第4話再開
毎日投稿してる人って、本当にすごいですね。自分は、あらかじめ書いたのを編集してるだけできつくなるのに。
俺たちは鎌倉にやってきた。
遠路はるばるというほどではないが、怪異災害による交通網の麻痺のせいで数駅分の距離を歩くことになった。
途中で、きつい、もう無理と泣き言を漏らしたのだが……。どうにかこうにか、乗り捨てられた自転車を見つけ、少しマシになった。
他にも、土地勘も、知り合いもいない俺たちだ。とにかく迷わないことを優先し線路に沿って道を行くことしかできなかった。
なので、ようやくたどり着いたと確信できたのは駅に足を踏み入れたそのときである。
「ここが鎌倉かぁ。一応都道府県の首都だけあってか、駅の近場はそれなりですな」
こんな時だというのに、どこかレトロな雰囲気を漂わせている駅に美香はご満悦。
スマホを用いて駅の写真を何枚も撮影していく。
まぁ、確かに。息を切らし、ようやく到着したというひいき目を差し引いても、なかなかに立派な建物だと俺も思う。
ギザギザの三角の屋根。そこから飛び出すのはまるで煙突のような時計台。
白い壁は日本の城郭のようにも、ヨーロッパにあるお城のようにも見えた。
日本では築十数年の建物でもおんぼろと呼ぶことがあるらしいが、しかし、ここではただ古いだけではない何かがあった。
記念写真を撮ろうとはしゃぐ彼女に、これで最後かもしれないという思いもあってか、素直に応じるのだった。
「ねぇねぇねぇねぇ、こっちこっち。すごいよ。おいしそうなものがこんなにたくさん。帰りに荷物いっぱい持っていかないといけないから残念だけど」
美香は目を輝かせて鳩の形をしたクッキーを見つめていた。
……もしやこれは、うわさに聞く、火事場泥棒か。
「いくらなんでもだ、そういくらなんでもだ。飢えて他に手がないならわかるが、それ以外で泥棒するのはダメだろ。
美香、お前はこれから学校行って、まじめに暮らすんだろ。だったら、手癖の悪さを直していかないと。なぁ、俊樹」
俺としては、応援を求めて、常識人である俊樹に声をかけたのだが。
「あ! その……」
箱を輝くような瞳で見つめる美香とは違い。こいつはもうすでに、袋を開けていた。それも複数。
「その、一生食べるか」
「いや、俺は……」
「ふぁいぎょうもふぁべにゃさいよぉ」
口をもぐもぐ。悪いが何を言ってるのかわからん。言いたいことはなんとなくわかるが。
もうすぐ思いっ切り運動をする可能性もあるのだ。
腹に固形物が残ったままというのも……。
でも、最悪今回が最後の晩餐になるかもしれないし……。
結局、俺の中で欲望が勝利した。
一枚食べたのを見て、美香が笑ったので、腹いせに俊樹をつねった。
「で、ルールのおさらいだけど」
「そんなもの今更確認するまでもないさ。
1一人で勝手に動かない
2少しでも危険だと感じたのならば即座に逃げる
3たとえ何があろうとも仲間を見捨てないってさ。もう道中で七回も話したんだ。
バカでもない限りこんなルールを破ろうなんて奴はいないさ。一人例外がいるかもだけど」
ぎろりと、先ほどの八つ当たりの報復か、それともまだ腹の中にうっぷんがたまっているのか。牽制でもするかのように俊樹が俺を睨めつけてきた。
正直すまん。
前回の騒動で、こちらに牙をむいてきた獣を攻撃したことは正解だと思っている。
だが、こいつらにはこいつらなりの夢があることが分かった。そんな未来あるこいつらを、俺のエゴのためだけに危険にさらすのはやっていいはずがない。
それにルール自体も一般常識レベル。俺があえてできないと考えることを避けてくれたのだから、こいつらには感謝しかなかった。
「そもそもの話し俺たちは最初から仲間なんだからそんなこと破る奴なんていないよな」
俺の声にイラついたように二人がこちらを睨めつけてくる。
「おいおい、どの面下げてそんなこと言ってんだよ。どう思う、美香」
「まぁまぁ、今は水に流すって決めたんだからこれから頑張っていきましょうや」
二人の冷めた視線が痛い。
今回の一件でどうにか信頼を取り戻さないとなと、俺はひそかに覚悟を決めた。
