第20話製造工場襲撃
「あのバカ」
戻って来いという叫びがとまり、連れ戻すために伸ばされた手はただ虚空を掴むだけだった。
もはや波子三ははるかかなた。その背中すら見えない。
井筒は屋根の上で一人さみしく佇んでいた。
「何でこうも身勝手なやつらばかりなんだよ!」
急激な状況の悪化に井筒は嘆きの声をあげた。
はたから見れば自分もその身勝手な人物であるのを棚に上げながらも、急激に悪化した状況をどうすればいいかと考えを巡らせる。
しかし、一人でできることなど、いかに強大な力を持っていようと限界があった。そして、彼にその限界を突破するだけの力はなかった。
「少しは集団行動ってものを考えろよなあ!!」
やってられないと、嘆く。
もしもこの空間に結界が張られていなければ井筒はもう逃走していただろう。
人不足で何もできないので、もうここにある装備を使って一人結界を張ってひきこもるのもありなのではないかとも考えた。
それをしないのは、確かに彼の内にも最低限度の良心が残っていたからだ。
この状況で自分のためだけに動けるほどに彼は腐っていなかった。
「どいつももこいつも勝手に動きやがって!
新人研修するならもっと小さな事件からだろうがぁ! 厄介な新人を俺に押し付けるなよ! 新人の新人で、勝手に動くなぁ!!」
それでも心のうっぷんを晴らすように白夜、一華、波子三。その三人への非難の声を空に向け吐き捨てる。
その上で、その足は蹴りつけるように屋根瓦を踏みつけた。
ーーダンダン。
と、鈍くそれでいて硬質な音がさみしい街に流れた。
その足蹴りも屋根から、ミシッという嫌な音が聞こえたせいで慌てて取りやめることになったのだが。
別のことに慌てている間に、どうにか波子三への怒りを自分の中で消化し終えーー。
「まずは謝罪だな。第一声が謝罪なら、新人ゆえのミスはあるわけだし。許してやろう」
そうはならないことをもう始まるまえから感じ取って入るが、自分は懐が大きな上司だからこそ、部下に最後のチャンスを与えることに決めた。
電話を取り出し通信する。
それは、もうこの時点で異常事態だった。
科学と魔術というのは相性が悪い。
この世界の法則によって組み立てる科学と、異界の法則をこの世界に呼び込み物理法則そのものに喧嘩を売る科学。この二つはお互いがお互いの長所を潰しあい、その両立は不可能とされた。
火薬類や有線などといった単純なものならばまだましなのだが、パソコンやレーダーといった高度な計算を必要とするもの、そして無線での通信に関しては壊滅的な被害を出すといってもいい。
この状況でも使える機器。それはもはや数世代型落ちした携帯でしかないのは事実だが、それでも混血たちの技術の粋を集めて作られた最新技術の塊と言ってもよい。
「さあ、つながれよ」
その言葉には二重の意味があった。
第一の理由が技術的な問題。
魔力濃度が濃い状況、結界の中でもつながることは確認されている。
何ならここよりもさらに異界の深度が深い白夜の狭間ですらごくごく普通に通話がつながったのだ。
それでも、神の現身が存在する事故の状況で本当につながるのか分からない。
もう一つの問題が、勝手に飛び出した波子三が電話につながるのかだ。
意地を張った、もしくは戦闘しているせいで電話に出られないこともある。
もし、前者だったらその時は銃殺でもしてやろうかと井筒は考えた。
「あの野郎出やがらねえ」
そしてその懸念は当たった。理由は不明。
こうして彼は本格的にこれから一体どうするのかを考えなければならない段階に来てしまっていた。
「というか、これ……。俺一人で避難誘導と結界設営をやらないといけないよな」
で、それが一人でできるかと言えは難しかった。
設営のほうを避難者にやらせるという選択肢もあるが、しめ縄から漂うただならぬ気配のことを思えば、呪力に耐性がある混血以外にこの縄に触れさせるわけにもいかない。
病院がある方角と、波子三が飛び出していった方角。
その二つを彼は交互に見渡した。
どちらに先に向かうのか、どちらにもメリットデメリットがあって井筒は悩んでいた。
波子三のほうにいくメリットは人員の確保。そして波子三が同じ混血という点が重要だった。
