第5話狩猟者
前に投稿した話をいろいろと改変しました。
「あらぁ~。子ネズミさんたち、こんなところで何をしていらっしゃるのかしらぁ~」
マンドレイクにロープを巻き付け、いざ収穫のときだと張り切っていた、まさにその時。いつの間にか、その女は触れられるほど近くに接近していた。
ここは畑。日当たりのよさを確保しようと木は切られ、草もない。耕地面積を確保しようと平坦で見晴らしもいい。身を隠す場所どころか死角すらないというのに、ぬるっと俺たちの背後を取っていた。
もしや混血! と驚き歪む顔を無理やり平常に保ち声がしたほうを見た。
年のころは16から17。俺たちと同じくらいだろう。
大きくどこか眠たそうな瞳は温和さを感じられる。
こんな危険な森の中では、異質でしかないワンピースも彼女の清楚な雰囲気を補強していた。
学校のクラスにでもいれば、控えめな印象からトップに立つことはできないだろうが、さぞ周囲の男どもがちやほやするだろう、野に咲く花のような女だった。
「一体何の用だ、人間もどき」
混血を侮蔑するために生まれた差別用語を口にしたが、人間と一切姿形が変わらないからこそ、本当に混血なのかと俺は確信が持てなかった。
「あらぁ~、銃に手をかける。その意味を分かっていらっしゃるんですよね?」
だが警戒だけはさせてもらうと、懐にあった銃にと手を伸ばすのだが、見透かされたようにその動きを把握された。
もしや、こいつ気による感知ができるのかと、相手の力量の想定を数段あげるが、向こうもまた、こちらが武器を持っていると確認し、これまでの世間話のようなノリではなく構えを取った。
同じく気功を習得しているからこそ、人間もどきが全身に気をまとうのが分かる。
そもそも気功というのは、魔術を初めとしたこの世ならざる理をこの世界に引っ張ってくる行為ではなく、この世界の理というべき、生命が持つ力を高める技術ををいう。
この世界由来の技術だからこそ、事前準備がいらず、同時使用に様々な制約がある魔術とは違い他の魔術と併用が可能という性質がある。
「これは忠告です」
言葉とともに拳が振るわれた。
ただ拳は空を切ったはずなのに、俺の横を何かが通り過ぎたのを教えてくれる。
これが硬気功。
物質の硬度を増したり、全身を鎧を着込んだように強化できる。
「武器を捨てて投降してください。でないと、その殺気のせいで私も強硬策をとらなくてはなりません」
そしてこれが、見気。
相手の感情、もしくは先の行動を読み取る力だ。
「畑に勝手に出歩いたことは謝る、だが、まだ縄をかけただけだ。別に犯罪ってことでもないよ……」
俊樹と美香が、背後で武装を解除していた。
こいつらの恐ろしさを知らないんだろうな。だが、俺はこいつらの甘い言葉に騙されない。この悪魔がただ俺たちを逃がすはずがない。
先手必勝! 俺は懐にしまったあった銃を抜き発砲した。
「ちょ、待て、お前! 何故だ、何で打ったぁ!!」
後ろで、俊樹がマンドレイクにも負けないよう、腹の底から空気を吐き出す。
「怪しい真似はするな!! お前は気をまとっているから、当たってもあれくらいで致命傷にならないだろう。だが、獣用のライフル弾なら、そんなちゃちな鎧くらい貫くよな!」
今、威嚇射撃したのは、まだこいつが人外かどうかわからなかったからだ。
「えっと、単なる密猟者と思っていたのですが、もしかして暗殺者?」
銃口を向けたまま、とにかく少し離れている場所で作業していた二人に近寄るべく、じりじりと後ろ脚で下がっていく。
「お前ぇ! 何でだ! まだ、相手は何もしてないのに! 何で撃ったぁ!!」
恐らく、目の前にいるのがいまだに人間だと思っているからか、俺を止めようと暴れまわっている俊樹を美香が体を使って止めているのだろう。
体と体をぶつける鈍い音が聞こえた。
「待ちなさい、相手は銃を持ってるのよ。ぶん殴って、その拍子に暴発したらどうすんのよ」
ようやく、すぐそばまでやってきたことで、俺は二人の表情をみれた。
俺の見方をしてくれていると思っていた美香の表情はどうしてか、恐怖にゆがんでいた。
理解不能な化物に遭遇した時のように、制御不能の猛獣が今まさにその牙をふるうように、相手を刺激しないようにと、すぐ危険な何かから離れようと身体が張り詰めながら。
あろうことか、こいつらはその恐怖の表情を俺に向けていた。
「違う、俺はそんなつもりじゃ」
その恐怖にゆがんだ表情を見たことで、俺の中で迷いが生じた。
このままでいいのか、俺がこいつらをここに連れてきたんだ。最後まで責任を、だが、どうやって。
「止まれぇ!!」
思考が混乱し、頭の中で天秤が復習と友情で揺れたその瞬間。
あろうことか、人間もどきが仕掛けてきた。
止まれと言って放った、威嚇射撃をもろともせず、ただ真っすぐにこちらに歩いてくる。いかれているのか、それともただ死にたいのか。
俺にはわからなかった。
「さぁ、地面に足をついたうえで手は頭の上に」
要するに映画で軍人がテロリストに対して要求する姿勢だ。
俺の要求に人間もどきはバカにしたように笑うだけ。
いまだ止まる様子はない。
そして……。
「お前本気か」
人間もどきは絶対に銃を外さない距離、つまり、俺たちの目と鼻の先にいた。
