第15話混血たち
「私新人よ。化け物が目の前にいるならば助けるのが先輩の役割でしょうがぁ!」
女が必死に叫びながら、植物人間を吹き飛ばしていく。
その華奢な腕からは想像もできないほどの怪力だった。
人の幻想によって、形作られるからこそ、幻想・妖怪というのは美しいものが多い。
当然、そうした幻想の血を引くのだから混血にも容姿が整った存在が多かった。
だが、今暴力で周囲を圧倒している女は地味な女だ。
もちろん派手なところも多くみられる。
白と黒という彼女が所属する警備会社の制服、軍服の様であり学校の制服にも見える服装だ。
事実として、この制服は彼女ら混血にとっては軍服であり、そして制服でもあった。
その事実がいったい何を意味するのか。
つまり、彼らには日常と非日常の境界線が存在しないのである。
日常で着込んでいる普段着のままに戦場に赴き、戦闘服のままで日常をすごす。
常在戦場。
それは彼らがどんな状況でも戦場に立つ覚悟と訓練を進めていることを意味していた。
そんな画一的な格好に彼女は多くのアレンジを加えている。
短い黒髪を覆い隠すのは、戦場にはあまりにも似つかわしくない桃色の派手な帽子。
そこには猿、鳥、犬といった動物のストラップがつけられている。
腰につけているベルトにしても特注品。
通常よりも太いベルトに、星形の木の飾りがはめ込まれていた。
規律を何よりも重視する軍隊ではおおよそ考えられない異常事態。
それは彼らの根幹をなす魔術という武器が影響していた。
ただの服、ただのアクセサリーであろうともそこには電子部品と同じく多くの意味役割が存在し、その能力によって服装を調整する。
故に、彼女が振るう武器もまた、銃ではなく、彼女オンリーのものだった。
今、波子三が振るっているのは撲殺用に調整されたバットだ。
野球経験でもあったのか、それを思いっきりスイングすることで植物人間の体を陥没させ吹き飛ばしていく。
「お願いだから、手伝ってよぉ!!」
そんな彼女の厚縁の眼鏡の奥、その瞳は生気を失っていた。
植物人間よりも、より大きく巨大な敵意を後ろで観戦する自分の会社の先輩にぶつけている。
「お前はやればできる子だしな。俺が手を出さなくともいける」
その訴えを無視し、声援を送るのは、今現在波子三が所属している警備会社八ツ葉の先輩、大木井筒だった。
彼は、女と見間違われそうな美貌を台無しにするように、だらしなくビルの窓の上に座り込む。
その安全圏で波子三を見守っていた。
波子三はさっさと手伝えちびと、内心で吐き捨てた。
もちろん、それを井筒が知る由もない。
それと同じく井筒が波子三の戦闘を見て、内心で驚愕していることも。
ーー初戦闘でこれか。独力で怪異化にまで術式を極めたその才能、恐ろしいな。同時に一華がここまで露骨に嫌うのもわかるからなあ。
嫌いな相手だからこそ、あえて面倒をみない上司に内心で愚痴るが、それでも、こいつの力を見て使えると判断した。
初戦闘ということもあって、最悪波子三が逃げだすことも井筒は想定していた。
最悪全ての敵を自分で処分するつもりだったが、今井筒は自分の武器である鎖鎌を左右に振って、こちらにやってくる火の粉を振り払うだけで済んでいる。
これならば鍛えれば、それこそ、あと実践を二度か三度か繰り返せば立派な戦力になるだろうと考えたからこそ、波子三と一華の橋渡しをしてもいいと考えていた。
もっともそれが簡単でないと分っているからこそ、井筒は憂鬱になる。
差別され、排斥されてきた混血だからこそ、仲間意識というのは存外に強い。
それでも派閥争いというのは存在する。
一般社会の中での混血の地位向上を目指している一華ら穏健派は生まれながらの人外との混血、魔術師がその力を使用しすぎたはてに、魂そのものが変質した場合同情を見せる。
しかし、魔術を犯罪行為に使った挙句に結果的に人外になった存在に対しては厳しい態度をとっていた。
そんなことをやっている奴らが、一緒くたに混血に分類されるのだから、自分たちのイメージが悪化すると怒りすら感じているのだ。
そして、波子三は魔術を好き勝手に使用した挙句に混血に堕ちた元犯罪者だ。
その結果、新人研修をほっぽりだして、隠密活動を始める始末。
もっとも、その能力が暗殺向きであるから、事態解決においては正解だろうが、大人げないと井筒は内心愚痴っていた。
