第12話夢語り
「やっと、やっと帰ってこれたぁ!!」
俺たちはくたくたになりながらも、どうにか帰宅した。そのまま自分の寝床に倒れこむ。
この古い布団は捨てられたものをどこからだったか、拾ってきたものだから、柔らかさなど期待することもできないが、それでもないよりはましだった。
一切荷物を持っていない、身軽な状態だから、寝そべったままに服を脱ぐだけで就寝の準備が完了だ。
そう、俺たちは武器弾薬のたぐいをすべて、人間もどきによって没収されてしまったのである。
金がない、生活に支障が出ると美香や俊樹が土下座すらも交えて懇願したが聞き入れてもらえず、結局俺たちはレンタル屋に有り金すべてをむしり取られる可能性が出てきたという、最低最悪の状態に陥ったわけである。
「あぁ、金がない、というか、有り金すべてむしり取られたぁ!!
おのれ下等生物が、人間と偶然姿形が似ている害虫のくせに、ここまで俺たちを苦しめるとは」
恨み節が部屋の中を駆け巡る。しかし、誰もそのことを気にも留めない。
ここの環境は劣悪の一言。
建物そのものに関しては真新しいのだが、争いや落書きといった治安の悪さを象徴する痕跡のせいでもはやおんぼろになっている。
だから、周囲の誰かがおかしな行動をとったとしても、もしや、薬でもやっているのかと警戒されることはあれど、厄介ごとに巻き込まれたくないと親切心を出す住人は少なかった。
というよりも、よほど仲がいいメンツでなければ手を差し出そうなどという思いは抱かない。
中にはこれを口実に部屋の住人を追い出そうと目を光らせる意地汚い野郎どもまでいる。
ここはもともとは政府が用意していた避難所の一種だった。
怪異、地震、洪水と緊急時にはここに避難してください。家を失ったのであればしばらくはここに住んでもいいですよという、一時避難が目的だった。
だというのに、無料の炊き出しと最低限雨風を防げればいいと、最初は家を失った被災者、難民という、本来ここを使うべき人物から、ならず者や事情もち、しまいには近隣住民もただ飯を求めここに通い出した。社会のごみを一か所で監視できるならと、市行政が制度の悪用を見てみぬ振りしたから生まれた貧乏人たちのパラダイスがここだ。
そんなわけだから周りにいるご近所でも物を盗まれるなんて当たり前。本来全員分あるはずの配給も足りなくなることも多い。これまでは三人で協力して事に当たってきたのだが……。
「なぁ、これから一体どうする。
武器やに装備品をすべて喪失したって伝えれば、最悪有り金すべてむしり取られる。
大変申し訳ないんだが、これから商売するにあたって、何事もなかったと嘘をついて、どうにかだまくらかして銃器をかっぱらった後に、もう一回化物退治にしゃれ込むのか、それとも夜逃げするかだな」
助けを求めるも、美香はどうするか考え迷っているのだが、俊樹からの返答がなかった。
今の状況を一言でいえば絶体絶命。俺たちには軍資金も仕事道具もなく、有るのはただの借金だけである。
とはいえ、全員で力を合わせればどうにかなる。しかし、協力するためには絶対に必要となる信頼そのものが、今まさに傷ついていた。
「それか、俺たちの目の前から、お前が消えるかだな」
「ちょいちょいちょい、いったい何言ってるのよ!!」
俊樹の提案に、ああ、そうかと俺は納得した。この状況を覚悟していたからだ。
何せ、俺の行動を客観的に見ればあまりにも怪しすぎるからだ。味方かどうかわからない人間など、いてもいなくてもいいどころか、いないほうが集団としてまとまるというものだ。
「どうしてだ、どうしてお前はあの時、戦う選択をした。逃げればよかっただろう、逃げられなくても相手と交渉する道もあったはずだ。
なのに、その選択を取らなかった。どうしてか、教えてくれないか」
偽りも、逃げることも許さないと、俊樹は俺の肩を押さえた。俺が真実を話し、納得するまでこの手を離さないつもりだ。
そして、こいつらには多大な迷惑をかけた。
これからこいつらと別れることになるとも、話すのが筋。しかし、話す勇気がどうしてもわいてこない。
俺が何かを言いかけ止める。そんなことが三度か四度繰り返したところで、「とう!」
気の抜けた掛け声とともに、美香が俊樹を軽く小突いた。
「そんなどうでもいいことどうでもいいから、まずは借金について。どう、返済できそう」
「まじめに働ければ数か月で。リスクを冒して化け物退治をすれば一度か二度で行ける」
俊樹が、まだ自分の話は終わっていないと訴えるも、俺としてはあまり触れられたくないから先に美香との要件を強引に進めていく。
「というよりも、話からするとこれまであたしたちに隠れて化け物退治にいそしんでたんでしょ。その蓄えがあるんでない?」
「全額手放してもそれだ」
俺のスカスカな脳みそが間違いを犯しているかもしれないが、うろ覚えの違約金は俺の全財産よりもやや上といった程度だろう。