「……。一つ言っておきますわ。マンドレイクを置いてみじめに地面にはいつくばって許してくださいとお願いしますと口にすれば今回の一件は水に流しましょう」
「誰が人もどきに」
「本当に見逃してくれる」
「とにかくここは逃げろよ」
上から、俺、美香、俊樹の言葉だ。
全員の意見が見事にバラバラだった。
そして、いまだ余裕を崩さない、人間もどき。
気がつけば、この場は人間もどきに支配されていた。
どうしてだ。どうしてこの状況で落ち着いていられる。
考えられるとすれば、--混血特有の魔術か。
それならこの異常事態でも落ち着いていられるのにも納得だ。
しかし、今この状況、引き金一つで命を奪える。以前有利なのは俺のはずだよな。
「もうやめてと」と泣き叫ぶ美香の声。「お前バカか、なんでこんなことするんだ」とこちらを非難する俊樹の声が今ではどこか遠くに聞こえる。
何せ、俺は化物と激しい攻防をしているのだ。
ーー迷わずに。だが、もしカウンター系の能力だったら。どっちだ、どっちが正解だ。
迷いが引き金を重くした。
「あなたの敗因を教えてさしあげます。人撃ったことないでしょう」
人間もどきは呆れたように笑った。
同時に、その姿が俺の視界から消えた。
不意を突かれた、取り戻さないと、と引き金に指をかけるよりも先に銃口が掌によって押し上げられ、体重を乗せた体当たりによって体制を崩され、そのまま足を刈り取られた。
そのまま地面への落下。
人間もどきの勝ち誇った顔が瞳に映る。
きっと、俺は負け犬みたいな顔してるんだろうな。
と、俺は第三者的な視点でこの場を分析していた。
ーーこのまま、このまま終われるかぁ!!
だが、すぐに我に返る。
落下への恐怖。この程度で終われるかという意地。
その二つが重なり合い溺れる者は藁おもつかむということわざの通りに俺は手じかな木の枝をつかんでいた。
ああ、これは枝が折れて地面に倒れこむな。と相手は予想しているのだろう。
ワンピースからその素足が零れ落ちることなんて気にも留めずに、俺を即座に拘束できるように足を振り上げている。
きっと、落下と同時に蹴りが来るな。
「残念でしたぁ!!」
しかし予想に反して木の枝が折れなかった。木の枝のしなりで俺は上体を起こし、女の顔面におもいっきつ頭突きを食らわせてやった。
自分でも同じことをもう一度やれと言われたら絶対にできない、いくつもの偶然が重なり合った末の奇跡がごときはめ業。
これで人間もどきは体制を崩し、俺は追撃にと、人間もどきの顔面に蹴りを加える。
これがお前が俺にやろうとしたことだ。
「おま……その力……は」
「残念だな。俺には人間もどきと交渉する舌は持ち合わせていないんだ」
時間稼ぎかな。
そんなものに引っかからない俺はさらに追撃をと、足を振り上げたのだが。
「もうやめろよ! 女の子が怪我して倒れてるんだぞ! これ以上暴力で解決しようとすんな」
俊樹が俺に組み付き拘束する。
「目を覚ませ、こいつらは人間じゃないんだぞ」
「だとしても、傷ついた女の子だ!!」
こいつらは人類の敵なのだ。だから情けなんてかける必要ないのに、俊樹は俺を離さない。
そして、この争いは人間もどきが逆転の一手を打つには十分な隙だった。
後頭部に雷鳴のような衝撃が走った。
俺がさっき利用した木の枝が再びしなり俺の後頭部を殴りつけたのだ。
だが……。
そう、明らかの常識では説明できない不自然な動きだ。
ーーもしや混血の能力か!!
という結論が出たが、脳震盪からまともに動けずに人間もどきに見下ろされる現状では種の予想をするも、それが何かの役に立つはずもない。
「さてと、では改めて質問しますが。あなたはいったいどこから雇われた暗殺者ですか」
は? こいつはいったい何を言ってるんだ。
「まってくれ、確かにこのバカが逆上してあんたに暴力を振るったことは認める。素直に悪いと思ってる。
でもさ、いくらなんでもその考えは的外れだろ。
俺たちはただここに金になるからマンドレイクを狩りに来ただけで」
「綺麗なバラにはとげがあるって言葉をご存じ。
これは私自身長い間勘違いしていたことだけど、あの棘って動物から食べられないようにするためではなくて、他の植物に絡みついて倒れないように支えとするために存在するそうよ。
つまり、バラの棘というのは一度絡みついたら対象を離さない」
「もう一度言います。あなたは一体どこの回し者かしら」
こいつバカだな。
普通こんな不確かな情報を自信満々とか。
「は、さすがは人間もどき。頭の出来の低能さが伺いしれるな。
そんなでたらめな仮説を自信満々に口にするなんて」
「そんな馬鹿気た言葉を私が信じると思う。
あの木を強化したのは気功だった。
練度自体はそこまで高いものではなかったけれど、そんな特殊技能があなたみたいな十代の人間でホイホイ使える人間がいるわけないでしょう」
「何言ってんだ。こいつは俺たちとずっと一緒に居たんだぞ。そんな、そんなことが」
「ああ、そうですね。
これはあくまで直感ですが、あなたは嘘をついていないようですねぇ~。
抵抗されてもめんどうですから地面に伏せて耳をふさいでくれませんか」




