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第4話マンドレイク

 俺たちは少しでも金になる獲物を狩る時間が長くなるようにと、日が昇るのと同時に動き出していた。

 昨日と同じく、安いからという理由で大量に買い込んだインスタント麺を焚火の火を利用して作っていく。



「ああ、寒い」



 まだ秋とはいえだ、こんな山中、それも今日一番冷え込む時間帯だ。金がないせいでろくな防寒設備もないものだから、見なして焚火の火を我が物にしようと、手をかざし暖を取っていた。



「これから俺たちが狙うのはマンドレイクだ」

「それって、確か、処刑場で生息する人型の植物だったよな」

「そうだな、俺としては泣き叫ぶことから動物でいいと思うけど……、しいて言うなら、動植物か」



 昨日、この一件でひと悶着あったから、慎重に言葉を選んでいた。



「古来からの言い伝えだと、こいつは処刑場で罪人の血を肥料にして育つと言われていたが、この富士の樹海でなら、浅い層でも簡単に見つかるんだよ」

「重要だったのは、罪人の血ではなく、幽霊がいるかどうかという点だったのかな」

「もしくは、魔力の濃度かも」



 そのどちらが正解なのかは専門家でも話が割れているそうだ。

 とはいえ、俺たちにとって重要なのは金のなる木がそこにあるということで、金のなる木がどうすれば育てられるかではない。

 マンドレイクが取れるなら、細かいことはどうでもよかった。



「採取するときは泣き声に気をつけろよ。

 まじですごいから。鼓膜が破れるどころか、100か200かそれくらい離れたところの窓ガラスが割れることだってざらだし、ショック死した記録も残っている。

 急に音響兵器を食らえばどうなるか分からないから、引っこ抜くときは一つ一つ確実に、全員で作業をしていくからな」



 初めにいくつかの決まり事、約束を制定していく。

 本当に、何人もの人間が命を落としている危険な作業だ。

 安全管理なんてもの、過剰なら過剰なほどいいくらいだ。

  



「だから犬を犠牲にしたのね」

  

 うんちくと雑談を交えて、マンドレイクの特性を説明すると美香が納得したようにうなずいた。

 

「どういうことだよ」

「知らないの、よくなついた犬にマンドレイクを括り付けて引っ張るっていうのがマンドレイク採取の定番よ」

「それはねぇだろう。犬かわいそうじゃん」

「信じられないかもしれないけどそれが一番有名な方法だ。

 年を取ったマンドレイクは知恵が回って人や生物がいないところで引っこ抜いても鳴かないで逃げ出すことがあるんだ」

 

 昔こんな怪談をやったなぁと、俺は懐かしくなった。

 親に、何か怖い話をしてとお願いすれば、話してくれたものの一つだ。

 昔は、この話を信じてたなぁと、幼いころの恥を思い出した。



「ほら見なさい、こんなことも知らないなんて」 

「もっとも著者自身はマネするなと断言してるけどな。

 よくなついた犬を使うならコストパフォーマンスが悪すぎる。

 最終的に土に埋まっているとき、上から串刺しにしろと助言してるんだ。

 なののに黒魔術の信奉者ってのは変人ぞろいで、犬の使用方法を面白おかしく脚色してるなんて悪趣味だよな」

 

 まさかの事実に、美香はたじろいだ。

 

「まぁ、なんだ。なんでも説明書はちゃんと読みましょうってことが大切だってことが学べたんだし」

「笑えよ、ほれ! 自信満々に怪しい知識を披露した私を笑え!!」

 

 自身も、その話を信じかけたからか、あるいはこれ以上刺激すれば面倒だと考えたのか。俊樹が慰めの言葉を口にしたが、それは今の美香にとっては死体蹴りだった。

 せめてもの情けに、笑えと爆発した。

 

 


「ほら、さっさと装備を整えろ。行くぞ」

 

 グダグダになってしまった空気を俺が強引に断ち切った。ここにはピクニックに来たのではなくビジネスのためにやってきたのだ。これからは面白おかしい世間話で笑いあうのではなく、しかめっ面で黙々と仕事をしなければならない。

 



