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1話:追い詰められて、TS①

貴明たかあきくん、ご飯置いておくわね」


 部屋の扉の向こうから母親の声がする。

 チッ。うっせーな、ババア。俺はネトゲの高難易度レイド回してんだよ。飯とかいらねえから。

 俺は白に近い金髪の可愛い、コートを羽織った大剣を持つ美少女キャラクターを操作する手を止めて目だけで振り返る。

 無職の引きこもりゲーマーの垂涎。それが自分で作成した美少女キャラを操作している瞬間なのだ。


「じゃあね、お母さん達ちょっと留守にするから。お金は置いていきますからね」


 あ? 何の話だ……?


「はいはい」

 

 生返事を返す。ババアの遠ざかる足音がする。

 ゲームに集中していてババアの話があまり聞こえない。俺は操作キャラの尻を見た。小さく揺れてクるものがある。金髪は風になびいて、控えめな胸とむき出しの脚が今の俺のトレンドだった。留守にする? 出かけるってことか? そんなことの報告でいちいち邪魔するな。

 ……そういえば今日は、ゲームのフレンドに三キャラ目のレベルカンスト祝の贈り物をもらう日だった。あいつはINしてねーな。

 そのことに気を取られて、ババアに何を言われたかわからない。ま、どうでもいいか……。

 どうでもいい、どうでもいい。俺の人生がどうでもいいのだ。

 どうでもな詰んだ人生はゲームしてオナって終わり。享楽にふけって楽しさを味わうだけだ。

 負け負け、負け負け、負け続け。大学受験に失敗して……あれはもう10年も前か。早いな~。けれど、もう忘れたが。街で出くわしたクソ同級生どもは結婚してたけどな、クソが。

 思い返せばあの辺りから狂ってきたんだよな。どうにも学校に馴染めなくて友だちもできなくて、便所で飯食ったこともあったな。場違い。そう考えるとさらに遡って原因は中学か? ふん、十五年近くを俺は……。

 何が足らない? 勇気か? だろうな、分かりきってる。

 でも勇気っていうやつは分かっていてもダメなんだ。一歩踏み出さなきゃいけねえ。

 そんな事もわかっている。別にバカじゃない。バカのほうが良かったのかもしれない。

 いや、どうでもいい。

 とにかく俺の人生は終わってる。終わり続けている。別に変えようとは思わない。

 だって無理だから。


「はぁ~あ。楽勝。なんか食いもんあるかな」


 自分でも気づいている。ため息が死臭を帯びているように暗い。いや、いい。

 高難易度と言われるが、俺の腕からしたら大した事ないネトゲのコンテンツを終わらせる。

 俺は廊下に置いてある飯は無視する。書き置きらしいものが見えたが、それも無視だ。軋む階段を降りてキッチンにある冷蔵庫を開ける。

 ちっ、なんもねーのかよ。

 冷蔵庫の中を見たが、美味しそうなものはない。あとコーヒーを牛乳で割りたいが牛乳がない。財布に金もない。いや、なんか金を置いておいてるんだっけ?

 二階に戻り廊下の飯の横に封筒があったのでそれを中身を見ずに取り、あまり深く考えずに牛乳を買いに近くのスーパーに行った。

 スーパーに行く道を歩いていると、道路にアリがいたので潰さないようまたいで歩く。


「ん」


 そうしていると、前からスカート丈が流行りからすれば長い女子高生が歩いてきた。

 モブ子だ。俺がモブ子と呼んでいる女がいる。

 今日は試験で昼までか。

 モブ子。モブの高校生。たまにすれ違う近所の子だ。ただそれだけで、何年生で何歳かとか名前も知らない。ただ顔や雰囲気が芋臭い、目立たない感じで、いかにもモブっぽいからモブ子と勝手に名付けて心のなかで呼んでいる。

 スーパーで夕ご飯の支度を買っていたのか、小さめのマイバッグからネギが出ていた。そしてその夕ご飯を思い浮かべているのか顔がほころびている。その感性がモブだというのだよ。


 ――モブ子と目があった。

 

 彼女はぎゅっと口をつぐんで目と首をそらした。

 

 ――チッ。


 女なんて。俺は仕返しに長めのスカートから出ている足を睨むように見る。

 ふん、芋臭いくせに、ちょっとでも男に好かれようと手入れはしているんだな。

 スカートも比較的長いけれど、それでもちょっと短くして色気を出しているのは察している。

 どうでもいいがな……あ? 気づくと左手で封筒を握りつぶしていたが、その違和感にギョッとなる。

 多いのだ、中の札が。

 俺は一人になろうと、スーパーのトイレに駆け込んで個室のドアを閉める。走ってくるときに視界の端に見たモブ子は、何故か俺の方を心配そうに見ていたが、彼女のことは忘れた。


「ええ……?」


 封筒の中には三十万という金が入っていた。



「おいおい……」


 俺は慌てて家に帰り、書き置きを手に取った。

 そこには自分たち親は今まで俺を甘やかせすぎた。これは自分たちの責任で、その責任をどう取ればよいか二人で話し合った結果、俺を”置いていく”という結論に達したということが書かれていた。

 察する。


「あれか、ライオンは子どもを崖下に突き落として這い上がってきた者だけを子どもに迎える……みたいな」


 いやぜんぜん違うか? いや違うとも言えないか? 

