第8話圧迫面接
「何で来た」
本音では手伝ってほしかった、でも俺は有難迷惑だと言って俊樹を突き放した。
何せ、こいつらは人の身体を容易に食い破るのである。
友達を助けるためにここまで身体張ったというのに、その友達自身が命をかける状況。
はっきり言って、本末転倒だった。
「お前だけ、美香に良い格好しようって言っても、そうはいかないぜ!!」
そんな男らしいことを言っても、その姿はあまりにも女々しかった。
膝は震え、目は涙で潤み、虚勢を張っていることなどまるわかりだ。
「お前が養分になったら、俺でもどうしようもなくなるかもしれないんだぞ!」
自分の命をなげうつと決めた男に、半端な説得は意味をなさない。
自分自身がそうだったからこそ、こいつにも下手な説得が意味ないことは重々承知だ。
だからこそ、別の角度から説得する。
「なら、こいつらが増える前に美香を救い出せよ。
どうせ、美香は長い時間は持たないんだ。リスクを冒してでも、美香の所に走って拾い上げる。それ以外美香を救う方法なんてないだろう」
ああ、そうだな。
あそこまでの怪我だ。救助が一瞬遅れるだけで助かる可能性が変動する。
こうして俊樹を説得する時間すら惜しかった。
「そんな気休めでは持たないぞ、悪いことは言わない、引き返せ」
本当は助けてほしい。でも危険なことをしてほしくない。
矛盾した思いがせめぎあってくる。
あの魔除けにしたって、ここまで上位の存在に対して効果があるのかなど分かったものではない。運が良くて気休め、悪ければ一瞬で食い破られる。
それでも俺の弱さが、命令ではなくお願いを口にしてしまう。
本当なら、一刻も早く引きかえらせるべきなのに。
結局、俺ができたものなど一刻でも早く美香を助けることだけだった。
「助けるぞ! 美香を」
「ああ!」
短いやり取り、それだけでもう俺たちには十分だった。
やはりというべきか、なんというか。
こいつらに関してはあまり知能が高いという訳ではないらしい。
動き、あるいは行動の優先度に関しては非常に単純だった。すなわち、食えそうな獲物があったらそこに向かう。
目に見えて、俺を拘束している触手が減っていく。
拘束が少なくなれば俺は前に進める。
「ウオオオォォォオオオッ!!」
気がつけば俺は吠えていた。
例え四肢がもがれることになろうとも、考えなしのバカが手を突っ込んだ末に出来上がったこの細い道に体をねじ込むつもりだった。
美香との距離が縮まる。あと少し、あとちょっと、そしてーー。
届いた!!
ついに俺は美香の手を掴んだ。
よかった、脈はある。これなら運よく医者が見つかれば、あるいは。
「美香、美香、美香ぁ!!」
見っともなく、美香の名前を叫ぶ。
単純に感情が高まっているというのもあるが、それ以上に意識があるのかを確認するため、そして、美香自身の生きる意志に呼び出すために。
効果があるのかどうかわからないが、今はできることは何でもやる。
今のこいつにしてやれるのこれくらいだ。
あとはこのまま俊樹がいる場所……は、触手が集まっているから、真っすぐ進む。
そして、美香を安全なところに連れて行こう。
後は医者を探して……。
美香の体を持ち上げると同時にこの想定が甘すぎたと悟った。
「だから、植物らしくすんじゃねえ!! お前の分類何なんだ!!」
抱き上げた体は地面に根を張っていた。
これだけ動物みたいに動いてるくせに。
こんなところだけ、植物の動きを再現しやがって。
「早く戻ってこい」
業を煮やした俊樹が、そんな無責任なことを言ってきやがった。
それができたらとっくにやっている。
もう我慢できない、文句の一つでも言ってやろうと後ろを振り返った。
「まて、え! どういうことだ」
俊樹の姿を見た瞬間、電流のようなひらめきが脳内にあふれた。
ただただ、俊樹の姿に驚愕する。
そういえば、この領域に踏み入ったはずなのに、悲鳴の声が聞こえなかったと今さらながらに思う。
