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第12話起死回生

「なぜだ、なぜ生きている」


 懐に大事にしまいこまれていた写真が燃え尽き、代わりに傷一つない徳子が復活する。

 奇麗に再生されたが、そこには余裕がなく悲痛な様子をごまかせもしない。



「そちらこそ、あれでも死なないんですか」


 欠損だらけの身体、ようやく元の形に回復した口で一華はあえて強がった。しかし、実際は余裕などない。

 鏡さえなければダメージの押し付けができないという前提がここに崩れたのだから。

 加えて、即死ならばダメージの押し詰めもできないだろうという仮説も実証が失敗した。


 体中が欠損しているせいで、急所をえぐることはできたが、傷が浅く、生と死の隙間が生まれた。

 それでは、実験の結果を確かめるすべがない。


 姿を映したものならば何でもダメージを転写できると分ったのは前進と言えるが、こんどは何度殺せばいいのかと別の疑問が生まれてくる。



「生憎と鍛え方が違うのでな」


 徳子もまた内心は穏やかではない。


 最初の奇襲であれば納得できた。

 目の前にいるのは憎き愛しき宿敵だ。

 それ以外の何かが視界に映ることすらなかった。


 だがだ、今回も油断があったというのは否定できないが、徳子は自分でもあの状況から生還は無理だと結論づけた。故に、不死身の化け物に内心恐怖しているのだ。


 つまるところ、両者が相手のタフさにドン引きしているのである。



 だが、実情は違う。内実は両者ともにボロボロだった。


 見た目には傷がなく、気もまた充実している徳子だが、その額からは汗がにじみ、息も荒い。

 身体的には何ら問題が起きてはいないものの、二度にも渡る死の経験が一切の余裕をはく奪していた。


 表面上は毅然とした態度を保ち、しっかりと敵を警戒する一華であるが、その魔力は底が見え、再生するとはいえ、身体の負傷が多い。


 相手を大きくみてしまったからこそ、徳子は気がついていないだけで、一華がとりうる選択肢など、逃げるか玉砕するか、その程度のものしか残されていないのだ。



 ーーもう十分な情報を得ましたし、ここは逃げの一手を打っても……。


 死と痛みへの恐れが、一華の足を半歩後ろに下がらせた。

 だが、それだけだ。


 ーー当たり前ですが、ここで私が引けばこの町の人間に犠牲が出ますし。


 誰かを救うために足を止めたのだ。

 もちろん、ここに実家があるわけでもなし、全員が知らない顔。

 混血の中には自分たちを閉じ込め差別してくる外部の人間に怒りを感じるものも少なくはない。

 彼女自身もその身の内に燃え盛らんばかりの憎悪を抱えている。


 ーーとはいえ、見捨てられますんしね。


 それでも、救えるかもしれない誰かを見捨てるほど彼女は落ちてなどいなかった。



 両者はゆるぎない思いを胸に抱き対峙する。

 荒い息と疲労によって散漫になった集中力。

 本音で言えば、戦闘などほっぽりだして休みたいがそうも言ってられない状況。

 先に動いたのは徳子だった。


 薙刀の基本の型に沿うように、円を描くのように薙刀が振るわれた。

 鎧兜ですらもあっさりと粉砕するほどの鋭さを持つ一撃。

 恐ろしいほどの剛力で振るわれる、ほれぼれするような太刀筋だが、彼女のいつもの動きと比べれば大きく繊細さを失っていた。


 一華は地面に密着するのではないかというほどに、身をかがめることで回避した。 


 結果は空振り、どうにかして徳子は軌道修正をしようと試みたのでが、間に合わずに地面に薙刀が沈み込んでしまった。



「あぁ、視界がふらつく!!」


 やはり先ほどのダメージが尾を引いていると、徳子は冷静に現状を分析していた。

 ふらつく視界、震える手。

 それでもなお、敵を追い詰めるべく、強引に薙刀を振り回す。

 そこには武術の武の文字すら存在しない。



 力技でこちらを攻め立ててくる徳子に対し、一華は先見の力を用いて、最小限の動きで相手の動きをさけ、時にはそらしていく。

 体のダメージのせいか、あまり派手な動きはできないものの、仲間とともに学び取った、武が確かにそこにはあった。



 現状は互角。それを生み出しているのは純粋なカタログスペックの差故だった。

 打ち合うことで一華は理解する。敵のほうが二から三段階、実力が上だと。

 時を経るごとに、一華の身体には浅い傷が刻み込まれ、対処にも遅れが見え始めた。


 そしてついにその時が訪れた。


