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第13話余波

「よかった。まだ息がある」


 抱きかかえた体は少し軽くなったような気がするが、息を吐き呼吸をしている。脈も正常。

 いまだ予断を許さない状況ではあるが、助かる見込みは十分だと、俺は大声で俊樹と情報を共有した。

 あいつのほうでは、月与ちゃんがどうにかとっておいた塩を使いながら触手と格闘していたので反応が返ってくることはなかったが、それでも肩の荷が下りたとみて間違いはない。



「頑張ったな、美香」


 救出劇の合間に、手遅れになるのではという不安が確かに存在した。

 至る所から訳の分からない植物のような何かが伸び、その身体をむしばんでいたのだ。

 不安は杞憂でしかなかった。しかし、今はまだ坂道を上る途中でしかないことを思い出して気を引き締めなおす。

 今度は、絶対にこいつを医者の所に間に合わせてみせるという覚悟を決める。



「良かった、無事みたいだね」

 

 ようやく触手を振り払った俊樹が足を引きずりながらも、こっちにやってきた。

 がっちりと、あの訳の分からない植物もどきに足を掴まれたのだ。

 立って歩いているだけでも奇跡だ。

 念のために足を見せてもらったが、内出血で赤くはれているが、それでも脱臼や骨折といったどうしようもない状況には陥っておらず、だいぶ機動力は制限されるだろうが、立って歩くことができていた。


 いまさらながら、俊樹に聖水の類を手渡し、それで脱出した後にカバンを渡してもらえればと思ったが、ここまできれいに脱出できた裏には、触手の根元に聖水を吹きかけ弱らせていたという隠れたサポートがあるためで、結局あの動きが最適だったなと思い直した。