ありえない光景が目の前に広がっている。
気があつかえない俊樹もまた、俺と同じように触手に食い破られていなかった。
あまりにも不可解な状況。
どれだけ考えても、どうしてかわからない。
植物、触手。
そこまで考えて、もしかしてと一つの可能性を思いついた。
「戻れ、戻れ俊樹!!」
「今さら何言ってんだ!!」
「カバンだ、カバン! それをこっちに渡せぇ」
魔よけの中にこいつらにとって苦手とする何かがあったのではないか。
無傷の俊樹がその証明だ。
こいつの植物としての特性を考えれば、こいつらの弱点は塩ではないか。
非常に残念なことではあるのだが、俊樹は今現在カバンを手に持ってはいなかった。
カバンを今手に持っているのは、美香が連れてきていた小さな女の子だった。
役に立つアイテムということで、一番非力な子供にプレゼントしたのだろう。
「そんなもの、今更だろ。俺にも一枚かませろよ」
違う、そうじゃない。これまで戻れと言い続けたけど、今回はマジなんだよ。
「違う、こいつらの弱点は塩だと思うんだ。
実際、聖水や塩をかぶった場所はこいつらよりついていないだろ。
俺だけなら、気での防御で説明突いたが、お前まで身体を避けられているの見たら、それしか考えられない」
そこまで説明すれば、俊樹もまた正しく現状を理解したのだろう。
前ではなく後ろへ、その足を向けようとした。だが……、
「悪い、俺もう動けねぇ」
あそこまで、身体にまきつかれているのだ。その可能性もあるかもしれないと感じていたけど、マジかよ。
「頼む、助けてくれ。お願いだ、お願いだからその荷物を俺に投げてくれぇ!!」
万策尽きた俺たちの最後のあがき、それは周囲に助けを求めることだった。
しかし、助けは来なかった。
当然だ、こんな気持ち悪い触手の化け物に誰が好き好んで近づくというのだ。
「誰かぁ、いないのか!!」
俊樹もまた俺に続いた。
しかし、今この場所は無関心という名の静寂に包まれている。
必然的に俺たちは近くにいる幼女に目を向けた。
腕を怪我している幼女だ。はっきりと言って、あの重い鞄を投げ渡せるとは思えない。
だが同時に、この場所にはこの子以外、誰もいないのもまた事実。
気が進まないが、説得するしかない。
「無理、無理だよ。わ、私にそんなことできるはずない」
話の流れから、何を求められるのか推測したのだろう。
幼女、確か月与ちゃんははかわいそうなほどに、震えていた。
分かるさ。
大の大人でもこんな訳の分からない空間に足を踏み入れたくなどない。
ましてや相手は俺たちよりもずっと小さな子供である。
たとえ、この場から逃げ出しても怒ら……、やはりその場なら怒るかもしれないが、後で冷静に判断したら無罪放免にすることだろう。
当事者でなく、第三者としてこの場にいれば、少女が逃げ出しても、化け物に無謀な突貫をしたマヌケ二人が悪いと判断しただろう。
だってそうだろう、自分から辞め解きゃいいのに死ぬかもしれない場所に突っ込んで死にかけただけなのだから。
「そう言えば、自己紹介がまだだったよな。
俺の名前は西行望月。君の名前は」
結局、自分で自分がもうんざりするような汚い手段を選択した。
こんな幼い少女の良心に付け込む。
他人事なら、間違いなくぶん殴っていた。
「ひ、東阪月与」
俺の状況はほぼミイラ男だ。
そのせいで怖がられているのか、月与ちゃんはガタガタ震えていた。が、俺の質問にしっかりと答えてくれた。
本当にやさしい子だ、それでも俺は自分がみんなが助かるためにこの善意を踏みにじらないといけない。
「月与。これで俺たちはお互いの名前を知った。もう赤の他人なんて理屈は通じないぞ」
不安からおどおどと周囲の様子をうかがう月与の目をまっすぐに見つめ俺は宣言した。
「ひぃいいいい」
それだけで月与は泣き出した。
よく知らない怖いお兄さんに脅されたからか、それとも強制的に自分に押しかかる重圧を知覚してしまったからか。
