第22話連絡
よし! と、俺は植物人間の親玉が吹き飛ばされたのを喜んだが、同時に大丈夫なのかと心配になった。
話し合おうというポーズがこちらをだますための嘘だと分かっているが、それでも作戦を考えるくらいの時間は欲しかった。
幸い、植物人間は俺たちを脅威とは見なしていないらしく標的からは除外される。
代わりに集中砲火を浴びたのは人間もどきだ。大将に助太刀するためか、それとも自分たちに楯突いた敵を滅するためなのか。四方から植物人間のエリートたちが矢を射かけた。
対する人間もどきは、全身全霊を込めてバットを振り下ろした後。体勢を崩したままだからこそ、矢を何とかかわそうとするも、かわしきれない。
黒い服を着込んでいるから目立つことがないが、それでも服がどす黒い何かに染まっていく。
もちろん、エリート以外も行動を再開していた。やっていることは単純明快。ただ真っすぐこちらに駆けてくる。
ちょうどエリートの肉壁になる状態だ。
ノーマル個体にそこまでの知能があるとは思えないが、飛び道具を持ったエリートを攻撃するために一工夫必要というめんどくさい状況が形成された。
さて、この状況をどう切り抜けると考えても、有効な策を思いつかない。
逆転の芽があるとすれば、人間もどきが植物人間の親玉を始末するまで耐え抜くことくらいだろう。
気に食わないが、背に腹は代えられない。頼むぞと心の中で声援を送る。
「やめぬか、貴様ら。同胞が失礼した」
救いの手を差し伸べたのは、以外にも植物人間の親玉だった。
こちらを襲おうとした部下を止めたのだ。
ありえないと思い、除外したが、話し合おうといったのは本気だったのか。
「意外ね。こっちは怪我しているのよ。このまま畳みかければ私たちを始末できるんじゃないかな」
「儂は初めから話し合おうといったのだ。こちらにもまた目的がある。お願いしたいことがあるから貴殿らを生かしたまで。だが無礼は無礼。もし、次同じようなことがあれば、今度こそ、お主らを殺す」
「このままだと、私以外は全滅か」
考え込むように人間もどきがつぶやいた。
もしや、俺たちを見捨てようとしていないか。
出会って、まだ数時間の関係だ。信頼関係などそもそもないが、それは人としてどうなんだ。
まぁ、仮に俺が逆の立場なら、同じことをしているか。それでもむかつくものはむかつく。
「警備会社八ツ葉所属。貴船波子三」
「執権北条高時だ」
こいつらがお互いの名前を口にし、それが自己紹介であるのに気がついたのは数秒後のことだった。
あまりにも簡潔かつぶっきらぼうな言葉のやり取り。いつも目にする友好的な自己紹介と比較して戸惑ってしまう。
というか、こいつら本気で話し合うつもりなのか!
俺の疑念を証明するように、人間もどきは釘バットを地面に置いた。植物人間たちは再び停止する。
両者が武装解除したのだ。争わず話をするということを態度で証明した。
状況を見て、俊樹が俺の袖をつかんだ。
「今なら逃げられないかな。あいつらにとって、俺たちはおまけだ。逃げたとして、咎められたりはしないさ」
「話し合いの結果をみたい。俺はこいつらの目的に興味があってな。それに話し合いに賛成したのはお前だろ」
「それはそうだけど、この状況でそれを言うのは卑怯じゃないか」
逃げないと態度で示せば、俊樹のほうも足を止めた。一人で逃げても悲惨な末路を迎えると承知しているだろうし、もっと単純に友達を見捨てられないのだろう。
それでも、内心の不安を示すように、俺の袖をぎゅっとつかんで離さない。
不安と恐怖にかられ、わずかに震える袖を見て、俺は申し訳なさを感じていた。
己の欲望の炎を鎮火させて、こいつらとともに逃げるべきなのではと考えてしまう。
そもそもの話なのだが、こいつらは信用できるのか。
明らかな人外と、敵か味方も分からない混血。
どちらにも信用できる要素がなく。仮にこいつらが真実を口にしようともそれが本当か確かめるすべもない。
それが真実なのかどうかも分からないのであれば、話を聞いても意味などないのだ。最悪、詐欺師の嘘に騙されて身ぐるみはがされる事態になりかねない。
そんな価値があるのかないのか分からない、腹の探り合いを眺めるなどばかばかしい。いっそこのまま逃げだしてしまえというのは、なるほど確かに理にかなっている。
ここで正しいのは俊樹であり、間違っているのは俺だった。
荒い呼吸を繰り返している美香のことも心配だ。