「でも、このままだと……。美香を治療と。それにこの子もできれば家族のところに送ってあげたいし」

「それについてなんだが。ここはこの子の家なんだろ。だったら、ご近所さんか誰かに預けたほうがよくないか。

 俺たちだって、生き残れるかどうかわからないんだ。いまだこの結界がどんな力を持っているか分からないが、どうにも即死系のデバフを振りまくことはないみたいだし。

 加速度的に状況が悪化するだろうが、俺たちだって、道中で植物人間や別の強敵と接敵、ここまで状況が悪化すれば、避難所も、ここよりはましだが、絶対安全とは言えない」


 避難所に向かうのか、ここで非難するのか。

 どちらが正しいのかなど、それこそ、神のみが知る領域だ。


「でも、それは俺たちが決めることじゃないだろ。ここに残りたいなら、ここに残りたいって、それとも俺たちについて避難所に行きたいなら付いていくってさ」


 俊樹は月与ちゃんに視線を合わせて、そう問いかけた。

 正直、この女の子を連れていく余裕はなかった。

 こちらはただでさえ、怪我人を一人抱え込んでいるのだ。

 自分のことだけで精一杯、危険度で言えばどっこいどっこい。

 おとなしく家の中で籠城するのも、そう悪い案とは思えなかった。

 それでも俺は、付いていくというのならば全力でこの子を守るつもりだった。

 だってそうだろう、この子は命を懸けて俺たちを救ってくれた。

 あの大人でも逃げ出したくなるような、恐ろしい現実を前に、心折れることなく、俺たちを救い出してくれた。

 それだけで、俺たちにとっては身内といってもいい。


 だからこそ、避難所に向かうというのであれば命を懸けて守り抜くと心に決める。



「私は、その私は、お兄ちゃん達と一緒に行きたい。

 お父さんやお母さん、それにお姉ちゃんがそこで待っているかもしれないから」

「道中、もしかしたら危ない目に合うかもしれない、向かった避難所にお父さんやお母さんがいないかもしれない。それでもか」

「うん」


 こうして、俺たちにはまた一人同行者が増えた。



「いや待て、そもそもの話なんだが、怪我人を運ぶのはどうなんだ」


 それらしいことを言っていたから、こいつも一緒に避難所、つまりは病院に足を進めたいと考えていたのだが、どうやらあのささやきは単なるタスクの確認だったようだ。

 俺と月与ちゃんが会話を始めたせいで、言い出せなかったようだが。


 確かに、怪我人を動かさない。それは救助の原則だ。しかし、あれこれ頭をひねった末に、それは駄目だと却下した。


「こうなった以上助けは来ないぞ。だってそうだろう。この結界のせいで外界と遮断されたんだ。

 緊急時怪我人を動かさないのは救助が来るのを前提にしてるからで、救助が来ないと分かっているのに、待つ意味はないだろ」

「それもそうか」


 あっさりと意見をひるがえした俊樹だが、その考えは正しい。今回が例外なだけで。

 初めて経験する状況、救助救難のセオリーが通じないことに戸惑いを見せつつも、賛同してくれたのだ、正直ありがたい。


 方針が決まれば、あとはそう、美香の体を移動の時間くらいは持つように、簡単な処置を施こさないとな。



「悪いんだが、美香の応急処置は頼んだ」

「分かったけど、そっちはどうするんだ」

「装備の点検、あそこまで派手に使ったから、どうにか節約しないと」


 あれだけ激しく聖水のたぐいを使用したのだ。果たして残量はどれほどか。考えただけで、気が重くなる。


 ああ、そうかと納得した俊樹はあいつが背負っているカバンからラップを取り出した。

 何でこんな状況で、ラップと思うかもしれないが、俺たちはいたってまじめだ。

 レンジで何か温めるためではなく、包帯の代用品として使用する。

 

 実際災害時には包帯の代用品となると多くの人にラップはお墨付きをもらっているのだ。

 それに懐事情もある。俺たち、金ないし。

 まあ、身体中あちこち怪我しているので、気休めにしかならないが、それでもないよりかはましだった。

 実際大きな傷のほうは、どこからか持ってきたカーテンを割いて包帯にしているし。



 そんな風に、俊樹が応急処置に奮闘している間に、俺のほうも俺のほうでこれからのことを考えなければならない。

 カバンの中のものをあれやこれやを並べていく。

 結果、ああやはりなと俺は落胆した。これからほしい聖水やお清めようの塩が使い込まれていたからだ。

 聖水に関してはもはや細を突きかけ、塩も全体の一割くらいしか残っていない。

 これからを思えば、少し厳しいな。



 どうにかやりくりできる方法はないかと知恵を絞るものの、知恵を絞るも、あいにくと無学な俺には有効な手段は思いつかなかった。

 その一方で、もともと手先が器用なこともあってか、俊樹の応急処置は順調に進んでいる。

 美香の大きな傷を無理やりではあるもののラップとカーテンでふさぎ、今は月与ちゃんの腕の処置。

 ラップで手をぐるぐる巻きにしたうえで、その芯をまるで添え木のように活用しているのだ。

 何それすごい。

 ラップって、そんな変な使い方があるんだな。

 そして、これは俺のほうにも使えるかもと閃きが俺の脳内にあふれ出た。



 少しもらうぞと、カーテンの切れ端をもらい受け、それを聖水に付けた上で、ナイフに、ラップのように巻き付けていく。

 後でさびてしまうかもと不安を抱けども、今すぐ何かが起きるわけでも無し。

 切れ味に不安は残るが、少なくとも聖水は節約できる。

 その上で、清めの塩に関してはもう腹をくくるしかない。

 清めの塩を入れている、木製のなんとなくありがたそうな容器に市販の食塩をぶち込んだ。

 効力は減っただろうが、それでも、今必要なのはまとまった量だった。



 さぁ、今こそ出発だと、準備が終わり足を動かそうとしたときに、俺は重大な見落としに気がついてしまった。


「なあ、俊樹、悪いんだが、二人まとめて背負ってくれないか」

「ぶっ飛ばすぞ」


 突然の無茶ぶりに怒り心頭の様子だが、これはだてや酔狂で言っているわけではない。

 

