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第11話シュブ・ニグラス

「ウィッカーマン」


 これはドルイドたちが行っていた生贄の儀式である。

 人型に編んだ檻の中に供物を入れ、燃え上がる炎の中で神へと贈り物を献上する。

 古代にケルトにおいては、時として人間すらも生贄に捧げていたそうだが、今ではすたれた儀式だ。

 その儀式が今、邪悪な魔女によって再現されようとしていた。



「イア・シュブ・ニグラス。千の子羊を孕みし黒い子羊よ……」


 邪神への奏上が響く。

 狂気を孕んだ冒涜的な声はただ耳にするだけでも、周囲の人間を破滅と狂気に誘う。

 燃え盛る檻から木霊する、嘆きの声も合わさり、正常なものであれば、この儀式を見れば目をつぶし、この声を聞けば鼓膜を破り捨てるであろう。


 途方もない狂気が渦巻いていた。

 だが、いつの時代であれども勇者は存在する。

 狂気を前に立ち向かう勇気ある者たちが。



 圧倒的なまでに不吉な魔力に当てられ、一華ですら敵に怯え足がすくんだ。

 同時に、あとたった数秒でこの街そのものを破壊しかねない災厄が解き放たれるのを悟る。

 逃げるか、立ち向かうか。その選択を迫られた挙句。


「やらせるかぁ!!」


 彼女の選択は突撃だった。

 詠唱が終わる前に、眼前の敵を叩き潰す。

 出し惜しみ無し、決死の覚悟を持った攻勢が開始された。



 二本の矢を持って、一華はこの状況を打破するつもりだった。

 彼女が手に持つ木の枝、世界樹の杖(ワールド・ツリー)を地面に突き立てた。

 それだけで、地脈との接続が完了する。


「ほう、あなたは森そのものを扱えるのか」

 

 ここでようやく、徳子は敵の能力に辺りをつけた。

 一華がタクトをふるえば森がざわめき踊りだす。

 自分のように特殊能力に全振りしたものではなく、圧倒的な質量とそれがもたらすであろう力に、自身の防御が突破されるかもしれないと危機感を感じるのだった。



「森の聖霊よ」


 目を閉じ、手に持った礼装に体を預け、聖女のように一華は祈りをささげた。

 それだけで周囲から光があふれ、力としか言いようがない何かが、まるで応援でもするかのように彼女の周囲を踊る。

 彼らは森の精霊たちだ。



 ーー黒い子羊ども


 目を刮目し、大地を踏みしめ巨木に向き合う魔女は、ただ内心で己の使い魔に命令を飛ばす。

 ただそれだけで、木に擬態していた不気味な何かが動き出した。



 一華の周囲を漂うのが、光の精霊であるならば、徳子が従えるのは黒い化物だった。



 お互いが、相手が行う行動をつぶすべく準備を進め、そして同時に手札を動かした。

 森そのものが濁流となり、徳子に迫り。

 その濁流を怪物がせき止める。


 巨大な何かがぶつかり合う鈍い衝突音が森の中で木霊していく。

 

 両者はがっつりと組みあう。

 力は一進一退。

 少なくとも、何か外部からの動きがなければ、この均衡が崩れることはないだろう。

 そして、この事実は、徳子の勝利を意味していた。



「ごめんなさい」


 一華のささやき声はどこにも届くことはなく、闇へと消えていく。

 

 両者がぶつかり合い、動きを止めてしまったこの状況で、密かに用意していた二の矢が解き放たれた。

 徳子から死角となる場所で木の枝が一人でにしなり何かが投擲された。

 それは手りゅう弾だった。


 合計で五つ。三つは足止めを行う子羊に、一つは徳子に。最後の一つは閉じ込められ、供物に捧げられるのを待つ哀れな生贄たちに。



 ――足手まといと判断すれば見方ですら容赦なく切り捨てるか。


 その外道な戦法に、意外や意外。徳子が感じていたのは懐かしさだった。

 

