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第7話覚悟

「もうとめないよな」

「一体、何をする気だ!」


 分かりきったことを聞く俊樹に、俺は断言した。


「美香を助けに行く」

 

 死んでいるならば見捨てるという選択肢もあったかもしれない。

 だが、生きているならば命を懸ける。



 もはや俊樹にも俺を止める理由はないはずだ。

 一刻も早く、美香の所に向かいたいのに、俊樹の腕は解かれることはなかった。


「何で止めるんだよ!」

「止めるさ」


 俊樹が何を思っているのか俺にはわからなかった。


「俺たちは友達だろ。だったら助けるだろ、普通」

「ああ、俺たちは友達だ。だから言うぞ。

 もう助からない命のために、危険なところに飛び込もうとすんな」


 悲しいことに、事ここにいたっても二人の意見は平行線をたどった。

 確かに、俊樹の思いは分かる。けど、俺は引くわけにはいかなかった。



 なら、どうするべきか。その結論はもう初めから出ていた。


「俊樹、おまえに渡したいものがあるんだ」


 力を抜き、静かに声をかける俺に対して、俊樹は美香のことをあきらめたのか、あるいは頭が冷えたのかと考えたのだろう。

 少しだけ、力が緩んだ。

 その緩みだけで、いや、本当なら拘束なんていつでも振り払えた。

 そもそもの話し、こちらは気を扱えるのだ。どんなに体格がよかろうが、普通の人間の拘束が有効なはずもない。



 地面に叩きつけられ、痛みで身動きできないでいる俊樹の両手に背負っていた鞄を手渡した。

 専門知識の有無、俺が借りたという事実もあり、銃器はそれぞれに渡した。が、魔よけの類は全てこの中だ。


「これは聖水とお札、あとは盛り塩と。とにかくやばそうなのにぶっかければいいからな」


 自分で使う分だけとりだすとあとはすべて託した。

 この異常事態で生き残れるかは分からない。俺にできるのは親友を信じることだけ。

 あとは、神に祈るしかない。


「ま、まて何をする気だ」

 

 声を絞り出した俊樹に、俺は笑いかける。去勢とはったりで無理やり顔をゆがませただけ。きっと歪な笑顔なのだろう。それで逃げたいという格好悪い本音を隠す。



「美香を助けに行く!!

 まぁ、その達者でな。ここは安全だから小金を稼ぐために来ようって、そんな見当はずれのことを言いだした無能がいまさら何言ってんだって思われてるだろうけど。

 お前らと過ごしたこの数年は楽しかったよ」


 ああ、分かる。これって絶対死亡フラグだ。

 最後ってことで格好つけたけど、やっぱり恥ずかしいし。

 やっぱ今からでもさっきの無しってのは……。それはそれで格好突かないな。



 俺は動き出した。

 夕子ごめんな。

 お前を救う、その為ならばどんなことでもするって誓ったのに、途中でできた寄り道に命を懸ける不出来なお兄ちゃんを許してくれ。

 もう、お前を救うのは無理そうだ。



 美香から伸びる植物らしきもの。

 うねうねと蔦を伸ばし、独特なぬめりがあるからこそ、それは植物というよりもイカやタコなどの軟体動物のように思えた。

 