「いやさあ、俺って、戦闘要員だろ。

 先行してルート選択したり。敵と戦うこともある。

 急に敵と遭遇ってこともあるし、その時に、手が空いているほうが何かと都合がいいと思うんだよ。だからさ」


 つまるところ、何もかも人で不足が悪いのである。

 戦場で負傷者を運ぶのならば、両脇からその怪我人を支えることが望ましい。

 それに、一人か二人、護衛兼付き添いがあればさらにうれしい。

 何せふいに敵に遭遇する可能性があるからだ。


 これが安全な市街地なら、一人が一人を背負うので十分やっていける。だが、この危険地帯では厳しかった。



 この状況を打開するもっとも簡単な方法、それは自分たちとともに避難所まで行ってくれる人間を探すことなのだが、そんな都合のいい誰かが見つかるのかといえば、さっきからさんざん口にしたことだが、もうここにいる人間で非難する人間はさっさと非難しているし、それ以外の人間も家の中で籠城すると決断を下した人物だ。


 俺たちが心を込めて、同行者を求めようとも、賛同してくれると思えない。


 俺たちにできるのは、道中で同行者を探し、もしその人に、月与ちゃんに任せる。

 つまり、無策だった。



 問題が見つかり、それに対してどうにか対処をしようとしたけれど、結局人で不足のせいで有効な策が見つからなかった。そのまま、ああだこうだと会議を重ねた末に、何の案み見つからずに、いたずらに時間を浪費した。

 ある意味で一番やってはいけない失敗だ。 


 美香の命という明確なタイムリミットが存在する今、早く足を進めなければと、やや急ぎ足で歩みを開始しようとして、俺たちはまた足を止めた。


「そんな嘘だ……ろ」

「でたらめだ……」


 この結界の支柱たる神樹が動き出したのだ。

 人間でいうところのパンチのように枝をしならせ、その枝を地面に叩きつける。


「ぐぅうう」

「突風がぁ」


 あの巨木から遠く離れたこの場所にまで突風が押し寄せる。

 空からは天高くまき散らされた土煙が視界をふさぐように舞い降り、その不快さから、混乱し、鼻が刺激されくしゃみや咳と散々な目に遭ってしまう。


 そして土煙があらかた地面に沈殿してきたときだった。


「なぁ、病院に行くのはやめにして、やっぱりここで籠城しようよ」


 どうしてか、俊樹のやつがもう終わったはずの話を蒸し返してきた。

 このままここに籠城して、美香を見殺しにするのかと、攻め立てるような視線を向けるも。


「状況が、変わったんだよ。あの一撃を見ただろ。

 あれを向けられたのが避難所だったら耐えられるか。

 敵に避難所を楽々と破壊できる手段があると分った今、そんな大きな的で立てこもって非難なんて無謀だろ」

「だけど、あいつは、あの化物はわざわざ計画の前に避難を警告する甘ちゃんだ。

 だったら、避難所には手を出さない可能性も」

「それ、お前の感想だよな。

 それに仮にそうだとしてもだ、避難所にいる人間はそれを知らないわけだし、一撃による絶滅から逃れるために散会している可能性が高くないか」


 俺自身、そうなる可能性を想像してしまった。

 仮にもし、俺が避難所のリーダーだとして、あの光景を見れば……。

 確かに、俊樹の言った行動をとっただろう。



「結界さえなければ電話でかくに……いや、この状況だとどっちみち、混雑して使えないか」


 厄介なのが、俺たちに現地の状況を確認する手段がないことだ。


 俊樹が言ったような状況になっているのか、それとも思い過ごしか分からない。


「よし、このまま病院に行こう。

 確かにだ、俺たちが向かう場所以外なら、そうなると思う。だが病院なら、負傷者が多数いるんだ。そう簡単に持ち場を離れられるはずがない」


「それで、月与ちゃん、君とはここで……」


 避難所が混乱状態という可能性を否定できない今、さすがに幼い子供を連れていくのは無理といって、どこか適当な家の人に任せるつもりだったが、その前に月与ちゃんは地面に倒れこんだ。


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