第31話復讐者
避難先で慌ただしく俺たちは走りまわっていた。
いつ敵が来るのか分からないのだ、一刻も早く結界を構築しなければならないので、神社の四方に柱を打ち込み、しめ縄を張り巡らせる。
こうして作られた場を酒で清めていく。
「一体何なんだろ、この酒は」
こういった儀式に知識があるからこそ、俺は首を傾げた。
日本神道の術式をベースにしているのは分かるが、あまりにもオリジナルの部分が多い。
俺が今持っている酒も明らかに日本酒ではない。この儀式用に調整したものか、どっかの民族が製造している秘蔵酒か。
こんな基本的な部分でアレンジをいれるのかと、驚きではなく疑問を感じる。
「イア・シュブニグラス……」
準備が整えば混血は祈りの言葉を口にした。
神社にまつられている鏡をどかし、枝のようなものを配置し、それに祈りをささげる。
井筒の言葉に呼応するように皆が同じ言葉を叫んだ。
一言、口にするだけで、空気がよどみ張りつめていく。
神道系統の清らかな力の流れとは明らかに異なる。
はっきり言って、一番感覚的に近いのが、この牢獄の主である神樹だ。まったく忌々しい。
「ああ、平和だな」
不安は確かにあった。しかし、効力そのものは本物だった。
俺たちは今平和を享受している。
気を扱えるから、ぎりぎり戦闘員とカウントされた俺は外の監視を任された。
はじめは張り切っていた俺も、時間がたつにつれて気が緩む。なにせ、植物人間がこの前を通りかかっても、ここには何もないという風に黙って通り過ぎたのだ。
一度、エリートが通りかかった時はさすがにばれるかとひやひやしたものだが、こいつも俺たちに関心を持つことなく通り過ぎていった。
急造の結界でまだまだ安心するのは速いが、それでも当面の安全が確保されたとみて間違いないだろう。
俺はこれまでの疲労を癒す、という名目で地面に寝そべると言う贅沢を享受していた。
「本当に、ここは平和よね。外ではいまだに争いが続いているのに」
精神面に不安があるからか、休んでいるようにと言いつけられた照さんだが、今ではどうにか持ち直したのか雑用を買って出ているようだ。
いつの間にか、俺の後ろにまで足を進めお茶を渡してくる。
喉が渇いていたので、俺はありがたく受け取った。
このレベルの結界が張られているのだ。長期戦になるのを見越して、できるだけ飲食は避けるべきだと分かっているものの、ここまで緊張の連続、皆の疲労はピークに達していた。
どうにか持ち直して貰おうと惜しげもなく食料供給が行われている。
「そうだな、正直、自分ならもっとできると思ってた」
「私も同じだ。出会った時、井筒さんに自分はほかの素人みたいに取り乱すことはないと言っておきながら、あんな醜態をさらしたんだ。まったく……」
喉が渇いていたから、ペットボトルを一気に飲み干してしまった。
照さんの顔を見て、もしかしたら長丁場になるかもしれないので、少しくらい残しておけばよかったと後悔する。
「それで、あなたはあの女について何か知っているのでしょう」
その冷たい声を聞いた時、俺はこう思った。かつての自分と同じだなと。
このままだと暴走するのは火を見るよりも明らか。
だからこそ、悩んでしまう。
話すべきか、黙るべきなのか。
人のことを言えたものではないと分っていたが、この混沌とした現場でこれ以上の厄介ごとは御免だった。
「あいつはそう、俺の妹の肉体を乗っ取った……、因縁の相手だよ」
だから、俺は革新的なことを切り出したうえで、これ以上はまだ心の整理がつかないと、彼女の要求を拒絶した。
向こうも向こうで、俺が疲れているのを感じ取ったのか、それともまだ機会があると感じたのか、これ以上は踏み込んでこない。
「ねぇ、こんなところでただ景色を眺めている現状に何か感じることはない」
「それは……」
本音を言えば、今すぐにでも妹の仇の所に向かいたい。でも、この戦いで自分の無力さを思い知らされた。
いまさら、向かおうとは思えない。
「ほら、ここは今一例でも人が欲しい状況だし。ここの監視を任された手前、勝手に抜け出すのはほかの人の迷惑だし」
実際、だらけているものの、ここでの役割は重要だ。
俺も本音では外に行きたいが、ここには多くの避難民がいる。
今は一人でも人員がいる状況だからこそ、この場にとどまっていた。
「でもさ、結界は安定してるでしょう。今欲しい人材は医者とか看護師で、戦闘要員じゃない」
「それは……」
「ねぇ、私と二人でここを飛び出して、病院で逃げ遅れた人を救出にいかない」
その言葉の裏に、どんな思惑があるのか見抜けないほど俺は鈍くなかった。
「やめとけやめとけ、復讐なんてさあ。どうせあの女はもうすぐ命を落とすのだし」
どうやら、この地獄耳は俺たちの内緒話を盗み聞きしていたらしい。
俺たちを止めるように井筒から声がかけられた。
「それはいったいどういう事でしょうか」
「あの女は一度、白夜さんに喧嘩を売って負けているらしい。それだけ言えばわかるよな。
数時間後にはあの女は敗北を喫し、この結界は解呪される」
「ずいぶん楽観的というか、根拠はあるのか」
「時間だよ、時間。あの女の勝利条件は白夜さんが来るまでの高時殺害だった。
本来なら、白夜さんでも早朝か、夕暮れ時でもなければ、この結界に侵入できなかった。だが、運がいいことに夜に侵入できた。つまりは、奇襲が成立しているんだよ」
古来から、戦力の劣勢を覆すのに軍師は苦労に苦労を重ねてきた。
数多くの答えが用意されているのだが、最も多く、そして一般的な方法に関しては最も簡単な方法が奇襲方法なのである。
「つまり、こちらのほうが戦闘能力が上で、その上で奇襲が決まっているから勝てると」
「ああ」
「いくら何でも楽観的すぎませんか。ここには神樹がありますし、多くの雑兵も散らばっている。前回とは違い、不安要素が多いのではないでしょうか」
「お前らは白夜さんの力を知らないからこそ、不安に思うんだ。その力を知っている俺が断言してやるよ。白夜さんなら今の状況でも簡単にひっくり返せると」
断言されたからこそ、俺たちはそれ以上何も言えなかった。
「だったらさ、私たちは手を貸したのなら、さらに勝てる確率が上がるってことよね」
「……やめとけ、足手まといになるのが関の山だし」
「ならない。もし、そう、もし私が死んでも仇が取れるというのならさ、それで満足だから」
「逃げ出したお前が偉そうなことを言うなよ」
「逃げ出したことのみじめさ見知らないで、上か目線で忠告なんてやめて」
きっと、混血の叱責がきっかけだったのだろう。
照さんは結界の外に走り去ってしまった。
結界の構築に大きな力を使用してしまったからこそ、いまだ足元がおぼつかない混血ではその動きを止めることができなかった。
その注意がこちらに向いた時、俺は反射的に後ろに下がる。
「まさかお前もか。この戦いはほっとけば勝手に収束するんだし、ゆっくりしとけよ」
「そうだな、はっきりと言うよ。さっきの襲撃で照さんが逃げてくれてうれしかった。照さんには心の底からここでおとなしく待っていてほしい。
けどさ、だめなんだ。
どうしてダメなのか、自分でも説明できないけど、ダメなんだ」
「それは単なる自殺じゃないのか。家族を見捨てた負い目からくる」
針のように鋭い指摘に俺は何も言い返せなかった。
「残念だけど、俺は行くよ」
答えは出せない、それでも、何かに導かれるように俺は照さんの後を追った。




