第37話口論
「まずは謝罪を。はっきりと言う、お前らのことを舐めていた。
身が傷つこうとも敵に牙を突き立てる。
凡夫だと思っていたことをこの場で詫びよう。間違いない、貴様らは誇り高き武士だ」
大物ぶって、自信満々で上から目線で語ってはいるが、その頬からは冷や汗が滴っていた。
客観的な事実として、徳子は今追い詰められている。
そもそもの話、写真なんてものは紙よりもほんの少し強度が上なだけ。
爆発の中。ほとんどが燃え尽きていた。
さらに、狼煙が上がったのだ。これから恐ろしい混血の親玉が来るのは間違いない。
追いつめているはずなのに、この場にいる全員が今の彼女こそを最も恐ろしいと感じていた。
肉体的に衰えたからといっても、精神的には絶好調だからだ。
これまでは敵をただの雑草程度にとらえていたのが、戦う相手が自分を脅かしかねない強敵と今では認識していた。
油断、慢心。それらがないというのは、単なる心構え以外の何ものでもありはしないが、どこまでも恐ろしい。
だが、結論から言うのであれば徳子は本気を出すべきではなかった。
「さすがにさぁ、殺しは駄目でしょうよぉ!!」
前方に注意を向けたからこそ、後方からの不意打ちに対応できなかった。
「あなたは爆炎に飲み込まれたはず、どうしてそこまで動けるのだ!!」
そこにはこれといった外傷がない波子三がいた。
そして、契約が履行された。
波子三から放出される圧力が一気にしぼむ。
言霊の契約を破棄したからこそ、魔力を扱えなくなったのだ。
それでも、その手に持った釘バットは身代わりもまともに使えない徳子の体をえぐり、見るも痛々しい損傷を徳子に与えた。
――わからん。何故こやつは無傷なのだ。
もはや気しか使えないと分っていても、徳子は戦士として相手の種が何かと考え込んだ。
――考えられるのは三つ。新しく人型を作ったのか、どこかに隠し持っていたのか。あるいは高時が盾になったのか。
西行のカバンの中には波子三から手渡されたいくつかの武器が入っていた。
人型によるダメージの押し付けを得意とする彼女の武装はコンボを前提として呪詛系統が多い。
――だが、人型はすべて私が破壊したはずだ。
そんな風に戦場の中でも彼女は思考を進めるが、いよいよその考える余裕すら保てなくなってきた。
顔面、顎を狙った強烈な一撃を波子三が繰り出したからだ。
何とか手を挟み込んで防ぐが、それでもふっとばされ地面に倒れこむ。
だからこそ気が付いた。
高時が這っている地面に人形の燃えカスが落ちていることに。
――まさか、あの時か。
波子三からの一度目の不意打ちを受ける前。
マンションでの逃走劇の最中に徳子は気配を読み間違えた。
――あの時感じた気配の分散。これが理由なのか。
そして、単なる勘違いで終わらせていた問題の答えが出た。
高時が人型を抱えて走っていたのだ。
人型とはいわば本人の代わり。つまり、気配の正体が最後の人型だった。
自爆特攻の最中に手渡しで本来の持ち主に返却したのだ。
その結果、元気をみなぎらせた猛攻に徳子は苦しんでいる。
「終われ、終われ! 終われ終われ終われぇ!!」
呼吸すら忘れて波子三は連続して攻撃を行った。
後先なんてものを考えずに、ここですべてを出し切るつもりだ。
だが、現実は非常である。
気しか使えない波子三の火力では徳子をどうすることもできなかった。
手にある最大の武器、三天四獣鏡を背後に投げた。
それを回避しようと動き一手の遅れが生まれる。
さらに追撃をくわえようとバットを振りかぶるものの、鏡が盾になった。
これで二手の遅れ。
このままでは逆転されるのではという恐れを波子三は抱く。
だがそれは。
「ありがとう、照さん」
波子三が一人で戦場に立っていた場合の話だ。
紙による物理的拘束と、呪符による封印が徳子の動きを阻害した。
やはり多対一で逆転は厳しいなと徳子は現実のままならなさに葉を食い締めた。
そもそもの話、援軍が来るまでに逃げるかこの場にいる人物を始末しなければならない徳子と、ただ時間が来れば勝ちが確定してしまうにが波子三たちだ。
このままだと負けるのはどちらなのかなど始まる前から決まっていた。
だがその有利不利もまた、盤石でも何でもなかった。
「これ行けるのよね」