マンションを出発した時と比べて、その息使いが弱弱しくなっている。
いつタイムリミットが訪れるのか。まだ持つだろうが、一刻も早く病院に連れていきたいのが俺の本音だった。
だが、もしこいつが本当に見方ならば、わざわざ植物人間を恐れる必要がなくなり、真っすぐ病院まで行ける。
この状況での安全というチケットは幾千金の値打ちがあった。
「前置きは時間がないゆえになしとしよう。
はっきりと言う。私がこの儀式の格だ。儂を中心として、あの女がかつての同胞を呼び戻した。
今、儂とあの女でどちらが主導権を握るのか、綱引きをしている。
こうして儂が仲間を止めたのがその証拠。
儂が今ここで死ねば、同胞が徳子の手ごまとなる。故に儂を生かせ」
そう言って、こいつはエリートを悲しそうに見つめた。
やけに人に近いと思ったが、死人をそのまま現世に呼び戻したらしい。
こいつが俺たちに協力する理由は亡き部下の弔いのためか。本当かどうかわからないが、納得できる理由だ。
少なくとも、生者の肉体をのとったどこぞの化物より、はるかに好感を持てた。
「なるほど、本当なのかどうかはさておき、それならばあなたが無事なのは私たちにも理がある」
「ああ、本当だとも。じきにあの女、北条徳子、だと分らぬか。この事件の黒幕がここに来るだろう。それが証明にならんか」
化物が提案した証明方法に俺は驚愕した。
何せ、もう会えないかもと諦めかけていた妹の仇がここに来るというのだ。
「残念ですが、これは私の一存では決められません。上司に連絡を答え上で決定します」
そういって、こいつが取り出したのは携帯電話だった。
「まて、結界内で電子機器は使えないはずだ」
呆れを含んだ俺の声に呼応するかのように、人間もどきは胸を張った。
「なんでも、付喪神の術式を活用して作られた……。つまり最先端の技術の結晶よ。
科学と魔術。二つの異なる技術体系を融合させたからからこそ、現在存在するありとあらゆる盗聴とジャミングを寄せ付けない至高の一品。どう、すごいでしょう」
何それすごい。
具体的に何がすごいか分からないけど!
なんならこいつもどこがすごいのかいまいち理解してなくて説明が雑だし。それでもすごいのだけは分かる。
「今連絡しているのは、私の先輩。陰気な人だけど、腕は確かよ」
混血、もしくは一警備会社がそんな高度な代物をつくれるはずがないという疑いは、実際に繋がったことで解消された。
だが、はっきりと俺たち人間の味方と言い切れない組織がここまで高度な技術力を保有しているのは大丈夫なのかと、別の疑問が湧く。
今はこいつらの数が少ない。だから押し込めれる。だが、もっと数が増えれば、技術力が向上していけば……。
俺は最悪の未来を幻視した。
「月与、月与はどこ!!」
今、分かった。すごい技術も、使っている人間がポンコツだとダメだな、と。
人間もどきは先輩ではない何ものかの声に電話を切った。
「これ最新技術の結晶なんだよな」
「はい」
「盗聴だとか技術的干渉が不可能なんだよな」
「はい」
「電話先の人物って、強いんだよな」
「はい」
「だったら今の声は何だ」
「そんなの分かんないよ!!」
混乱のさなか、返信がやってきた。
「もしもし……」
「こちらは井筒。今街中で出会った術師の姉ちゃんと行動してる。不幸中の幸いってやつだ。
お前たちがその人の妹と行動してるみたいだから、せめて声だけでもと思ったが暴走した」
納得できる理由に、人間もどきが胸をなでおろした。
それはこちらも同じだった。
俺は体調不良のせいで眠っている月与ちゃんの髪を優しくなでた。
家族は無事だったんだなと、肩の荷が下りる思いだ。
「今、月与ちゃんは体力使いすぎて」
「はっきりと言うが、今は寝かしといたほうがいい。騒がれでもしたらそれはそれで面倒だし」
まて、その発言。こちらの様子が分からないとおかしくないか。
「つまり、あんたらは今俺たちが見える位置にいるんだな」
「ああ、その通り。ぶっつけ本番だし。成功するかは分からない。
だが、この包囲網から逃げ出せる策がある。それを準備してたんだが不要になったみたいだな」
「なら、こいつを一体どうします」
これにて前置きは終わり。本題に入ろうとしたところで電話は無残にも破壊された。
「まったく、このようなところに逃げ込んでおったのか」
そして、春の訪れを告げる太陽は過ぎ去り、北風が吹き上がる。