 ーーあ奴なら、このくらい、鼻歌でも歌いながら行うか。


 壇ノ浦で自らを打ち滅ぼしたあの憎き英雄のことを思い出した。

 それと同時に、あやつならば、このようなぬるいことは決してしなかったとも思う。

 心底から嫌い憎んでいるからこその、愛が確かにそこにはあったのだ。

 ならば負けるわけにはいかないと徳子は鏡を握る手にさらに強く力を込めた。



 鏡がゆらりと光を放つ。

 しかし、何も起きない。

 

 ーーそうか、土埃。


 視線を眼前の神に固定したつけがここで来た。


 ーー生憎と、あの鬼畜外道のせいで用心する癖がついた。


 爆発とともに崩れる檻。その中にいたのはただの人形だった。

 考えてみれば当然だが、これまで木の中で生贄を収容していたのだ。

 わざわざ外に生贄を出す理由などないのだ。



 ーーまさか幻覚。


 一華はものの見事にはめられた。

 だが、驚きどころはそこではない。魔術の知識があったからこそ、一華は徳子が幻術を使ったことをあり得ないと断じていた。


 徳子の鏡も、一華の杖も系統魔術によるものだ。

 内在型とされる憑依・強化。

 外在型とされる付与・放出。

 そこから派生する特殊型に分類される憑依・具現・付与。

 普遍型に分類される強化・変化・放出。


 この内在型と外在型、特殊型と普遍型。それらをどのように分類するのかは専門家でも意見が分かれている。


 なぜならば、一華が扱う内在型憑依について語るとすれば、初期の段階で自身の技量の100パーセントの力で憑依系統の能力を使え、そこから人によって差があれど80パーセントの力で強化系統が使える。

 そして、憑依型の練度を深めていけば、最終的には自分自身の心の具現ともいうべき具現、つまり礼装を無から生み出せる。


 憑依という系統が非常に特殊であるので多くの例外が存在するも、それでも原則として力で外界に干渉することを苦手としている。

 内在型は自分自身の身体を操作することにたけた系統であるからだ。


 だが事実として徳子は外界に干渉した。

 それが意味するのは「第三段階か」と、一華は驚愕した。


 特殊と普遍、その二つに分類されるのは、それぞれの能力を極めていけば最終的に反対側の能力を扱うことができるようになるからだ。


 それは第三段階と言われ、神にも等しい力を得るという、魔術の極致だった。



 

 そして、神にささげる祈りの時間は終わった。

 ある意味でそれは、神が神に祈りをささげるという矛盾した光景だった。


「あなたには色々と聞きたいことがある。降参するというのならば命までは取らないが 」

「降参するとでも」

「理由を聞いてもいいか」

 

 そんなことも分からないのかと一華は笑った。


「仲間だからですよ。見方を裏切らない理由にそれ以上ありますか」

「それは、まぁ、その通りだ」


 その笑いにつられるように、徳子も微笑んだ。

 そこにあるのは共感だった。何せ、彼女自身仲間への情で動いているのだから。

 かつての仲間の無念を晴らすために意味がないとわかっていても進み続ける。

 千年前でも、そして今でもそれだけは変わりない。


「人の想いというものは変わらないものだ」


 そこで徳子は天に掲げた腕を振り下ろした。


「さぁ、シュブニグラスよ」


 腕と連動するかのように、巨大な節くれだった大木が森全体を薙ぎ払う。


 ただ一撃、それも腕を軽く振り下ろしただけ。

 たったそれだけで、町全体が震える。

 土煙が結界で閉ざされた世界そのものを覆うように広がり、衝撃でガラスは割れ、町全体が悲鳴を上げるように揺れた。

 そして、神の一撃の跡地にはぽっかりとした大穴が開いているだけだった。



「見事だ。現代、この平和な世の中でこれほどの勇士が存在していたか」


 神格への矢を射かける行為。

 徳子が生きていた時代それは最大の禁忌。

 それをやった存在など、かつての主人くらいのものだったと徳子は回想する。


「神罰を恐れぬその勇敢さ、あっぱれみごと!」


 さあ、あの臆病者を殺そうと徳子が大穴から背を向けたその時だった。


「ねえ、どこいくの」


 背後から死人の声が聞こえ、今度は首を切断された。



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