「そもそもの話し、たった三人でこんな大規模な事件を解決しろって、いくら何でも無茶じゃないかなぁ!」
「お前賢いな。少なくともこの国の上層部全員より。
まぁ、上の連中にとって俺らなんかゴキブリ扱いだし。
死んだとしても喜ぶ奴のほうが多いんだろ。まったく嫌になる、その権力争いの果てに都市一つが壊滅したんだから、今頃上層部の間で責任の押し付け合いが起きてるだろうな。うわ、考えただけで腹の底から笑えるなあ」
実際この状況であるのに、そんな愉快な殴り合いが起きると分れば、井筒は腹を抱えて笑っていた。
波子三は何が面白いのか理解できなかった。
「そんなに危険な任務だってわかっているなら協力して事に当たるべきじゃないかな。まじで、手伝え。ただでさえ人手不足なんだから」
「おいおい、分かっていないね。波子三君。我々はしょせん社畜だよ。上司がこの場で新人教育をしろと命じたのだから、たとえわが身を危険にさらそうとも新人教育を実行せにゃならんのだよ。我々勤勉なサラリーマンは」
「あんたのどこが勤勉なのよ、怠け者の間違いでしょうが」
「嫌ぁ、そんなにほめるな」
「ほめてなぁい!!」
あまりにも無責任な言い草に波子三は自分の教育係に任命された井筒への不満を打ち込むように植物人間をかっ飛ばした。
この地に派遣された混血二人。
彼らはここが危険区域だというのに、そんなことは知ったことかと派手に暴れまわっていた。
直属の上司である一華に命じられた任務は二つ。敵の殲滅と。避難所にある物資を届けることだ。
「そもそもの話なんだけど、避難所にはこそこそ行けばいいんじゃないかな。暴れるにしても、先に物資を届けてからでも十分でしょうよ」
「仮にそれやったら、お前は逃げ回って、戦わないよな」
それに図星を突かれたと考えたからこそ、波子三は黙って視線をそらした。
「でもだ、あまり物資の配達が遅れるのも悪いし、さっさと病院に届け物渡しに行こうかな」
「ただ突かれたから休みたいだけよね」
「おいおい、俺は常に人命を優先する聖人君主だよ。そんな俺がただ休みたいためだけに避難所に向かうと思っているのかい」
「え! うん」
あまりにもひどい返答だが、事実なので井筒は目をそらした。
とはいえだ、いつまでもいじけたままではいられない。
井筒は大きめの壺のような魔道具を取り出した。
「壺中天。そんな小さな壺の中に、100キロ単位の物資を詰め込めて、重さも据え置き、私がこの国のトップなら、物資の運搬はこれに依存したでしょう。あまりにも便利すぎますし。
というか、どうして上がこれを使わないのか理解に苦しみます」
「安全性の問題じゃないかな。時々よく分からない生物が出てくることあるし」
「それは……使用を禁止するべきでは」
あまりにも恐ろしい真実に、波子三は国の無能さをあざ笑っていたのが一転、なんてものを持たせるのだと、自分たちのトップを非難した。
この壺は白夜の能力で作りだした、仙術の秘奥、その再現だった。
壺の中に世界を創り出すという権能にも匹敵する大魔術。
見よう見まねで作ったのと、量産するために性能を下げ、壺一つで一つの物しか運べない欠陥品だ。
しかも、壺内部では時々よく分からない生命体が漂着するというおまけつき。
それでも、混血たちにとっては必須品となっていた。
「まぁ、そうだな。動けなくなってるだろう奴ら何人か探してから、避難所いこうかな」
そもそもの目的が新人がどれだけ使えるのかを見極めるためだったのだ。
その新人が能力を証明した今、これ以上戦う意味がなかった。
道中何人か避難民を拾っていこうという、当然の提案に波子三は肩を震わせた。
「いや、お前。顔に布切れ巻いてサングラスつけてどうしたんだよ。
閃光弾も発煙筒も今は使う予定ないんだし」
そして、身を守るために動き出す。
「人に顔を見られるのが嫌なのよ。あと、もうひとを探すのやめません。
そう言ったものは軍の皆さんに任せて。より効率よく敵を殺す。それこそが、強大な力を持った私たちの使命じゃないかな」
きりっとした顔で、もっともらしいことを口にする彼女だったが、その本心は人と関わりあいになりたくないというのは明らかだった。