 混乱し、額に冷や汗が吹き出て心臓はぎゅっと押しつぶされそうだ。


「ババア……ジジイ……いや」


 怒りを爆発させようとして、ふと冷静になる。そうだ親心だ。

 間違いなくそうなのだ。

 それを見抜けない俺じゃない。そこまで俺の心は歪んじゃいない。しかし……。

 ドンッ! 畳を足で蹴る。

 落ち着け。俺は自分にそう言い聞かせて、外の空気を吸いに、もう一度牛乳を買いに出た。




 ダイニングでコーヒー牛乳を飲んで落ち着く。

 封筒から出た金を見る。

 母さんたちは本気なのだろう。じゃなければこんなお金は置いていかない。

 三十万といえば一人で自活する準備資金としては多いくらいだ。

 過保護である。そこは抜けきれていない。けれど本気。


「そういえば洗濯……」


 今日は5月の行楽日和である。洗濯は親まかせで、もちろんしていない。

 自然とそんなことに気持ちが移ってきた。

 けれど俺はやっていけるのか? この一軒家に一人で……。カップの中身を飲み干し、これも洗わなきゃなとキッチンに行く。

 ま、やっていくさ。キュッキュとコップを洗いながらピカピカにすると結構気持ちいいよなと、アタリマエのことを思い出す。

 一人でのサバイバル……待ち望んでいた変化、かも。悪くないか? 

 自己中心的だなと自覚しつつそんなことを思う。その時、


 ピンポーン。

 そう呼び鈴が鳴った。


「はーい」


 出ていって受けとったのは小包。

 俺宛ではあるが記憶にない。ま、毎月いっぱい通販で買うから覚えてね―んだけど。

 ああ、これからはこういう買い物も制限しなきゃなのか、そこはクソだな。

 とりあえず小包が何だったか考えながら段ボールを解く。

 中には、


「あ? なんだこりゃ」


 厚手のガラスビンとその中に紫の液体。そして怪しい、怪しすぎる注意書きが書かれていた。


 ”さらばっさん人生。ようこそやり直しの望むがままの美少女人生!! ←絶望したら飲みましょう お祝いの品です”


 とあった。意味不明である。いや、意味はわかるか。でも文字の意味はわかっても、この物体の意味がわからない。ヤバい。てかヤバいってなんだよこれ。

 さらば汚っさん……ストレートな物言いだな。そこは嫌いじゃないが、こんなのが送りつけられるってことは、どっかカードとかを登録したところから個人情報が漏れたとかなのだろうか。てかこれがお祝いの品って……感性が怖すぎる。


「はあーあ」


 せっかくコーヒー牛乳を飲んで、ちょっとやる気になっていたのに意気消沈だ。

 やめやめ。今日はゲームして寝よう。これからのことは明日考える。

 やろうやろう明日やろう。明日は

 そう思い、怪しいビンを丸めてゴミを捨てる場所の近くに置いた。

 美少女になる……。なりてえよそりゃ。自分の部屋に行くまでにある姿見で一瞬チラッと自分を見た。腹の出た汚っさん……うっせえわ。これでも毎日一時間歩いてちゃんと風呂入ってる。

 お前が思うより健康だ! そう、謎の送り主に悪態をついた。

 でも、例えば俺のゲームの操作キャラのようになれたら? 人生は変わるだろう、確実に。

 だってこの世は不公平さ。持ってるやつが勝つ。出来レース以外の何物でもない。最初からスタート位置も違うし、夢中になれる、努力できるってのも俺にはない。どうしようもない。

 いや、少し違うか。俺は夢中になれるものはある。ゲームをやっているときは幸せだ。

 でも別にすごく上手いとか、トークができるとかじゃないんだ。ダメなのは試して分かってる。


 だから変わりたいんだ。どうにかしたいんだ。生きたいんだ。惨めに死にたくないんだ。

 そりゃ、誰だってそうだ。俺だってそうさ。でも魔法はないんだ。


 そんな魔法がないから、みんな現実を逞しく生きてるんだろ。俺には無理だけどさ。草も生えるよ。そう、そっとため息を付いて俺は部屋に戻った。

 

よろしくおねがいします

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