「その上で聞きたいけど、ここを出てもまだ稼ぎのいいバイトはあるの」
「それは……その、また危ない目に合うかもしれないんだぞ」
真意を確かめるも、美香はすぐに愚門だと返してくる。
「俺らみたいな根無し草相手に高い金払ってもいいだなんて思えるところは珍しいからな。
相手に対して多少の損をしてでも後で見返りが返ってくるって信頼がないと金なんてものは払わないさ」
「信頼、信頼、信頼かぁ」
俺の言葉に俊樹は何やら思うところがあるのだろう。同じ言葉を舐めるように口にした。
「話は変わるけど、これだけは聞きたい。お前俺たちを信頼してたか」
「……」
気を紛らわせるために、俺は毛布をきつく握りしめた。何か言い返さなければならないのに、すぐに俺は、その資格がないと自罰的になってしまい、何も言い返せなかった。
「なぁ、答えてくれよ。お前がどこで気を習ったのか、あの時答えられなかった質問も、疑わしい奴らがいないから、今なら答えられるだろう」
「……」
ああ、貝になりたい。あいつらのように一生口を閉ざし、動かず、じっと真実を抱え込めたらどんなに楽だろうか。とはいえ、俺の立ち位置、周辺の人間関係、その他もろもろを考えに考え、最終的に「残念だが、応えられない」と最低な結論を出した。
「理由を聞いてもいいか」
「お前らが弱いから。正直、今のお前らに話して面倒ごとに巻き込まれても、俺は何もしてやれないし、俺の面倒ごとに巻き込んで酷い目に合おうと、見捨ててくれとしか言えないから」
「お前何様だよ」
「ごめん」
「勝手に、お前の過去のせいで面倒ごとを引き起こしといてそれで通るとでも思ってるのか」
「ごめん」
「本当に済まないと思うなら、ちゃんと事情を説明しろ」
「ごめん」
「……なあ、俺は、俺たちはそんなに頼りないか」
「……」
最後の質問に、俺はあえて答えることはない。しかし、その答えを感じ取ったのだろう。怒りと悲しみに顔を歪ませた俊樹を見て、ああ、こいつらとの関係もここで終わりだなと、俺は覚悟を決めた。
「ねぇ、みんなは将来やりたいことってある」
何もかもを諦め、俺の拘束は解かれた。離れていく手と手を美香は強引に握りしめ、重ね合わせた。
「「はぁ」」
奇妙なことに、あれほどばらばらだった思いが一つになる。二人そろって、素っ頓狂な声を出してしまったが、これはしょうがないだろう。それほどまでに、何の脈絡もなしに話が飛んでいたのだから。
「私さ、実は将来、ヘア・デザイナー、これじゃわかりにくいか。床屋さんになりたいの。
こんなスラムにいる学もない私でもできそうな職業だし。
ううん、違う。
あんたらも、町で落ちている雑誌を私が熟読しているの知ってるでしょ。あんな雑誌に書かれているようなきれいな女の子にあこがれてさ。
でも私みたいなやつだとあんな所に立てるとは思えない。けれど、床屋さんになったらそんな子たちを自分の手で作り出せるんじゃないか、画面の中のきらきらした女の子を自分のこの手で引き立たせることができるんじゃないかって思っちゃいまして……。
いや、やっぱり今の無し。
実は今のようなスラムの暮らしにさ、限界を感じていてさ。とにかく何でもいいから手に職を持ちたいわけよ」
恥ずかしそうに頬を掻きながら、自分の夢を語る美香を俺は信じられなかった。ただ食い意地が張っていて考えなしだとしか思っていなかった少女がこんなことを思っているなど想像すらしなかった。
だが、これは今語るべきことではないだろう。この砂上の楼閣のようなまとまりは、風が吹いただけで崩れ去ってしまうのだから。
「こんなところに住んでるのよ。語りたくない過去を持ってる奴なんて腐るほどいる。思い出したくないなんて奴のほうが多いんじゃないの。
でもね、将来のことなら語り合えるでしょ。昔のことを腹を割って話すことができなくても、つらい過去のことではなく、明るい未来について話しましょうよ」
結局のところ、それは問題の先送りなのではないかと思う。俊樹が指摘したお互いに対する認識の不足。それは解決しなければ先に進めない問題だ。しかし、それは先が見えないトンネルだ。美香はその解決策を必死に考えて提案したのだはないかと思う。
「ほら、私だけに語らせる気。
確かに知らないことも分かり合えないこともある、けど、少しずつでもいいからお互いの知らないを埋めていきましょうよ。あんたもなんかあるでしょ。将来の夢とかさそういうの。私だけが話をするのが不公平だからさ、話しなさいよ。
今話すことができないのならば面白い話の一つでもしたら許してあげますよっと」
『兄ちゃん』
将来の夢という話。
それをどれだけ形にしようと思っても、俺にはそれを形にすることができなかった。ただ、今では遠い過去であったと思われたその風景にいる一人の少女の姿だけだった。
「まぁいいわ。何せ希少な術者がこんなところに落ちぶれてるんだし、きっと人には言えない事情があるんだろうし。さぁ、ここは最初に言ったように面白い話を」