こいつも混血だ。しかも犯罪者上がり。辛いことがあったのだろうと井筒にもわかる。が、だからと言ってここまで極端な行動をとられてしまえば戸惑うことしかできなかった。
「だが、まぁ。それでもいいか。敵の雑兵の質もそこまで高くない。
ボスはただの木だ。意志があるのかないのか。仮にあったとしても、人間とアリの区別がつかないレベルだろうし。
召喚者さえ倒せば、こちらに積極的にぶつかるようなことはないだろうなあ」
「このまま一華さんが召喚者を撃退して終わりですよね」
神格、もしくはそれに準じる存在への対処というのは一般的に撃退ではなく、元いた場所へ帰還させるのが正攻法となる。
魔術の原理というのはこの世界ではない別の次元、異界の法則をこの世界に呼び込むこと。
神格というのはその次元を形成する主と考えればいい。
時折現実世界に穴を開けることで神格がこの世界に出現することがあるが、その存在があまりにも大きすぎるので彼らは現実世界に空いた穴から指先をこちらの世界に伸ばすことしかできない。
より大きな体が自分の世界にあるのだから、穴を閉じたのならば元の世界に変えるのは必然だった。
ボスがやってくればこの闘争が終わると、井筒は疑っていなかった。
その地響きが聞こえるまで。
「ひっ!!」
ソニックブーム。
物体が音速を越えた時に観測される衝撃波だ。
単なる音と思うかもしれないが戦闘機の発射時に観測されたソニックブームは窓ガラスを粉砕するなどの物質的な被害をもたらす危険な物理現象である。
逆説的にいうのでだればこの現象が発生したということは、巨木の一撃が音速をも超越していたことを意味していた。
そんな災害の中、井筒が無事だったのは音や風といった彼にとってなじみの深い現象であったからだ。
それでも飛んでくる瓦礫の類に関しては個別で対処しなければならないが、それも気による防御でこと足りる。
一方で風にも音にも対処できず、気の防御も未熟な波子三は「ふぎゃっ」とみっともない声とともに顔面に瓦礫が吸い込まれた。
ばたんと大の字に倒れこむという、コメディチックでありながらも現実で起こればシャレにならない事態。
「これはもう逃げるしかない。何せ相棒が重体なんだし。身を守るためには仕方ない」
「私元気だよ。これくらいなら傷一つないから」
そのうっとうしい健全アピールに井筒は舌打ちした。
「そこは気絶しとけよ人として」
「ここは仲間の無事を喜ぶべきところじゃないの」
期待していた反応と違うと波子三はがっかりした。
「でもさ、もう逃げ隠れするしかないってことは本気だぜ。
もう、俺たちの手に負える範囲を三段階から四段階は超えている。
ここまで事態が悪化したなら、自分たちが生き残ることだけ考えて、後からやってくるであろう援軍に俺たちが走り回って手に入れた情報を伝えていうべきだろ、お疲れさまでしたってな」
「それは、けど、一華さんからの指令があるし。軍人なら上官の命令は絶対」
「そもそもの話し、あれで生きてるのか」
これまで飄々とした態度を崩すことが無かった井筒がこの時ばかりは真顔だった。
「それは」
「司令官が死んだ場合、もしくは連絡が取れない場合は繰り上がりで俺がリーダーだよな。
その俺が言うんだ、逃げようってな。
あんなものが出てきた以上、俺たちにはできることなんて何もない」
つまり、あの大規模破壊を見て井筒は心が折れたのだ。
助けに行ったところで何もできないと。
「でも、私たちには避難民を結界で守るっていう役割が。これを使って籠城すれば」
そう言っている最中に、爆心地の中心から、先ほどと比べればはるかに小さいが、それでも同じような爆発音が響く。
それが意味していることは、いまだに一華が戦っているということだ。
「これはその、指示の続行ですよね」
「待機だバカ!」
井筒は地図を取り出した。
目当ての病院、そこから一番近い神社、もしくは地脈の通り道にいったい都合がいい場所を探す。
「その、いったい何を」
「新しい避難場所を探してるんだよ。あの一撃見たら大きな収容所でも一撃でつぶされるだろうし。
どこか小さな拠点にこの物資で結界を張ってそこに籠城する。
縄を張るの手伝え。その後俺が結界を起動するから、お前は避難民の誘導だな」
そして、井筒は病院の近くにある寂れた神社を指さした。
走り出した二人の耳に、爆発音が聞こえたのは、それからすぐのことだった。




