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第3話樹海

 富士の樹海。ここはかつて自殺の名所と知られていた。うっそうと茂る森、来る人を迷わせる磁場。もはや生きることに疲れ切った人間がだれにも迷惑をかけまいとここを選んだそうだ。

 しかし、今では自殺者ですらここに訪れることはなくなった。

 人の手から離れたからこそ屈強な野生動物が闊歩し、その我が物顔で歩く恐れられる魑魅魍魎。それを混血どもが力で管理する。野生の秩序が敷かれているという。



 それは樹海の中だけではなく、樹海の外にも広がっている。

 世の掃き溜めどもが集うスラム街。強者が弱者を食い物とし。邪教徒、黒魔術師と表から追放されたものが幅を利かし、時たま理外の怪物がここを襲うという。




「ここが樹海!」

 

 俺たちは今その危険地帯の前に立っていた。

 バスを降りた俺たちは、スラム街でさっさと用事を済ませ、今まさに目的地の前に立っていた。


「着いたけど中途半端な時間よね。これから野宿かぁ。ちょっとだけ中に入るのは駄目なの」


 今の時刻は夕方16時ごろ。

 事前準備に、バスでの移動、その他もろもろの用事にと、俺たちが樹海の前に付いたのは何とも中途半端な時間だった。

 今は10月27日。秋が深まり、日に日に太陽が沈むのが早まっていくが、今はまだ十分な余裕がある。

 壁づたいを探索するくらいならば問題ないだろう。

 まぁ、しないけど。



「明日、時間に余裕がある早朝から探索すればいいんだ」


 まだ明るいからこそ、今のうちに今日の寝床を確保しなければならない。

 それに、夜に樹海に入るというのは自殺行為だ。俺でもやりたくない。

 それほどまでに、ここは恐ろしい場所なのである。



「そっか、ダメかぁ。なら、その前にみんなでここに来たのを記念して写真撮ろうよ」


 しかしながら、そんな危険度なんてもの、こいつらに分かるはずもなく。

 気を引き締めないといけない場面であるはずなのに、こんな物でもよい思い出になると、自撮り棒を取り出して、写真を撮ろうと言い出した。



「俺たちは、ここに遊びに来たんじゃなくて、仕事に来たんだ。そんな無駄なことするよりもさっさと仕事に戻るぞ」

「え~、一枚、一枚だけでいいから」

「どうせすぐに終わるんだから、もう写真くらいとろうよ。

 別に減るものでもないだろうし」


 こいつ、美香に甘いのは相変わらずだな。

 これで、現状は二対一。


「いいか、写真撮り終わったらすぐに野営の準備をするからな」


 これで自分の意見をそのまま貫くのも集団の秩序を乱すのは駄目だろうと思い、仕方なしに写真撮影を受け入れるのだった。



「はい、って、えっ!」

 さぁ、写真を撮るぞというタイミングで美香は素っ頓狂な声を上げていた。


「どうしたんだ」

「その、写真がうまく取れないのよ」


 ちょっと貸してみろと、俊樹がスマホをその手に取ってみれば、確かに、いくつかの機能が使えなくなっている。



「どうして、山奥だから、でも山奥でもカメラくらいは」

「数歩後ろに下がってみろ」


 その忠告通りに、後ろに数歩。性格にはしめ縄から距離を取れば、「あ! 直った」と朗報が届く。

 

 生い茂る森はコンクリートの壁としめ縄で囲まれている。

 この二つによって、霊的にも物理的にも封鎖されているのだ。

  

 俺たちのようなバカが樹海の中にうっかり足を踏み入れないようにする壁。

 そして、珠海という異界から人々を守る封印。

 その二つの役割がある。




「樹海の中では機械類がバグるんだよ。もしかしたら、しめ縄のせいかもしれないけど」


 うっそうと茂る樹木の群れは中に入ったものの方向感覚を狂わせ、中に入れば特殊な磁場と、魔力によって方位磁石ですらその力を失ってしまう。

 

「樹海の中に入るんなら電源切ったほうがいいかもな。だってそうだろう、どうせ通話できないし、最悪故障だ。

 これで分かっただろ。ここは人類が足を踏み入れるべきでない危険地帯だ。浮かれた調子で勝手な行動をすれば、それが命取りになるんだ」


 俺の忠告に二人は神妙にうなづいた。その上で「なら記念写真はしめ縄から離れたところで取りましょうよ」って! お前は少しは懲りろ。

 


「気を引き締めろよな。化け物っていうのは位相がずれた世界の住人だ。

 

 特定条件を満たさないと出てこないやつや、姿を消せる奴だって少なくないんだ」

 

「ほんと、西行って博識よね。安全だって言ってたのに」

「夜の樹海は出歩くなよ。この世界で一番賢いお化けへの対処法だ、夜に出歩かないってのは」

「残念! この世界で一番賢いお化けの対処法はお化けがいる所に近寄らないことです!」

「なぁ、もしかして根に持ってる。根に持ってるんだな。本当はここに来たくなかったのに、付き合いでこんな危険地帯に連れてきた俺のこと、根に持ってるよね」

「まったくバカよね。私は自分の意志でここに来たのよ、根に持ってるわけないじゃないですか」

 

 そうか、良かった。でも、素直に根に持っていますと言ってくれてもいいと思うんだ。

 

 

「それで、いったい何を狩るんだよ。やっぱり大金をがっぽり稼げる大物狙いか」

「まったくバカね。そんな大きなもの。壁に阻まれて持っていけるわけないじゃない。ちょっとは頭を使いましょうよ、頭を!」

「ねぇ、もしかして俺のこと嫌いなのかよ!」

 

 あまりにひどい言い草に俊樹はショックを受けていた。

 

「そんなことあるはずないじゃない。私たちはいわば運命共同体。親友を超えた心友。私はあんたのこと大好きよ」

  

 その宣言に静かにガッツポーズを決める、俊樹を俺は優しい目で見つめる。

 いや、俺は何も見てない、見てないけどな。

 

 

「そもそもの話、あっしら素人に異界由来の化け物を狩るなんて無理な話よ、背負ってる竹かごから見るに狙いは植物よね」

「いや、動物だが」

「だっさいなぁ、早とちりして自信満々に勘違い話すなんてさ」

 

 美香がぐぬってる。

 でも、これだけは言わせてほしい。さっきバカにされたからって、それで好きな女の子を全力で煽り返す。そんなんだからもてないんだよ、俊樹は!