 神社のある、小高い丘を下り、壁に到着。

 そのまま壁沿いに円を描くように移動していけば。



「確か、この辺に……、よし、あった、あった」


 そのまま俺たちは梯子を発見し、それを登っていく。


「まって、え! 内と外を区切るためにこんな御大層な壁を作ったのに、こんなにあっさり侵入できるなんて、おかしいよな」


 明らかに入ってくださいと、歓迎するかのような設備に俊樹は困惑顔だった。

 怖がりなこいつのことだ。もしかしたら、どこかに罠が仕掛けられているとでも思っているのだろうか。

 だが、それは考えすぎだ。


「この壁は、もともと中にいる存在が外に出ないように作られたんだ」

「つまり、外からの存在を警戒していない、あるいは、単純に警備や整備をしやすいようにこんな仕掛けを作ったってことかな」

 俺の説明に俊樹は納得したのだろう。

 ガンガン行こうぜと梯子を上っていた俺たちに続く。


 そして、帰りにここをよじ登れるようにと、ロープを垂らし、この梯子一帯を第二の仮拠点とした。




「見て見てこれ、美香さんもう、腕ぷっるぷっる。しばらく重いもの持てそうにないんだけど!」


 それは弱音というよりかは、事実確認だった。

 男である俊樹ですら、ロープの上り下りはきつそうだった。

 美香に至っては、最後のほうで力尽きかけていて、最終的に手を離したのを俺が抱きかかえたくらいだ。



「そうだな、最後に空の籠を下ろして、その籠を俺たち二人で引っ張るってのはどうだ」

「それは名案だな。でも、人一人の体重を支えるのって、かなり重労働だから、どこかで落としても文句言うなよ」

「女の子に対して、重いとか言わないでよね!」



 樹海に入った俺たちは、それぞれ、つかず離れずの距離を保ちながら、ニンジンのような葉っぱを持った植物を探し始めた。


 マンドレイクの生息場所というのは、いろいろと条件がある。

 まずは幽霊、あるいはあっち側の生物と関連深い場所。

 これに関しては磁場の乱れ、コンパスが勢い良く動くかどうかが目安だ。

 次に日当たりの良さ。

 ここまで、でたらめな存在だが、そこだけは常識的なようだった。

 他にもダウジングなどでどこにいるのか丁寧に調べていけば「もしかしてこれか」と、俊樹が目当てのものを発見した。



「よし、みんな装備は整ったか。 

 いっせいのーでで引っ張るぞ、いいかいっせいのーでだぞ」

 

 俺は皆に声をかけた。しかし返事がない。



「おい、返事くらいしろよな。だってそうだろう、危険物を扱うんだ。一瞬の油断が命取りに」


 そして、俺は後ろを振り返って、どうして返事がないのかを悟った。 

 耳栓してるから聞こえないんだ。

 それも特注の耳栓である。まずは耳の中に詰め物。その上に特別な封印術を施したという魔術式の防音耳当て、それを固定するために鉢巻きで固定。

 全員がきちんと俺の支持を守り装備を整えている。

 俺の声が聞こえていないことからも、身の安全は保障されているといえるだろう。


 次からは、紙とボディーランゲージで意志表示を行う。

 うん、事前テストは成功だ。

 

 

『いくぞ、いっせいのーで』

 

 あくまで知識として、それが人を死にいざなうという事実を知っているからこそ、一切の音がない、静寂の世界だというのに、俺の心臓は高鳴っていた。

 ロープを握る手にも汗がにじみ、もしかしたら滑るかもなと、場違いな不安を抱いてしまう。



 全体に指示を出すために、俺はマンドレイクを背に立っていた。

 そして、唇の動きを見て、合図が来たと悟った二人は長い長いロープを引っ張るのだった。



 聴覚を何重にも封印しているというのに、それを俺は感じた。それは音というよりかは爆発だった。

 音が質量を持った壁のように俺たちを後ろへと押し出していく。

 衝撃波が身体を小刻みに揺らし、美香に至ってはまともに立っていられなくなり、地面にへたり込んだ。

 

 

 そしてそこがマンドレイクの限界だった。

 ミツバチが毒針を使えば命を落とすのと同じだ。マンドレイクもまた身を守るために叫び声をあげると全ての力を使い果たし命を落としていた。

 まだ若く経験が浅い個体だったらしく、素直に叫び声をあげてくれた。

 

 音が鳴りやむと同時に、上空からドサドサと様々なものが落ちてくる。

 それは虫やもろくなった木の枝などのどうでもいいものから食料になりそうな鳥や、木の実など。

 

『おお、大量大量!!』



 何を言っているのかわからないのだが、久しぶりに新鮮な肉が食えると、美香がせっせと、金にならない食料をかごに入れていく。

 

 止めるべきかなと思ったが、あまりにも嬉しそうだし……。

 まぁ、死体をほったらかしにしていれば獣が寄ってくる可能性もあるか。

 

 

 このように、あえて、マンドレイクを絶叫させることが俺流のマンドレイク猟のセオリーだった。

 音響兵器をもってして周囲の生物を一掃することで、敵が襲ってくることを防ぐのだ。

 これで襲われる心配はありはしない。

 少なくとも数時間は。

 

 そこからは流れ作業だ。

 音響兵器による、不意打ちを食らわないようにまず葉っぱにロープを結びつける。

 そして、音響を遮断する装備を身に付ければ、一体一体丁寧に葉っぱの部分から一直線に串刺しにし、縄で引っ張るという作業を何度か繰り返す。



「思ったよりも簡単だろ」

「順調なのは認める。だがな、一歩間違えたら音響兵器にさらされるんだ。そんな気が緩むような発言はすんな」


 思ったよりも順調だから、もう怖がる必要はないと言ってやりたかったが、俊樹に叱られてしまった。

 下手すれば、命を落とすのだから、その通りだ。本当に耳に痛い。

 