 杖を構え、薙刀をそらそうとしたというのに、その刃がまるで蛇のように軌道を変えた。

 この攻防の果てに、視界の揺れが収まり、徳子が武を取り戻したのである。



 ーーついにとらえた。


 これは入ると徳子は確信した。

 しかし、この時彼女は一つ重要なことを忘れていた。

 自分自身がそうであるように、敵もまた本当の意味で化物であることを。



 一華ははセオリー通り、腕を縦に曲げ、盾にするのではなく、真っすぐ腕を横に伸ばし的としたのである。


 腕は開きのように切り裂かれた。

 見るも無残、ただ眼にするだけでも痛ましい光景。


 しかし、薙刀はその動きを止めた。


「しまっ!」


 後悔の念を抱くが、それはもう遅い。

 渾身の気を込めた一撃が徳子の顔面に叩きこまれる。



 全力でぶつかり合った両者。しかし、表面的には無傷だった。

 ダメージの押し付けと、無限再生。

 あまりにもタフなせいで互いに決め手を持たないからだ。



「ぜぇ……ぜぇ。いい加減しつこいぞ、あなたは」


 気を抜けば、倒れこみそうになる身体を徳子は何とかふんばる。

 一貫して彼女が見せていた強者の余裕はもはやどこにもない。

 これからのことを考え、奥の手こそ切ってはいないものの、対等の敵として一華と相対していた。



 ふらつきながらも立ち上がった徳子に対し一華は動かなかった。

 何しろ、腕を開きにされたのだ。

 いくら剛の者でも、片腕を失った状態で敵にぶつかり合うなど自殺のようなもの。


 

 開いてしまった距離、そして、攻勢を仕掛けたのはまたしても徳子だった。


「なぁ、一体どうして、あなたは地面から足を離さないのだ。それともだ、離せない理由でもあるのか」


 煮詰めたような悪意を質問に込めた。


 

 ――まさか、ばれた!!


 それが事実であるからこそ、一瞬身体を硬直させ、しかし、相手にこれ以上ヒントを与えないべくだんまりを決め込んだ。

 その内心では、もはやこれ以上の接敵は無用。戦闘を続ければ殺されるだけだと冷徹に計算していた。

 こちらの手の内を見抜かれ、それでいて、自力では向こうのほうが数段上。

 完全に詰みだった。

 


 一華の世界樹の杖には明確な弱点が存在する。

 地脈と接続する関係上、必ず身体の一部を地面と接触していなければならないということだ。

 それを見抜かれたせいで、もはやどうすることもできない。

 もちろん普通の相手であれば、森そのものを動かす中遠距離制圧で座したままに敵を圧倒できるが、目の前の相手はその程度では倒せない。



「ですが、もうあなたの情報は十分です」


 それでも、これだけの情報を手に入れたのだ。

 これから来るであろう増援に情報を伝えぶつかり合えば、苦戦すらなくお前を倒せると、一華は負け惜しみを口にする。

 


「それでは、次あう時は彼岸花でも差し入れさせてもらいます」


 民間人の死とこれからの状況を天秤にかけ、一華は撤退を決断した。 

 最後に皮肉を込めて、死者に手向ける花の名を口にして。



 植物と同化することで、根を伝い移動すべく動き出す。

 無防備な姿に、多くの攻撃が叩き込まれるだろうが、一華は自分ならば耐えきれると確信していた。



「愚か者が」


 鏡が明滅すれば、そこには海が現出した。


「これが平家という名の伝説だ」


 強敵に自分たちの誇りそのものを見せることがうれしいのか、徳子は獰猛に笑う。

 そのうえで、自分にできることが、幻を見せることくらいだという甘い見通しをした敵を見下していた。



 水面とは鏡面と等しく世界を映す鏡であり。そこは自分自身の世界と徳子は断じる。

 ここに勝負の天秤はその答えを示す。だが……、



 ーーお前は素晴らしい強敵だ。


 逃げられないと悟った一華は逃亡という案を捨て去り、己をただ一本の矢として敵に向かう。

 これこそが己が求めていた闘争だと、徳子は生の実感をこれ以上なく感じていた。


 幾多の戦線と死闘を潜り抜けたものすら持ちえない、狂気に裏付けされた理性に笑いながら死んでいった、かつての仲間を思い出す。



 確かに武士の時代は終わったのだろうが、この心を受け継ぐ誰かがここにいた。

 いつの間にか、徳子は目の前の敵を愛おしいと思った。


 だからこそだ、もはや勝負が決まった状況であろうとも、一切の油断はない。

 ただ冷静に、使い魔とともに迎撃準備を進め、そして……。

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