混血が自分たちを隔離したうえで、こんな危険な任務に半強制的につかせている政府や外の人間に対してよい感情を一切持っていない。
何なら、混血の皆が多かれ少なかれ外にいる人間はいつか敵になるとすら思っていた。井筒もまたそのうちの一人だ。
そんないつ敵になるか分からない誰かを助けるために身内を犠牲にする。
「そうだよな、どうして俺たちが知らないやつのために命まで張らないといけないんだよ」
それに何をするにしても人手がほしい。
具体的には十人以上。
百人でも足りないくらいだった。
「病院のほうも病院のほうでどうなっているか分からないわけだし」
兵士が警護についていた場合、果たして彼らは政府が信用していない混血の避難誘導に従うだろうか。
「絶対面倒ごとになるし、最悪、流言を非難されて争いになるかもだしさあ」
その時、こちらの人材が二人いれば伝令の兵士に俺が張った結界を見てもらい、安全性を保障して貰う手もあった。
だが、一人で結界を張るとなると数時間は浪費するし、その間に病院の人間も身の振り方を決めるだろう。
以下の事情を総合的に見て判断するに、一華を助けに行ったほうがいいというのが井筒の決断だった。
とはいえだ、波子三ははっきりと井筒が行くなといったのに勝手に飛び出したのだ。
「それをこっちから頭を下げて助けるのはなぁ」
それはプライドの問題ではなく、自分たちの序列の問題だった。
部下の勝手な行動のせいで、上司がその行動指針を変えるなどあってはならないのだから。
「しばらくは様子見だな」
そして最終的に井筒が出した結論は待機だった。
「10分、あるいは15分か」
井筒としても、こんなところでだらだらと時間を浪費することが、敵に時間を与えるだけの最悪の選択であることを自覚していた。
それでもどうしても波子三のことを見捨てられなかった。
もうすでに、病院でたむろしているだろう一般人を助けることよりも、味方である波子三を救うことに力を使うことに決めたのだ。が、それでも話の筋を通そうとしたからこそ、こんな中途半端な選択を取っていた。
「というかそもそも、なんで俺こんなところで訳の分からないことしてるんだろう。
仲間は言う事聞かないし、そもそもの話人手不足で、町全体の化け物退治なんてできるわけがないんだよなあ」
それでも、やはり罪悪感は感じるのだろう。一人で、誰に向けているのかすら分からない言い訳を口にする。
「政府のやつら人員をけちるなよ。こんな危険地帯だぞ、もうさあ、混血全員でここに突撃でいいだろ。
反乱や逃亡を恐れて人員けちった挙句にこれとか!
バッカじゃねえの」
そして今度はけらけらと笑いだす。
波子三がこの姿を見ればきもいと言って距離を取り、一華がこの姿を見れば政府の悪口には同意しただろうが、それはそれとして、疲労でおかしくなっているのだから、しばらくはゆっくりと休むことを進めるだろう。
「今の俺にできるのは、とにかく植物人間を減らすことだな」
そんな極限状態でも休まずに働くのは罪悪感でおかしくなっているのか、それとも染みついた社畜根性ゆえかは分からない。
ただ、これまでの井筒の目的はあくまで新人研修だった。
その新人にしても戦闘能力は十分だが、精神性に大いに問題ありと、きっと、陰陽寮の担当官が常々彼らに思っているのと同じことを井筒は感じていた。
だからこそ、一定の線引きがあった。
周囲にいる植物人間を集めるために大立ち回りをしたのだが、こちらから植物人間が多くいる場所には出向かなかった。
波子三は耐久力があるが、機動力がない。
そこが予想以上の危険地帯ならば置き去りにするリスクがあったからだ。
だが自分一人。偵察でそこが本当に危険ならば逃げだせばいい状況。
新人教育という重しもないからこそ、その線引きの外側に一歩踏み出した。
屋根という高台から、あえて視界の悪い道路という低地に井筒は足を降ろした。
身を隠すためという訳ではない。むしろその逆。
「ここなら思いっきり踏み込んでも大丈夫だな」
柔い屋根とは違い、ここならば全力で蹴りつけようとも、足場はこゆるぎもしなかった。
地面を蹴った衝撃で突風が巻きあがり、木々が揺れ動く。
高く高く、人というよりもバッタと言われたほうが納得できる跳躍力だ。
最終的に近場にあったビルの屋上から12mほどの高さまで舞い上がり、周囲を観察したのち、そこの屋上に舞い降りた。