 

 

「みんな見てよこれ、丁寧に畑が作られてる」

 

 ちょっとした休憩のさなかだった。

 美香がとんでもないものを見つけた。

 そこにあるのは皆マンドレイクだった。

 異常な光景だが、安全よりも金! という意識で美香は大はしゃぎだ。

 俺たちもまた、金の匂いにつられて速足で向かうのだが。

 

 


「うっ!!」

 

 畑の周りに設置されたしめ縄を超えれば、それまではちっとも感じなかった悪臭に鼻をやられた。


「ちょっと、何なのこの匂い! ここをつくった人の衛生観念はどうなってるのよ!」

  

 あまりの悪臭に美香が不法侵入しているのに文句を言う。

 恐らくは、肥溜めか何かだろう。

 牛糞、鳥糞、他にも生ごみを腐らせて肥料にするなんてよくある話だ。

 

 街中では苦情が来るからできないが、ここは誰も来ない森の中。ずさんな管理で周囲に悪臭をまき散らそうと困る人などいない。


 それでも、ここまで匂うものなのかと疑問を抱いていると。

 



「な、なぁ。この赤いのって血だよな。俺うわさで聞いたことある。この森の中で、混血どもが人間狩りしてるってさ」

  

 俊樹は赤いねばつく土を触りながら、ここで肥料に使われているのがいったい何なのかを口にした。

 そして、マンドレイクの生息方法を考えれば……。

 ごくりと、まだ秋だというのに鳥肌が全身を覆う。 

 まさか、そんなはずがないと元気つけようとしたのだが……。

 



「ね、ねえ、ねえ、あれあれあれ!」


 壊れたレコーダーみたいに、単調な言葉を美香は連続で口ずさんだ。

 その視線の先にあるのは祭壇だった。

 

 この畑全体を見下ろすように、こんもりともまれた土の上に、この森の中にふさわしくないほどにカラフルな木の台が設置され、そこには木や石で作られた武器とともにしゃれこうべが一つ飾られていた。

 



「あれ、あれ、あれって、人間のよね。もしかして、人間狩りってマンドレイクの肥料を獲得するために行われてるんじゃ」

「ひいいぃぃ!!」

 

 悪名高き混血どもの存在。富士の樹海を我が物顔で闊歩するという化物ども。どれもこれもがこの惨劇に真実味を与えてくる。

 

 その恐怖に耐えかねたのか、俊樹が結界の外へと逃げ出した。

 美香もまた、へっぴり腰になっている。俺の服をぎゅっとつかんで離さない。そこから感じる震えから、その心理状態を察することができた。

 

 

 ーーみんなをここに連れてきたのは俺だ。俺がしっかりしないと。

 俺はずんずんと、祭壇のほうへ足を運んだ。

 

「安心しろ。これは猿の骨だ。恐らくはこれは降霊術。

 人なり、動物なりの霊をここに呼んでマンドレイクを人工的に生み出してる。まったく、マンドレイクの人工栽培なんて聞いたこともないぞ」

 

 よく見れば、このしめ縄は右結いだった。

 霊を払うのではなく、呼び寄せる場としてここは機能しているのだろう。

 

 それを聞いて、美香が服を掴む力が大きく緩んだ。俊樹もまたこっちに戻ってきた。

 そして、お前ビビりすぎと俊樹のことを笑うのだが……。

 



「なぁ、ここは逃げるべきだろう」



 本人は、そんなこと、気にもしていないというようにここから逃げようと口にした。



「いや、でも、ここ以上にマンドレイクが群集してる場所なんてないわよ」

「でもだ。ここは明らかに人の手が加えられてるだろ。こんな危険地帯で作業できるのは混血くらいだよな。見つかったら、何されるかわからないんだぞ」

「へぇ、あんた怖いんだ。まぁ、危険地帯ってのは私もわかるし。

 1時間。そう、1時間で取れるだけマンドレイクを取りましょ。

 いくらするかわからないけど、元から犯罪なんだし、今さら危ないからって、大金得るチャンスを逃せるかってのよ」

  

 美香の妥協案に、俺たちはみな賛同した。

 だが、本音を言えば俊樹と同じく、俺もこの光景に恐怖を感じていた。

 理由は違うけど。

 

 

 この畑にはいったいどれほどの未知の技術が使われているんだ。

 だってそうだろう。マンドレイクを安定供給する技術何て噂でも聞いたことがないんだ。

 異世界の物理法則に生育が左右される。

 まともな方法では検出できない魔力をふんだんに利用するものの生育なんて……。

 その異界の法則性を解明しなければ夢物語だ。


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