恐怖に震えながら、それでも気丈に照は戦況を見守る。
波子三、つまり自分たちのほうが有利に思えるがそれが絶対とは思わない。
自分が行った紙の拘束だって、渾身の出来ではあるものの、目の前の化け物は拘束の中でも動いた。
その上で、波子三が繰り出した攻撃を平然と防いでいる。
「なぁ、今ならば西行の所に行ってもいいよな」
どう逃げ出そうかと考える手を握るものがいた。
前方に集中しすぎたせいで情けない悲鳴が漏れ出した。
こんな状況であるというのに、俊樹は地面に転がっている仲間を今なら救えるのではないかと提案してきたのだ。
「分かっているのよね。危ないって」
――こんなに怖いのに、どうして何の力もないこの子は立ち向かえるのだろう。
と、照は純粋な疑問を感じていた。
「君が思っているよりも大した理由じゃないよ。
ただ、西行を失うことのほうが怖いからさ」
「そう勇敢なのね」
まっすぐ前を見据えている、ただその手が恐怖に震えているのを照は知った。
だから勇気づけるように魔法の言葉を送ったのだ。
そんな覚悟を吹き飛ばす第二の爆発が吹き荒れる。
逆転の手段はどこかにないかと探っていた徳子はそう偶然にそれに手を触れた。
「受け取ったものを今ここで返すぞ」
その手には手榴弾が握られていた。
西行が自爆特攻のために用意した武器だ。
自分もろとも、この場にいる全員を巻き込む第二の爆発が巻き起こされた。
「嘘、こそ皆、生きているのよね」
しかし、その呼びかけに返答はない。
「みんな……」
照が彼らにできるのは、もはやただ祈ることだけだった。
だが、自分自身にできることはまだ残されていた。
「さあ、逃げましょう」
拘束が成功していたからこそ、西行を助けると言う選択ができた。
しかし、敵が自由に動けるのならば逃げる一択だ。
「離してくれ、まだ、西行が」
「もう無理よ。時間切れ」
危ない所に立ち入らないし、すぐに逃げる。
素人の救助なんてものは所詮焼け石に水なのだからまずは自分の身の安全を確保する。
この危機的な状況の中で、恐怖にも情にも流されつつも、しかし、より多くの人間を救い出すという目的において、彼女は最善手を打っていた。
「逃がすと思っているのか。お前らはこの場で終わりだ」
爆発によって、徳子は拘束から抜け出した。
「走れ。もう私たちにできることは何もない。ただ逃げのよ、後ろを振り向かないで」
これにはさしもの俊樹も心が折れた。
西行を見捨てて走り去っていく。
「認めよう、貴様らは立派な武士だ。この私に命を懸け戦いを挑んだことそれはまことに称賛に値する」
だが、いくら最善手を打とうとも現実という悪夢はさらにその上を行く。
「うそだよね。鏡が消えている」
波子三、そして照も、その違和感に気が付いてしまった。
具現化した武器が消えている。
だというのに、徳子が放っている威圧感は先ほどとは比べ物にすらならないほどに増加していた。
これが何を意味しているのかというと、
「まさか、第三段階」
内在型と外在型。
魔術を扱ううえで存在する二つの型。
強化、変化、放出。憑依、具現、付与。
徳子がこれまで使用してきたものは、憑依型、それが具現へと発展し、その性質を自身だけではなく外界に付与するという第三段階に発展した。
わかりにくいからこそ、単純に言えば、魔術の奥義が発動したのだ。
あくまでも競技の世界であるとはいっても、武術、そしてそこから魔術の世界を経験している照であるからこそ、それがどれほど高度な行為であるのかを身に染みて理解している。
少なくとも、自分たちではなすすべなく負けるというのは確実だった。
「お前らはそう立派な武士だ。勇敢に戦い、そして私に傷すらつけた。ゆえに敬意を示し、殺してやる」
片手間で自分たちを殺せるはずなのに、今の徳子には油断も慢心もない。
自分たちのことを対等な敵と考え全力で殺しに来る。
照にはそれが彼女なりの敬意であるというのは理解できるのだが、同時に実際にやられたのならば迷惑以外の何ものでもないというのも客観的な事実だった。
「な……にがっ……!」
気が付いたら、照は倒れていた。
彼女だけではない、波子三も俊樹も高時も西行も皆気が付いたらとしか言いようがないほど突然倒れていた。