「あそこか」
天空飛行のさなか、目的の場所を目視した。
植物人間が多いことから推測していたのだが、その場所はここから南東200m先だ。
「桜の木の下には死体が埋まっているとはよく言うが、これは確かに」
どこかの小説家が捏造した、根も葉もない噂。しかし、その噂を西行は思い出していた。
何せその噂が今現実になろうとしているのだ。
その木の根元には多数の死体が転がっていた。
老いも若きも、男も女も関係なく、あるものは苦悶にぬれ、ある者は憤怒で顔をゆがめながら。
しいて共通点をあげるのならば、ただ一人として安らかなお顔をしているものがいないことだろうか。
何せ、この哀れな犠牲者たちに根を張り、そこから養分を吸い取る樹木によって、人に仇なす何かに加工されているのだから。
平穏なる眠りなど与えられるはずもなかった。
「ここは奴らの生産工場という訳だな」
大きく育った植物は、真っ赤な気のみを実らせている。
やがて自重に耐えきれなかったのか、その木のみが地面に叩きつけられれば、そこからは新たな植物人間が生えていた。
この痛ましい光景を目にしても、井筒はやはりと納得している。内心ではこうなることが分かっていたからだ。
植物人間が人間を材料として生産されていること最初から分かっていた。
それを口にしなかったのは新入りに気を遣ったからである。
二度三度と地獄に遭遇すれば吹っ切れるだろうが、まだ最初の任務でこの光景を目にすれば最悪つぶれるかもしれないと考えた。井筒の老婆心がこの製造工場にあえて足を踏み入れなかった理由だ。
「それにしても、思ったよりも敵が多いな」
事態は井筒が思っていたよりもはるかに悪化していた。
ざっと数えただけでも22匹。それだけの数がこの工場で生産された、それも最低でもだ。
間違いなく外に飛び出した個体もいるはずで、それも数に含めれば四十を超えるのかもと井筒は推測していた。
ーー魔術の原理から考えると、一人の人間を生贄に捧げれば、一匹の植物人間が生まれるのが、等価交換としてちょうどいいが。
実際ここに来るまで推測していた、おおよその数の目安は単なる甘え以外の何ものでもなかったことをここで思い知らされていた。
「それにあれは親玉か」
西行らがエリートと名付けた個体はここにも存在していた。
エリートたちはここの護衛を任されたのか、たとえどんなに小さな違和感であろうとも見逃すまいと腕組みし周囲を警戒している。
未知の敵、多数の敵。
元から慎重派である井筒は到底突撃など無理だとあきらめていた。
こんな場所が後幾つあるのか分からないのだ。一カ所潰しても意味がないし、無理やり攻め手潰すほどの価値がある拠点でないと自分に言い聞かせる。
さあ、撤退するぞと決めたまさにその時だ。彼はそれを見てしまった。
空に大輪の花が咲いた。
実際は花でも何でもない。よく目を凝らせばただの大きな光の塊であるというのが分かる。
まるで位置を知らせるように、いや実際にその光は自分の位置を知らせているのだ。
同じものを持っているからこそ、これが救難信号であることを、誰よりも井筒は理解していた。
そして、遅すぎた知らせが彼のもとに響いた。
「お前、バカ。何で結界の中で閃光弾を使うんだよ!
あれは森の中とか限定で、こういった敵戦力のほうが多い環境では使うなよ。敵をおびき寄せるだけだから。
てめぇ、授業を真面目に聞いていなかったな」
もはや周りのことなど知らぬとばかりに井筒は向こうにいるバカを怒鳴りつける。
謝れば許してやるという余裕はもはや消えた。
やはり、命令違反しても波子三が仲間というのに変わりはない。
今すぐに助けに行かなければならないという事実が井筒から決まりという理性を取り払った。
もっとも、次の瞬間。彼は自分がバカと断じた波子三と同レベルの間抜けであることを実感してしまうのだが。
前を見つめる。するとそこには無数の植物人間たちがこちらを、ただじっと見つめているのだ。
その瞳の奥にある緑の炎が、これからお前を殺すと語りかけてくるようだった。
仕方ないなと、井筒は自分の武器である鎖鎌を取り出し、敵をせん滅することを決める。
もしも、この作品を見て面白いと思ったのならば、感想また評価をお願いします。