 いや、俺はそんなこと思ってないけどね。断じて。

 

「いや、見ようによっては植物ともいえるから美香の意見も間違いではないな」

「話を二転三転させるな」

「もっと簡潔に話せ」


「いや、さっきまで喧嘩してるのを仲裁しようとしたのにいきなり二人がかりで俺を責めんな!」

 

 


 とまぁ、こんな感じで茶番を挟みながらも、実際に時間がないのも事実。 

 さっきも言ったが夜の外出は原則禁止。

 いくら樹海が強固な封印で守られているといっても、取りこぼしは確実にあるからだ。

 俺たちは今では人がいない寂れた神社の境内で三人並んで鍋をつついていた。


 ここが無人とは言っても神社だ、悪霊や化物はそうそう来ないし、スラムの住人も夜に出歩こうなどとしない。 

 なので俺たち三人は安心して鍋をつついていた。



「個人的な感想になるけどインスタント麺は世界三大発明に数えてもいいよな」 

「私は数えたくない。だって太るし」

「俺は加える派だよ」

 

 そんな夜に何をしているのかといえば、インスタント麺について熱く語り合っていた。

 

「でも、これって確か元はえっと、たしか火薬と活版印刷とあとなんか役に立つもん」

「ならインスタントヌードルでいいな」

「羅針盤だ羅針盤」

 

 美香のあやふやな知識を、俊樹が自分の欲望を踏まえて補強し、あきれた俺が正解を教えてやった。



「ならインスタント。あんたの役目はここで終わり。なんせ森で遭難時のお助けアイテムの羅針盤に非常食ごときが勝てるわけないし!」 

「だが、残念。樹海の中で羅針盤は使用できないぞ。磁場が乱れるから」

 

 自分独自の天秤で優劣を決める美香に、俺は衝撃の事実を教えてやった。


  

「……なら、三大発明はインスタント麺でいいわ!」

 

 最後の最後にあきらめたな。

 とはいえ、俺もまた、三大発明にインスタント麺を加える派だ。ここに世界三大発明は火薬、活版印刷インスタント麺に決まったのだった。

 

 

 

「寝床を変えたら眠れないなんてお前にもそんなかわいいところがあったんだな」


 カップラーメンを食べた後。明日は速いということもあってさっさと寝床に入ったのだが塩っ気が多いカップ麺を食べたせいでのどが渇き水をがぶ飲みしたのがいけなかった。 

 俺は夜。目を覚まし、一人空を見上げてた美香を見つけたのだった。

 



「そんなかわいらしいものありませんよっだ。ただ単に明日のことを考えると憂鬱になっただけで」

「そうか」


 そういって俺は美香の横に座った。 



「ねぇ、あなたっていったい何者なの」

「どういう意味だ」


 この輝く夜空の下、俺たちの手が重なり合った。

 しかし、そこに甘酸っぱい雰囲気はどこにもなく、秋とはいえ夜は冷え込むせいか、それともこれからへの不安のせいかその腕は小刻みに震えていた。




「こうしてさ、あんたの裏の仕事を知って、今までの違和感が確信に変わったのよ。

 私たちよりもずっと頭がいいし、時々ふらっといなくなる。怪異の話に異常に食いついてきて、最終的にはみんなで怪異物退治。

 あんた、私たちに何か隠してるでしょ。

 それが具体的に何かまでは分からないけどさ、力を貸してほしいなら素直にそう言ったらどうなの。

 まぁ、糞雑魚なめくじの美香さんが信用ならないのは分かりますけどねッ!」




「俺は……」


 俺がこいつらに隠し事をしているのは、確かな真実だ。

 金儲けというお題目を並べたが、自分の事情に友達を巻き込んだのは間違いない。

 ーーでも、話しちゃまずいよな。



 俺はこいつらが使えないなら、こいつらから離れて、また別の仲間を探すつもりだった。

 その覚悟は今も変わらない。そんな状態でこいつらに身の上話をするのはさすがにという思いもあった。



「まぁ、こんな時代だしぃ。

 きっと過去にいろいろとあったのは美香さんも察するわ、だから今は聞かないであげる。いい女の条件てのはね、たくさん秘密がある事だって言ってたし、なら、男の秘密の一つや二つ、私はいい女だから聞かないであげる」

 

 ああ、そうだな。お前は本当にいい女だ。俺の仲間にしておくのはもったいないくらい。




 邪神が現れてからこの世界の法則そのものが変わった。 

 いたるところで異常気象や地殻変動といった分かりやすい災害とともにこれまで空想上の存在としか思われていなかったモンスターが地球上にあふれかえるようになったのである。

 

 新しい出会いが必ず幸福であるとは限らないわけで、この人類と新しい種類の生物との関係というのは必ずしも穏やかなものではなかった。

 

 もはや世界は人類にやさしくはなくなった。

 きっとこいつもそして俺も多くの苦労を背負い、闇を抱えながら、それでも前を進んでいくしかないのだ。


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