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第14話エリート

 今は、寂れ閑散とした街並みが並ぶだけの静かな都市、鎌倉。

 その大通りや小道を敵に見つからないようにと静かに移動する。

 ただ歩いているだけでも、いや、歩いてくるからこそこの町の悲鳴が聞こえて来た。


 あちらこちら、小さな家の小窓から、大型のビルの玄関まで、いたるところでガラスが割られており、それが戦闘の激しさを物語る。

 事故車や火の不始末による火事もまた深刻だ。

 黒い煙を伴い、血のように混濁した火災が街のいたるところで起きている。

 今ではかつての面影をうかがい知ることもできない都市だが、それでも連綿と続く人の営みという名の賑わいは完全に消え去り、家の中で身をひそめるか、俺たちのように安全な場所を求めてあてどなくさまようか。

 そんな二つの選択を押し付けられている。



 敵は病と動物だった。


 遠い昔、人類の開闢、原始時代に置き忘れていた原初の恐怖が何の因果か現代に蘇っていた。

 美香はいまも血を流し続けている。月与ちゃんのほうは血を失いすぎた故の発熱だとは思うが、呪詛の可能性もある。とにかく、まともに動ける状態ではない。

 それゆえ、一刻も早く彼女たちを医者に診てもらおうと俺たちは足を進めているのだ。


 残念ながら、俺も俊樹にもこのあたりの土地勘はない。

 ここにやってきたのは今回が初めてだ。この町の地図に関してもスマホが使えない今持っていないし、道を教えてくれる親切な通行人もいない。

 ゆえに、使える道は大通り。たまに小道も使うが、敵を迂回すれば、すぐまた大通りに戻らなければならなかった。



 幸いなことに、植物人間の歩みは遅い。

 小さな、俺たちの腰くらいの体躯。

 速さはせいぜいが早歩きくらい。

 だから見つかろうとも十分逃げられる。が、突っ切るには人一人抱えているし、足を怪我している俊樹ではきつかった。



「ああ、またか」


 今日だけで三回目だ。この大通りで植物人間に出会うのは。

 こいつらには低能だ。が、考える知能があるのだろうかと考えてしまう。


 つまり、肥料となる人間を確保しやすい大通りで待ち構えているのか、ただ単に何も考えずにぶらついていれば通行の便がいいここにたどり着いたのかだ。


 もっとも、そのどちらであろうとも俺たちにできるのはこいつらに見つからないように立ち回ることだけ。

 ゆっくりと、放置された車の陰に隠れて、そそくさと動き、小道へとネズミのように身を隠す。


「うぅっ」


 そんな回り道ばかりしているものだからか、俺が背負っている月与ちゃんの容態が悪化したのか苦しげなうめき声が聞こえて来た。



 ーー速く病院につかないのか。

 と、俺たちは焦っていた。


 もういっそ、強行突破もありなんじゃないかと思えてきた。

 動きを見ればわかる、戦っても勝てる。

 しかし数体出来たら、仲間を呼ばれたら。

 そんな不安があるのも確かだった。


 つまるところだ、時間がない今、確実に勝てる相手に怯え迂回することがとてつもなくもどかしいのである。



 その苛立ちが、強行突破という選択肢に薪をくべた。

 逃げ隠れするのではなく、このナイフと銃で敵を打ち倒し最短距離を進みたくなったのだ。


「もうさ、次からは相手が一匹だけなら始末しないか。

 敵の運動能力を見るに、一体か二体なら問題ないだろうしな」


 自分で自分が強者と認識しているからこそ、俺は暴力という力による解決策を提案したのだ。



「俺としては今まで通りでいいと思うよ。だって、ただでさえ物資が少ないんだし。こんな節約した魔除けで本当に効果があるか怪しい。

 ふいに接敵した時以外は魔除けの類は節約したいんだ」


 一方で、戦う力を持たない俊樹は己が弱者ということもあってか、端から戦うという選択を放棄していた。


 こいつの意見にも一理あると感じた、だがそれだと間に合わないという不安がのしかかってくる。

 俊樹もそれは同じだろう。

 どちらが正しいのかという疑問に俺たちは頭を悩ませる。



 そんな風に危険区域であれやこれやと悩んでいたのがいけなかった。

 選択した小道の先。ちょうど曲がり角のところで植物人間に接触してしまったのだ。


 敵は三体。

 数は向こうのほうが上。一瞬逃げるかとも思ったが、引き返した先にも植物人間がいる。


 背中に背負っている月与ちゃんを乱暴に放り投げた。

 ごめんね。

 病人相手にこれは良心が痛む。

 それでも今はそんなことを気にしている余裕がない。


 包帯を巻いた大型のナイフを、一体目の植物人間に突き立てる。

 切れ味の面も、そして、聖水もまた俺の狙い通りに機能した。

 突き刺した箇所が一気に茶色く変色する。


「意外と固いな、刺した感触も肉の物でもない」


 そもそも、人とか生き物をナイフで刺したことないけどな。

 それでも、感触がおかしいというのは分かる。


 きっと、俺が気を扱えなければナイフを突き立てることもできなかっただろう。

 そのまま、ナイフを抜いて二撃目を浴びせかけようとして、俺は舌打ちをした。


 ーーナイフが動かねぇ。

 