だが、それと同時に思うのだ。
自分自身の冷静な部分が、全員の要求を叶えることが無理だと。
とにかく怪異を殺したい俺。
金になるのならばある程度の危険も躊躇しない美香。
生存第一で危なくなれば即撤退の俊樹。
それぞれがいったい何を基準としているのか、まったく異なる。
このわだかまりが、戦場で発揮されないことを、俺は祈ることしかできなかった。
「まぁ、大丈夫だよな」
とはいえだ、今回の任務は死体拾い。
危険区域には近寄らずに、遠目から、軍なり警察なりが行っている戦闘を観察し、隙ができたのであれば突撃し、ほんのわずかなリソースを確保する。
それの繰り返しである。少なくとも、今の状況ではふいに植物人間に遭遇する以外、俺たちが危険な目にあうことはないだろうと、懸念はあれど、俺は楽観的に事に構えていた。
☆
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす……」
涙なくしては読めない、少なくとも徳子の中では。そんな源氏物語の冒頭をそらんじらながら、徳子はこれから破壊する町をじっと眺めていた。
我らの平氏を打倒した源氏が首都とした鎌倉。
この都市もまた諸行無常の理からは逆らえなかったのか、ひどく寂れていた。
「まるで忘れられた町だ」
この静かで活気のない街を見て、誰がここがかつて日本の首都だったなどと信じれるるだろうか。
何もかもが古臭く、老人のような町だった。
「まるで私のようだ」
男女がそれぞれ、小さな子供の腕を握り締め、楽しそうに街を歩いている。
きっと、この町で生まれ育ったのだろう。
どんなに寂れ、過去と断じようともそこには確かに、人の営みが存在していた。
対して、徳子は一人だった。
ここには親も家族も主人も、彼女を知る人物など誰一人いない。その子孫がもしかしたらいるのかもしれないが、少なくとも彼女には、もしそんな懐かしい再会があったとしても、気がつくことはないだろう。
もしかしたら、彼らに出会えたのならば、自分は思いとどまることができるかもしれないという淡い期待はあっさりと消え去った。
源氏の流れすら、もはやこの町からは感じられないのだから。
「私もまた過去の遺物か」
さっきの親子連れが徳子の横を過ぎ去った。
彼女の時代であれば、その身分の高さもあってか、顔見知りでもなくとも丁寧に挨拶をし、敬意を見せた民草はそこには誰もいないという風に通り過ぎた。
ただ、子どもが後になって、見慣れない子だなと振り向いたものの、すぐに興味を失った。
まるで、透明人間だった。ここには彼女を気に留める人間など一人もいないのだ。
子供たちが暖かな家に向かう間、彼女が足を向けたのはもはや荒れ放題になった、かつて墓であった場所だった。
「今の時代、こんなものを持っているだけで呼び止められるとは、不便になったものだな」
手元にある小刀を鞘から抜く。
相州伝、五郎入道正宗。
生憎と、時代が合わないからこそ、徳子はその人物のことを知らない。
しかしそれは、北条が寵愛した刀鍛冶、その後継が作り上げたものである。
刃物の輝きだけは今も昔も変わらなかった。
「なるほどないい出来だ」
上質な鋼に洗練された技術。もしも徳子が生きた時代では清盛様への献上品としても、他のものと比べてもきっと見劣りしなかっただろう。
それほどのものだというのに、今では誰でも買える民芸品扱いである。
「これでは武士の世もーー」終わるわけだと、徳子は言いかけて、それをどうにか飲み込んだ。
この小刀を武器とみる人間など、今の時代一人もいない。
芸術品かあるいは包丁か。
魔術の存在によって、術式によっては使用も視野に入るが、これ単体としてはもはや玩具扱い。
そっと、掌を這わせるだけで皮膚が断たれ、肉を割き血がしたたり落ちる。
これだけの切れ味を持とうと、十人いれば十人が、これよりも銃を武器と選ぶだろう。
その事実が、武士の時代の終焉を突きつけてくる。
涙のように零れ落ちた血を種はすすり成長する。
「さあ、忘れ去らし者たちよ、今こそ目を覚まさせてやる!!」
ーー時代が合わないから諦める!