「え……」
いきなりの無茶ぶり。
重くなった空気をどうにかしたいという気遣いというのもわかる。けど、無理。俺は芸人でも落語家でもない単なる浮浪児だ。急に面白い話をしろと言われてもね。
「次は俺の番だな」
よかった。俊樹が気を使ってくれた。
「でも、実際のところさ、俺も将来のことなんてロクに考えたことがなかった。今日生きるのに精いっぱいでさ。でも、今の生活は嫌だ。
億万長者になりたいなんて高望みは言わない。とりあえず普通の幸せさえ得られればいいよ。そのために、そのために……」
そこで、やっぱり具体的な方法は思いつかねえと言って、言葉を切った。その時、ちらりと美香のほうを見つめたのを俺は見逃さなかった。
きっと、あいつの中にはその答えがあったのだ、だが、ここに美香がいるからこそあえて話さなかった。
今まで、俺たちはその日暮らしで精いっぱいだった。今日みたいに、先のことなんて話す余裕がなかった。
だから、こんな話をすることもできなかった。
こいつらにはこいつらなりの人生があって、夢がありそして未来があるんだなって当たり前のことを、改めて実感する。
……でも、そう。普通に過ごすか。
「なぁ、普通の幸せって何なんだろうな」
「何よ、藪から棒に、そうね。やっぱり普通の暮らしじゃないの。裕福なら裕福なほどいいけど、中流階級以上の暮らしができて。学校行って友達とだべって、結婚して家を買って子どもを作ってと」
「そうだな、学校、学校に行きたいな。それでまともな職をゲットしてここを抜け出すんだ」
「そっか、そうだよな。幸せってもんは人それぞれだけどやっぱり家族は大切だよな」
将来のこと。目標を達成するまではとあえて考えさえしなかったことに思いをはせたからこそ、考えてしまう。自分が、こいつらが幸せになるにはどうしたらいいのかと。
そして思い出すのは自分が一番幸せだったあの頃。お父さん、お母さん、そしてーー。
「え!! え!! 西行何で泣いてるのよ。今の話で泣くようなところあった」
物思いにふけっていた俺は気がつけば涙を流していたらしい。
「少し昔のことを思い出して」
「いや、まぁ、その、悪いな」
俊樹が謝ってくるが、はっきりと言ってそんなものは無用だった。
つらいのなら言わなくてもいい。そんな段階はとっくの昔に過ぎ去っている。無理やりにでも口を割らせようとしたお前の判断は正しいよ、お前が正しいのだから、
「俺が悪いんだ、お前が謝るなよ」
皆が俺を信用してくれるために話し合っているのに、何も語れない俺をどうか許してほしい。
だからだろうか、せめてもの礼儀に話せるところだけは話そうと決めたのは。
「俺は、そう俺には探してる人がいるんだ。そいつに会いたい」
俺の空いている手を美香が強引に重ねたての上に持ってきた。それを見った俊樹も何を求めているのか察したのだろう。全ての手が重なり合った。
「とにかく!! 私の目標はお金。短大でも資格でもいいまともな職に就けるだけの何か、それを手に入れたい!!」
「俺はとりあえず、みんなで過ごしたい」
暗くなりそうな雰囲気を元気溌剌な声が吹き飛ばす!
その心の強さと、あえてこちらに踏み込んでこない優しさ。
その二つが今はとてもありがたかった。
「とにかく、私たちには金も道具も知恵もないけど夢と希望がある。この二つだけは誰にも奪われないし、奪わせることもない。それだけ分かれば十分でしょ」
そう締めくくり、改めて友情を確認した後だった。
「それで西行君。あなたたちに一つお願いがあるんだけど、私たちに気を教えてくれませんか」
そして改まって、美香はそんなことをお願いしてきた。
「あなたが、過去のことを教えられないというのも、そして、私たちを巻き込みたくないってことももうわかった。
だからね、私たちに迷惑をかけてもいいって思えるだけ、強くなってみせる。
もしくは、迷惑を絶対にかけることができないと思っているのなら、その時は離れればいい。
たとえそれでも、この経験がこれからの人生の役に立つだろうし、私たちはあなたを攻めない」
本当に、かなわないなと思ってしまう。
そんな感傷に浸っていた、まさにその時だった。スマホに着信音が鳴ったのである。
金がないからこそ、俺たちが共同で使っているものだ。いったい誰が誰に電話をかけてきたのかは分からないのだが、今俺たちには心当たりがあった。
出たくないのだが、それでも、出なければさらに大変なことになると覚悟を決めた。
今の俺たちには仲間がいる。
だから、どんな困難とまではいかないけれど、ある程度の困難など怖くはなかった。
これにて、物語の序章は完結。
書いてて思ったけど、ここまで差別意識が強い主人公はそうそういないというのと、書いているとコンプラ的に大丈夫だってことでした。
いや、コンプラ的にきついことは次の章のほうが多いですが、書いててこれ大丈夫かってことが多いですね。