 時間をかければ抜けるだろうが、この状況でちまちまやっている余裕はなかった。

 仕方ないので、俺はこれを仲間の所に蹴り飛ばす。


 両手をポケットの中に突っ込み、いざという時に使おうと思っていた塩をラップで包んだ奴とお札を取り出した。


「甘いんだよ」


 こちらを威嚇するためか、大きな口を開け、唸り声をあげていた奴の口に塩を放り込み、飛び掛かってきたもう一体に関してはお札を張ることでその動きを封印した。




「よし、隠れるぞ」


 勝利の余韻に浸かることもなく、俺たちは次の動きに映る。

 植物人間の知能の程はわからない。しかし、騒ぎを聞きつけここに奴らがやって来るかも。


 月与ちゃんを乱暴な手で抱え込むと、そのままに近くにあった、とにかく頑丈そうで高いビルの中に逃げ込んだ。

 

 ここで長い時間拘束される可能性があるが、それでも大量の敵に袋叩きにされるよりはましだった。

 

 後ろが何やら騒がしくなるのと、俺たちが身を隠せたのはほぼ同時。

 どうやら大通りにたむろしていた植物人間が、騒ぎを聞きつけたらしい。


 こいつらにも、仲間を呼ぶ程度の知能はあったようだな。

 もうそこから俺たちは無言だった。

 あまりにも危機的な状況に、呼吸音ですらもどかしい。


 先に進みたいという欲求があれがそれを強引に蓋をして、息をひそめ身を丸め、植物人間たちが別の場所に移動してくれることを祈ることしかできない。



「なぁ、なんだあれ」


 鏡を使い、植物人間の動きを確認する。直接では怖いので間接的に外の様子をうかがっていた。

 もしも植物人間の集まりが悪いようならば、そのまま強行突破するのもありだと考えていたからだ。


 今確認できている植物人間の数は六体。

 これからも順調に増えるのを考えれば今行動に移るべきか。

 先ほどは三体を速攻で片付けることができたのだ。

 危険はあるだろうが、こいつらには遠距離攻撃がない。

 俺たちならいけると覚悟を決めようとしたその時だ、俊樹が不気味な何かを見つけた。


 そいつはこれまでの植物人間とは見た目からして違っていた、何せ堅牢そうな鎧を着込んでいるのだ。

 体つきもこれまでのやつとは根本的に違う。

 他のが俺たちの腰くらいならこいつは同じくらい。格段にでかかった。


「こいつらは、きっと植物人間の中でも指揮官か、強力な個体だよな。植物人間エリートってところか」

「ださ」


 その安直なネーミングに俺は思わずブーイングをいれる。


「だったら、お前が命名してみろよな」


 気分を害した俊樹が、それならお前がやってみろと振ってきた。

 

「アーマード・植物人間はどうだ」


 ごめん、とっさだったからいい名前思いつかなかったんだ。


「お前、何でも横文字にすれば過去良いって考えてるところあるよな」

「今鼻で笑った、鼻で笑ったよな」

「いや、ただ、そんなんじゃ俺のほうがネーミングセンスのほうが上だと思っただけだ」

「いや、俺だ。俺のほうが上だから」


「だったらはっきり言うけど、どっちもダサい」

 

 俺たちの醜い争いに判決をつけたのは熱で寝込んでいた月与ちゃんだった。

 ついでにこんなところで喧嘩しちゃだめだよと、幼女にかなりガチ目の説教をされる。


 こうして鎧を着込んだ植物人間の名前は植物人間エリートで決まった。



 名前を決めた後、俺たちはこの新たな脅威にどう対処するかを考えだす。

 とりあえず、鏡ではなくこの目で植物人間のエリートをその目で見ることに決める。


「危なくないか」

「でもさ、敵の脅威度を測るにはやはりその目で見る必要があるだろう」


 敵に察知されると止める俊樹を俺は説き伏せた。

 脅威度の測定の為に、鏡越しという荒い姿ではなく、直接この目で植物人間のエリートを目にしたかった。


 でも、窓から顔を出すのは一瞬だ、という約束をした。

 すぐに顔を引っ込めるのだから、危険性などあるはずがないと、そう俺は高をくくっていた。


 ひょいと顔を出し、植物人間がいる所に視線を向ける。

 その時だった、俺の心臓が凍り付いたのは。

 そう、植物人間エリートがこちらに視線を向けていた。



 すぐさま窓の下に身をかがめ、息をひそめる。

 あいつらにどれだけ知能があるのか分からないが、低知能ならば、きっと勘違いだったで終わる。

 そんな風に自分にとって都合がいい妄想をしていれば……。


「ひっ!!」

 

 矢だ。

 矢がここに打ち込まれた。

 明らかにこれまでの植物人間とは異なる手先の器用さと知能の高さに俺は戦慄する。

 こんなところで、敵の中ボスに出会ってしまったと悲観にくれた。



 だから俺はあきらめる。

 カバンの中からありったけの爆弾を持ち出し、それを投擲した。

 そしてダッシュ。

 三階のベランダから向かいの家の屋根に飛び乗った。

 この爆風につられ、他にもこんなのが来るかもしれないからだ。

 

 俺にできるのは、どんな状況でもこの子を守り抜いて見せると覚悟を決めることだけだった。

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