ーー過去なのだから道を譲るべき!!
ーー所詮は敗者、敗者に価値などない!!
そんな言い訳など、もはや何度もした。だがーー
「その程度で諦められるなら、そもそも、現世に死んでから、さまよい出るものか!!」
ーー私たちを忘れたものに、思い知らせてやる!!
ーー未来を生きる者どもに過去からの怨念をぶつけてやる。
「今度こそ、私たちが勝者になってやるのだ!!」
宣言とともに、都市に暗雲が立ち込めた。
☆
「大変、大変!! 魍魎が怪異がやってきたぁ!! 速く非難をぉ!!」
神に贄をささげた。その対価が地上を闊歩していく。
地震がほぼ日常と化しているこの国の人間の動きは速い。
さっさと避難所へと逃げだすものもいるが、動き出したのが貧弱な力しか持たない植物だったということもあってか、扉にバリケードを築き籠城する人物も多かった。
これから、徳子は自分が何をするのか知っているからこそ、最後の情けとして、皆に真実を告げているのである。
「敵襲! 敵襲!!」
悲鳴に近い叫び声を、あまり演技がうまいとは言わないが叫びつつ、町の中を進んでいく。
しかし、道路が無事だということが分かっているからこそ、車で逃げだす馬鹿がいたせいで、そこに植物人間が襲い掛かり事故や通行止めが至る所で起きていた。
この状況では、防御力がある車で逃げるのは正しいが、それがかえって、この都市の人の流れをせき止めている。
上手くいかない現状への苛立ちのせいで、自分に声をかける誰かの存在に徳子は気がつくのが一瞬遅れてしまう。
それに気がついても、体の幼さゆえに、共に非難しようと口にするありがた迷惑なおせっかいだろうと、軽く考えていた。
「お前、もしかして。夕子か」
夕子というのはこの依り代の本名だ。
わざわざ偽名を考えるのが面倒だったこともあって、徳子は偽名としてその名を使っていた。
それゆえに、とっさに反応してしまった。
ここは日本で。知り合いなどどこにもいないのにだと気がついたのはすぐだった。
そして事態は動き出した。もちろん徳子にとって良くない方向に。
振りむいた先にいたのはこの器よりも多少年上。十五六の少年だ。
だが、知らない顔だった。
徳子は、他人の空似という線を疑ってしまう。
ならごまかせると、プライドを曲げて、可愛らしい笑顔を向ける。
「お兄さん、誰」
「あのさ、何でこんな子供に対して突かかってんの。今こんなに危ない状態なのよ。
気になることがあっても、後にしなさい」
思いもしなかった、援護に内心でThank you, Thank youと感謝の念すら述べる。
「それじゃあ、お姉さん」
そのせいで一瞬、手がゆるむ。さっさと非難するから邪魔しないでねと、徳子は自然な形でこの場から立ち去ろうとした。
「いや、待ってくれ」
だが、あきらめが悪い男は再度逃げようとした徳子の腕を掴もうとして、結局カバンに指がかかってしまう。
そしてあふれ出る中身。
少女は何をやってるのよと、少年の頭を叩き、こぼれた中身を拾い上げていく。
本来であれば、この会合はここで終わるはずだった。少年が何度も何度も読み返したのか、ボロボロになった一冊の本を拾い上げるまでは……。




