第30話不意打ち
今、井筒は自分たちの親玉と電話しているらしい。
朝になれば来るだろうという話だったが、予想よりも早い。それがどうしたという話だが。
波子三を見ればわかる。こいつらがとんでもなく強いってことくらいは。
だが、援軍はたった一人。そんな少人数で果たして何ができるというのだ。
こいつらレベルが数人追加されれば戦況をひっくり返すことも可能だろう。
というか、政府は何でこんな戦力を出し渋るような真似してるんだと思わず、怒りの声をあげそうになってしまった。
「それで、一つ聞きたいんだが、どうしてお前はここまで俺たちに協力的なんだ」
皆が準備を進める中、ここで別れたのならば、もう会えないと分っていたので、俺は植物人間の大将に話しかけていた。
本当なら、妹の体を奪ったあいつのことを質問したいが、何の見返りもなく俺たちにやたら好意的な化物のことが信用できず、その人なりを知るために話しかけた。
それでこいつのことが分かれば話を聞き、理解できないのであれば、このままおさらばだ。
「息子が居たのだ」
「はっ」
こいつの言葉は人として理解できるのだが、状況的には意味不明だった。
「儂には二人の息子がいたのだ。
笑える話だろ。息子たちを逃がすために剣を握らなかったというのに……。我ながら未練がましいことだ。
きっと、歴史者には戦いもせずに腹を切った臆病者と記載されているのだろうな」
そんな独白を俺はポカンと聞いていた。
「そうか」
少し失礼だったか。
俺の反応で大将は己の存在がとうに忘れ去られた過去の遺物でしかないと悟ったのか、暗く沈んだ。
「儂が戦う理由は心残りを晴らすためだ」
「その心残りってのは、何なんだ」
「子どもを救うことだ。儂はお前たちがあの子を守りながら戦おうとしたから手を貸した」
こいつの献身の理由は意外なものだった。
単に、あの化物を押し付ける相手が欲しかったと思ったが、そんなもの関係なく、俺たちを助けるために剣をふるったとは。
「なるほどな」
こいつが戦う理由は今の人間と同じだ。
どんなに時がたとうとも、人が家族を思う気持ちは変わらないらしい。
「お前はあの子のために戦っていたのか」
「ああ、そうだ。我ながら女々しいことであるが、それでも、生前の未練を勝手にはらしに来たのだ」
「いや、それに関しては俺も似たようなものだ。正直、お前がいったい何を考えているのかわからなかったから不安だったが、今なら信用できるよ」
「一つだけ聞きたい。あの化物、徳子について何か知っていることはあるのか」
こいつのことを信用したから、俺は本題を切り出した。
「残念だが、話したことが全てだ、ただ」
大将、高時はここで少し言いよどんだ。
「言いたいことがあるならはっきり言えよ、それとも何か書く仕事でもあるのか」
「何、単に一切確信のないことを話すのがどうかと思っただけだ」
「それでもいい、妹の敵について話してくれ」
「しょせん直感だがな。ただ単に、あの女からは気品を感じなかっただけだ。人の上に立つような気品をな」
ああ、確かにこれはどうでもいい情報だは。
「なるほどな、つまりはそいつが貴様の戦う理由なのか」
その声を聞いた時、俺は自分の油断を呪う事となった。とんだ間抜けだ、戦場で長話なんて。
そんな簡単なことに気がつくことに時間をかけすぎた。
――あっ!!
一瞬が無限に引き延ばされる。
俺は少なくとも、その瞬間時が止まっているように感じられた。
そう、こいつは。この化物はただ高時への嫌がらせの為に月与ちゃんを殺したのだ。
「ああああぁぁぁあああぁぁぁ!!」
衝撃的な光景に我を忘れた。
そして叫び声を聞いて冷静さを取り戻す。この場所には俺よりも怒りを燃やす人物がいるのだ。
俺は復讐のために考えなしに突っ込んでいったことも忘れて、照さんに頼むから逃げてくれと願わずにはいられなかった。
実力差は明確。向かって行っても死ぬだけだ。
だから、逃げてくれと。
そして願いは神に通じた。
彼女は妹からも、その仇からも背を向けて逃げ出した。
かつての俺と同じように。
それは正しい選択だった。
俺たちが出くわしたのは災害のような存在だ。
立ち向かうよりも逃げるほうが正しい。
だが、俺は加峰氏を血が流れるほど強く握りしめた。
問題は、理屈では正しかろうが、感情がそれを許さないということだ。
「逃げろ、あの女が道を示したのだぞ」
高時の叫びに、凍り付いた俺たちは動き出した。
まだ途中であれど救助活動は進んでいる。
脅威に怯える彼らは混乱のなか保護者ともいえる井筒たちに付いていく。
そういった意味で照さんが逃げたのは都合がよかった。だってそうだろう、そのあとを続くようにみんなが付いて行ったのだから。
ただ二人を除いて。
「死ぬなよ」
「死ぬつもりなどありません」
きっと、ここに来るまでの俺なら信じないだろう。
混血にこんなことを口にすることを。
月与ちゃんが死んだ。つまり、もう戦う理由なんてないのに、それでも高時は俺たちの為に囮を買って出た。
きっと、ここに来る前の俺は信じなかっただろう。
本気で人外に感謝することになるなんて。
そして俺たちはしばらく進んだところで疲れ果てたのか、それとも現実を受け止め切れていないのか。
倒れこんでいる照さんを見つけた。
泣き崩れ動けなくなっている彼女を俺が運ぶことになる。
皆無言のままに進んでいく。
自分が政府の人間と言っていた女がこのざまだ。
小さな不安が渦のように広がっていくが、他に行く当てがあるわけでもなく、皆が粛々と前に進んでいく。
この状況で植物人間に出くわさなかったのは単なる運だ
出くわせば、まとめ役がいないこの状況。大惨事は確実だ。
それでも、俺たちはなんの障害にも遭遇することなく目的地に到着した。