「西行、それは人としてダメだよ」
俊樹はきっと、助からないとあきらめたのだ。
だから、この子だけでも助かってほしいと、魔除けの品を譲るつもりだ。
だが、結界の中で一人取り残された幼い少女が生き残れるなんて、そんな奇跡が起こらないことを確信していた。
皆で幸せになるにはこれしかないのだ。
「最低でいいさ。それでも俺はこれしか道がないと思っている、ただそれだけだ」
それでも俊樹は何か言いたげだった。
けれど、最終的には口をつぐんだ。
結局、俺たちが生き残るにはこれ以外の方法なんてないのだから。
「人生の先輩から教えてやる。
身内を、それがただ名前を知ってるだけの人間でもだ。見捨てて一人だけ逃げるのはつらいぞ、死にたくなるくらい。
俺は自分の妹と両親を見捨てて逃げた。
夜、なにか騒がしいなって目を開ければそこらじゅう火の海だ。
俺は両親の寝室めざして走ったよ。
高位の退魔士だったからな。これくらいならへっちゃらだと、何とかしてくれるって思ったからな。
だがな、もうその時には両親は死んでた。
俺の妹の体を手に入れた化け物に不意を突かれて殺されたんだ。
しかも、妹の魂は鏡の中に今も封印されたまま。
その光景を見た俺がいったいどうしたと思う。
惨めに逃げ去ったんだ。
いつか妹の体を取り戻すって、自分に言い訳して。
だってそうだろう、まだ幼い俺に何もできることはないんだから。
それからの日々は地獄だった。
もう、昔のことは忘れて生きようって思ったさ、何度も何度も何度も何度も、妹のことが脳裏に過ぎ去っても、もういいだろって自分を言い聞かせて、それでももしかしてとここにやってきた。
それでこのざまだ。
たった一つの後悔が人生をこんな有様にしてしまう。
どっちがいい。
このまま逃げだして一生後悔を胸に抱いて生きるのか、立った一歩足を踏み出すか」
圧迫面接もさながらの脅迫に月与はただ泣きだしていた。
大粒の涙をポロポロとこぼしながら、ただごめんなさいと謝罪の言葉を口にする。
「私には無理だよ、ヒッグ、だって、だって、ヒッグ、う、腕怪我してるもん。こんなんじゃ、あなたたちに荷物を返すなんてできないよ」
「西行、もういいだろ。まだ幼稚園に通ってるくらいの年頃の女の子にそんな無茶なこと頼むなよ。
もうさ、そんな難しいことしなくてもいい。しなくてもいいから誰か大人の人呼んできてくれ」
その妥協案を、追いつめられた幼女は受け入れてくれた。
だが、それだと間に合わない。
この異常な成長力に蹂躙されるほうが速い。まて……成長力!」
「なら、そのカバンを触手の手が届かないギリギリの場所に置いてくれ。それくらいならできるよな。
ただし一つ約束だ。その血がついたハンカチを結んでくれ。それだけだ、それだけしてくれればいい」
「いや、そんな適当なことするくらいなら、この子に使って逃げてくれたほうが」
反論への返答は、一本でもいいから蔦を引きはがせだった。
阿吽の呼吸ってやつだ。
俊樹はお願いの真意を見抜いてくれた。
月与ちゃんは俊樹から数m離れたところにカバンを置いた。
手を伸ばしても到底届きそうにない。
だが、それで十分だ。
投げ縄の要領でぶんぶんと振り回された触手の一本がカバンに付着した。
こいつらの成長速度は常軌を逸している。
すぐに包帯についた血をすすり、成長しカバンに絡みつく。俺たちの狙い通りに。
「受け取れ!!」
蔦が大きな円を描き流れ俺のほうに飛んでくる。
「ナイスだ」
俺の手に、希望が握られた。
とにかく広範囲に塩気のものを振りまくべく、聖水を口に含み、そして霧のように吐き出した。
俺の身を包んでいた触手が目に見えてひるんだ。
次は美香に。
もしこれがばれたら汚いと言って、怒るだろうが今はそんなことどうでもいい。
植物たちの動きが鈍った隙をつき、俺たちは友達をこの忌々しい化物から取り戻したのだ。




