺は洗濯機に入れる前の適当に脱いでそのままな洗濯物から目そそらす。しまった、こちらも同じく溜まっていく洗っていない水場の皿が目に入る。そこから排水溝のネットを想像する。うえー……それは当然ヌメっている。一人暮らし、やること多すぎん?

 俺がサバイバル生活を始めてから今日で一週間だが、ちょっと挫けそうになっている。


「さて、履歴書を買いに行こうかな」


 洗濯物の皿洗いも買い物終わってからすればいいだろ。まだ朝の十時だし。

 俺は顔を洗って、寝間着のまま近くのコンビニへと歩いた。


 ん? なんか地味な女がいるなあ。

 俺はコンビニに行く道に抜けるために商店街を歩いていると、白とベージュ色の服というTHE地味な若い女を見た。ロングスカートで胸も出ておらず、なんというか、お前女盛りじゃねえのかよ、と心配するほどの子だ。

 それから気付いた。モブ子である。制服脱いでも歩く無味無臭だ。彼女はバニラのアイスクリームを頬張っている。

 俺はその顔があまりに幸せそうで、思わず食い入るように見てしまった。モブ子はそんな俺に気づきビックリし、


「「あ」」


 声が同時だった。モブ子の持っていたアイスが地面に落ちそうになる。

 バシッ! 俺は自分でも気づかないうちにダッシュして、地面に落ちる前にそのアイスを拾った。

 けれど……。


「すまんモブ……いや君」


 アイスは俺の手で直接握る形で救ってしまったのだ。これでは食べられない。とっさの判断でダッシュできたのは正解だったが助けられるようなものは持っていなかった。


「いえ、ありがとうございます! 足、早いんですね」


 そんな事を言いながらモブ子はハンカチを出してくれた。


「ん、ああ……」


 白いハンカチだ。女子からのハンカチなんて俺の人生にはなかった。

 足が速い。そんな特技のことなんて小学生以来忘れていた。部活も陸上じゃなかったしな。

 

「アイスは私がこの袋に入れますね。本当にありがとうございます」

「あ、ああ。えっと後でハンカチ返すよ」


 ってなんだ後でって。さも知り合いみたいに言ってんじゃねえよ俺。そりゃこっちは勝手にモブだなんだと言ってるが……。


「いえ、いいえですよ。すみません」

「そ、そうか?」

「はい。じゃあもう行きますね」


 モブ子とはそれで別れた。女子と話したのは本当いつ以来だ。モブ子は、いい子なのかもしれない。今の、薄汚い俺でも嫌な顔をしないから。

 そこに関しては俺が悪いのだけれど、ここで棘のある対応をされると傷つくことは想像できる。

 いや、というよりそれで傷ついているのはいつもか。街を歩くたびに。慣れたけれど。

 だからちょっと興奮気味に、帰ってきて履歴書の必要事項を埋める。もちろん嘘をついて空白はできる限り消してある。ただ埋まらない箇所があった。写真だ。


「散髪……いるよなあ」


 服を買いに行く服がない……じゃないが、散髪に行く勇気がない。我ながらボサボサの髪に嫌悪感を覚えるのだが、だからこそ切りに行きたくないという矛盾した恥ずかしさを感じるのだった。

 切りに行きたくないから先延ばし。で、また伸びる……親に優しく注意されて重い腰を上げる。それが今までの俺のお散髪のおセオリーだ。

 恥ずかしいわ。

 俺はエイヤッと金を掴んで家を出た。目指すはおっさん向けの散髪屋。適当に短くしてもらおう。

 なんでこうスムーズに少し勇気が出ているのかといえば、JKになれるTS薬のおかげかもしれない。

 本当に詰んだと思ったらそうすればいいという安心感で、俺は行動できているのだ。

 

 散髪が終わった俺は美肌に見せる機能のついた写真機で履歴書用の写真を撮る。ふむ、ブサイク二割減といったところか……戦えるな。それはバイトの採用担当者であって間違っても女ではないが。


「はあー、疲れた。ゲームしよ」


 俺は日々増えていく洗濯物を横目で見つつ、毎日のクエストという必要かつ最重要の日課をこなすのだ。しかし、


「あれ? PCの電源入んねえぞ」


 そんなバカなと思いつつ何度かスイッチをいれるが電源はつかない。

 まさか!

 俺はあることに気がついて部屋のスイッチをパチッと入れてみる。が、やはり灯らなかった。慌てて下に降りて手近な冷蔵庫を確認。冷たくない。それからブレーカーを確認したがブレーカーは入っていた。これはもう思いつく理由は一つしかない。俺は外に出て郵便受けを探ってみると、やはり。


「まさか電気やガスとかが止められているとはなあ」


 置き土産……のようなものなのだろう。改めてお金の入っていた封筒を探ると、手紙といっしょに電気ガス水道を解約したという通知も入っていた。

 これも自分で契約し直さなきゃいけないという事のようだった。念が入っているというかなんというか……。

 ま、そんなことぐらい一人でできるさ。

 けれど、その考えは大きくハズレていて俺は薬に手を伸ばしかけたんだ……。

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