少なくとも、照の目には徳子がやったのは、鏡のように磨き抜かれたナイフを砕いただけだった。
たったそれだけ。ワンアクションで勝負は決したのだ。
「これはまた、派手にやっているようだね」
まさに決着というその瞬間だ。
足元、波子三を蹴り飛ばした場所から声がした。
そう、電話の向こうからまた声がしたのだ。
徳子は今さら交渉のまねごとを続けるべきかどうか、本気で悩んでいた。
しかし、電話を取った。
その理由は向こう側の音だった。
静かなのだ。
夜の白夜には空間移動という手段を取れない。
つまり、徳子と会話するためだけに足を止めていると考えられる。
話すだけで相手の足止めができ、敵の首領の人格をうかがい知ることができる。
そう判断したのだ。
「そちらはずいぶん愉快な状況に陥っているようだね。
それでどうだった。一般人に足をすくわれた気分は」
「今、あなたが言うべきなのはお願いしますから部下を殺さないじゃないのか。
いまだ私の居場所までたどり着けていない負け犬が。ほら、土下座してみろ。お願いですから部下を殺さないで下さいと。
それとも、お前の部下がみっともなく命乞いをする姿でも語ったほうがいいのか」
言葉のジャブに同じくジャブに返す。
どちらにもまだ余裕があるのか、通話の向こう側で両者がうっすらと笑顔を形つくっていた。
「なるほど、一華を封印したのかな。まったく、くだらないウソを語るから、相手に手の内を読まれるんだよ。あれは私のかわいい部下だ。命乞いなどするものか」
先に笑顔を消したのは徳子のほうだった。
普通ならば、そんな妄想で断言などできはしない。
「だが、私たちなら……」
しかし、自分たちならばその断定で動くという確信があった。
だからこそ、口を滑らしたと認めてしまったのだ。
「それで、平家の残党が何を思ってこんな大それたことを」
「復讐だ。我らを忘れたこの国に再び我らの名をとどろかせる。
そして簒奪されつ皇位を取り戻す」
「なるほど、まったくわからない。
だったら、こんな紆余曲折、回りくどい道を選ぶ理由がわからない。自分たちの負けが認められないというのならば義経を呼べばいい義経を。怨念が地脈にまでしみわたっているという点で、状況は同じだし。
武士の頭領でなければ争う価値がないとでもいうのであれば元寇を退けた北条時宗、お前らを滅ぼした頼朝を。
そして何より、今を生きる人間を一足飛びにしたうえで、過去の人間と戦うなんてね。
お前が生きた時代で負けてるんだ。もう負けた後だろう。
それなのにお前が狙ったのは、そこにいる無能。一族、それも組織の最後だ。こうは言ったらなんだけど、ろくな奴が残っていないなんてことは君のほうでも予測していただろう。
確か君たちのところにもいたはずだ。そう、源氏に命乞いをした平宗盛さんとか」
「宗盛様を愚弄するな!」
ストレートに、思わず怒りの声を上げてしまった。
リング際に追い詰められた状況ではあるが、この短いやり取りの中でも徳子は白夜がどんな人間であるのかおおむね把握した。
「あなたはどこからどこまで義経にそっくりだ。ただ効率だけを追い求め、人と人とも思わないところも、他所の神経を平気で逆なでするところも。だが分かっているのか。
義経も、我らを打ち滅ぼしたというのに、最後はぼろ雑巾のようにあっさりと捨てられた。
そりゃそうだ、戦働きしか能がない狂犬など平時であれば生かしておく価値がない。
よかったな、私みたいなのがいてくれて。そのおかげで国家の下僕として飼ってもらえるのだから」
「そうはならないよ。義経になくて私にあるものが一つある。
私かわいいから。
知っている、かわいいは正義だよ」
電話の向こうで女は人を食ったように笑った。
「そもそもだ。平家の名を広めたいのであればほかにやり口があるはずだ」
「だからだよ。今は準備段階だ。首を洗って待っていろ。
私はお前に、この国に挑んで真の日本を取り戻して見せる」という宣言に、
「やれやれ、私はそんなつもりで言ったわけではないんだけどね。一つ、呪いを残そうか」
とそこで、電話が切れた。
「私の言葉。その真の意味が分からない限り、君は絶対に自分が行きたいところに行くことはできない」
逝かれた格好の女の口からその宣言は発せられた。