 純粋な生理的な嫌悪感、自分もまた養分にされるのではないかという死への恐怖に身を震わせる。


 ーーなぁ、美香、苦しいよな、痛いよな。

 だってそうだろう、こうしてこいつらに触れられただけでも、俺はビビってんだ。

 お前はもっと痛いはずだ。お前はもっと苦しいはずだ。

 俺が絶対、助けてやるからな。


 嫌悪も恐怖も、今の俺にはどうでもいい。

 ただ苦しんでいる友達を救うために。そのためだったら、どんな苦痛にだって耐え抜いて見せる。

 覚悟が足を前に導いた。


「くっそ、無茶しやがって! もういい、絶対に美香を助けろよ!」


 背後から、罵倒なんだか応援なんだかよく分からない何かが聞こえてくる。

 こんな状況だというのに、笑ってしまう。

 友とのつながりが、少しだけ、ほんの少しだけ勇気をくれた。



 種子の散布では気の防壁を突破できなかった。

 なら、俺なら大丈夫という根拠のない予想は見事に的中した。

 俺の身体を食い破ろうとする植物はそのことごとくが弾かれそらされ、時として俺の手で払われていく。


「こいつら、頭なんてないはずなのに、賢いな」


 そうすると、知能がないはずの植物は次の一手を打って出た。

 まるで巻き付くかのように俺の身体に絡みついてきたのである。

 こんなところだけ植物感出すなよ。


 だが、これには確かに困る。

 気で猛攻をはじける俺にとって、身体を拘束されるというのは有効な手だった。それに、



 ――思ったよりもこの植物、成長が速い。


 手に持ったナイフを使ってざくざくと蔦を切り裂いていく。

 初めのうちはこうして植物を切り裂き振り払うことで簡単に前に進めたというのに。


「こいつら、切ったそばから接合しやがる」


 この蔦を切ったというのにだ、次の瞬間にはその切った蔦から新しい芽が生え、それが既存のツタと合体しより複雑な構造を生み出していくのだ。

 終わりのない鼬ごっこをやっている気になってくる。


 初めは簡単に、次は少してこずり、その次は苦労して。なら、その次は、その次の次はいったいどうなるのか。

 少しずつ難易度と強度が上昇していく。

 時間とともに構造が複雑化し、蔦の数が増え、俺の動きがどんどんと鈍くなる。

 もしかしたら、俺が美香にたどり着くよりも拘束され身動きできなくなるほうが速いかもしれない。

 だが、何もわからないというわけではない。


 間合いに踏み込めば、この植物もどきは美香を拘束を緩めてまで俺のほうに来た。

 こいつらからすれば調理済みの餌よりも、新しく罠にかかった生餌を確保するほうが重要ということだ。


 もし、もう一人いれば。ターゲットが分散され俺への拘束が緩まるのではないだろうか。


 ーー俊樹に、助けを求めれば、あるいは……。


 そこまで考えて、その妄想を振り払う。

 もう、自分のわがままで友達を巻き込む訳にはいかないのだ。



「こっちだ、化物!!」


 だが、俊樹は俺に言われるまでもなく、自分で動いていた。

 このバカ! 今さらながら、あの時俺を止めた俊樹の気持ちが分かった気がする。







「どうする、どうすればいいんだよ」


 今、俊樹の前では初恋の少女がその命を散らそうとしていた。

 助けようと、自分にはできなかった一歩を踏み出した西行も、その足は蔦に覆われもはや限界に達していた。

 このままだと、木乃伊取りが木乃伊になるだけですべてが終わる。

 どうにかしたいが、仮に突っ込んだとしても、何かをなすという可能性よりも、この植物の養分となり足を引っ張る可能性のほうが高いと俊樹は見ていた。



 ならあきらめるかと言われると、それをするには仲良くなりすぎた。

 絆という鎖が、何もできないと論理的にも客観的にも分かっているのに、俊樹をその場に縫い留めていた。


 『弱い』という現実が、これほど惨めだと言う現実を彼は初めて認識した。

 動こうにもできることがない彼は、ただ震えるこぶしを握り締めることしかできなかった。

 今は動かないことが最大の援護と自分をごまかして、西行を見守るしかないのである。



「でも今なら、西行だけなら助けられるかも」


 応援をしたものの、俊樹は美香のことを諦めていた。

 簡単な理屈だ。

 ここには医者もいなければ逃げ道もない。

 絶海の孤島で半死半生の人間が生き残れなどしないと、冷静に判断していた。

 ニュースで出た植物人間の脅威もあった。

 助かるのかどうかわからない怪我人を連れて逃げれるものかと、自分で自分を納得させるための理論武装をすでに完成させていた。



 それだけ見れば、ただの冷血漢と思えるかもしれない。しかし、彼もまたとんだお人よしの大馬鹿だった。


「なぁ、西行、もうあきらめよう。

 今は非常事態だ、腕利きの護衛が一人でもいいからほしい。

 ここはみんなを助けるために……」


 ここで西行がうんと言うものならば、彼はこの触手の海に飛び込み友を引っ張り出そうと決めていた。

 それでも、美香を見捨てるという罪悪感が消えるわけでもなく。

 自分が正しいという確信を得るために、後ろをそっと見た。


 ーーそこには誰もいなかった。

 もう動ける人間はみんな走り出して逃げたか、家の中で籠城するか、その二つに一つの選択肢を選び終えていたのだ。


 そうここに、諦める理由が消えたのだ。



 西行は何も言わなかった。

 どういう理屈か、いまだ顔まで触手に覆われていない。確かに俊樹の甘言が聞こえているはずなのに、後ろを振り向きさえしない。

 

「……」


 俊樹は自分自身が情けなくなった。


「あいつが命を懸けて頑張ってるのに、どうして俺が諦めてんだ!!

 もう助からないから諦めろ!! そんなことでいいわけないだろうが!!」


 追いつめに追いつめられ、ついに理性が取り払われた本音が飛び出した。


「俺だって、俺だって美香を救いたいんだよ!!」


 覚悟を決めようとも、結局彼には何もできないという事実は変わらず。口惜しさがそのまま、地面にあふれ出ていた。



 今の俊樹にできるのは、ただ苦しんでいる美香と俊樹を見ることだけだった。

 

 ーーまて、美香を取り巻く触手が少なくなっていないか。


 初めはストレスと焦りで見間違えたのではないかと思った。

 そして、三度四度と確認したはてに美香を取り巻く触手が西行のほうへ向かっていると確信した。


 俊樹と西行。

 この状況の中でもだえ苦しむ二人は、ほぼ同時にこの状況の解決策を見出した。


『もし俺が囮になれば』


 美香の身体を見る。この植物に食い荒らされ今にも息絶え様な彼女の姿を。


 次に西行を見た。

 この絶望的な状況の中でもあきらめずに、進む勇気ある自慢の友達を。



「友達が、命を懸けたんだ。愛する女のために命を懸ける、はっ、男冥利に付ける状況だな」


 自分で言っておきながらも、意味の分からない反応。

 恐怖を無理やりにごまかしていることはもう分かっている。



 きっと痛いぞと、人として当たり前の恐怖を感じる。

 それでも、そんな痛み、こんなところで一人指をくわえて待っている、その心の痛みよりもずっとましだった。


 カバンの中にあった道具。

 銃器の類はもう意味がないとして、魔除けの聖水だとか清めの塩を一気に頭からかぶった。

 一瞬だけでも持てばいい。


「ああ、そうだよ、そうだとも。

 自分でもわかる。

 この行為には何の意味もないことくらい。

 でも俺だって、美香を助けたいんだ」

 

 ーーもしも、そう、もしもだ。

 何かの奇跡が起こって美香が助かった場合。私がピンチなときあなたはいったい何をしてたのって聞かれて、そばで見てたなんてかっこ悪い告白なんてしたくないしな。


 ーーだから、俺は美香に胸を張って会えるように前に進むことを決めた。


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